平成10年8月10日放送

第21回日母性教育指導セミナーより

日母産婦人科医会副幹事長 田中 政信

第21回日母性教育指導セミナーが、平成10年7月5日の日曜日に長野市にある郵便貯金会館メルパルクホールにて日本母性保護産婦人科医会長野県支部の担当により、開催されました。

梅雨明け宣言はされていませんでしたが、2〜3日前より37度以上の猛暑となり、つい4〜5ヵ月前まで、スキーやスケートで盛りあがったオリンピックが開催された所とは思えない暑さでありました。そのような猛暑の中、北は北海道から南は沖縄まで、全国および長野県支部日母会員に加え、小・中・高の先生方や、看護学校の教員、学生さんなど総勢で491名の参加者があり、たいへん盛況でありました。

今回のメインテーマは、「生命の倫理から性を問う」であり、午前9時より、中澤弘行日母長野県支部長による開会のご挨拶に続き、坂元正一日本母性保護産婦人科医会会長のご挨拶、さらに鈴木強長野県医師会会長よりご祝辞を賜りました。

次に、長野県知事、長野市市長、長野県教育委員会教育長よりの、祝電が披露され、引き続き講演にうつりました。

まず、基調講演として、自治医科大学名誉教授の松本清一先生による、お話がありました。先生は、「性教育の動向、20世紀から21世紀へ」というテーマで、戦前から戦後の性教育の変遷について、ご講演なさいました。

西ヨーロッパでは20世紀に入り、性を医学的、科学的に研究する傾向が盛んになりました。わが国でも、大正デモクラシーの台頭で、民主主義や男女平等の思想が広がり、セクシュアリティーや性教育に関する、啓発運動が活発になりました。

戦後の混乱した社会情勢の中で、文部省は、性の道徳に重点をおいた教育の必要性を考え、昭和24年から学校において、純潔教育を実施するようになり、次第に生殖生理や人間の性反応、および性交の生理の解明が進むと共に、従来の性に関する否定的、抑制的な考え方から、肯定的、許容的な考え方に変わるという、性意識の変革を生むに至りました。

昭和40年代には、このような思想が一般の人々の間にも浸透し、「純潔教育」に対する批判や反発が強まり、性を肯定的に捉えた性教育さらにセクシュアリティー教育が推進されるようになり、近年、性科学や性教育に関する研究は、学会や研究会が設立され、著しい進展をみています。

しかし、わが国では先進諸国に比べ、セクシュアリティーに対する正しい理解は、一般祉会の中に浸透しておらず、性教育に関する問題は、まだまだ山積している状況であることを、わかりやすくお話して下さり、改めて先生の豊富な知識、性教育に対する熱心さに触れ、たいへん感銘をうけました。

次の教育講演1は、「日本人の性と文化」と題し、日本性科学情報センター所長の島崎継雄先生による、ご講演行われました。

性教育に関わる者、あるいは関心をもつ者にとって、「アメリカ性情報教育評議会、略して(SIECUS)」の掲げる人間の性を科学的に捉え、性に対する誤解、迷信、偏見、ドグマから開放されることや人間の性は多元的なものであり、一元的に捉えないようにする、さらに人間の性を否定的に受け止めず、肯定的に受け止める。といった理念は、極めて示唆に富む提言であり、これらの認識を欠いていたところに、性教育は存在しない。と、したうえで、日本人は、性をどう考えてきたのかについて、縄文時代、弥生時代の頃を中心に、風土記、万葉集の歌を引用する一方、土器などに描かれている乳房や性器について解説を行い、さらに北東中国、東南アジアの二つの伝来経路による差、などを解りやすくまとめて、お話くださいました。

教育講演2は、「ピルと性教育」と題して東京女子医科大学産婦人科助教授の安達知子先生が、性は生殖以外に、コミュニケーション、歓びとして人生に大切な役割を果たしている。と、した上で、日本と世界の避妊法の違いや、色々な避妊法による避妊効果の比較、さらに、低用量ピルの避妊機序、正しい使い方、使用した場合のメリット、デメリットなどを、解りやすく解説し、STDに対する考え方についても、お話して下さいました。

約1時間の昼食・休憩のあと、一橋大学および津田塾大学講師の村瀬幸浩先生による「学校性教育の、これからの課題はなにか」と題する教育講演3が行われました。

講演では、まずはじめに、人間には「性的自己決定権」がある、しかし、その権利を行使するには「自己決定力」が必要であり、それは生れつき備わっているのではなく、学習によって身につけなければならない。それ故、性教育の使命は、一人一人に、この「自己決定力」をつけていくことである。とし「予知力」、「交渉力」を養うことの重要性を、実例を引用し解説されました。

次に、特別講演1として「セックスレス・カウンセリング」と題して、あべメンタルクリニック院長の阿部輝夫先生による、ご講演がありました。セックスレス・カツプルの実例を取り上げ、統計的には男性に問題があるのが70%と圧倒的に多く、中でも勃起障害がトップで、次は膣内射精障害である、とのことでした。女性側の問題で、セックスレスになっている疾患は、性交疼痛症、性嫌悪症、膣痙が代表的であり、また症例数の増加率は、性転換症が驚異的に増え、逆に減少傾向にあるのは回避型人格障害が原因して、未完成婚状態が続いていた「性的回避群」であると述べられました。

さらに、体に問題があるセックスレスは、治療可能でありますが、心に問題がある場合は、治療しにくく、今後の問題点として、社会的理解、医学的対応、法的対応などが必要である。と、結ばれました。

この講演に続き、兵庫県の山崎高明先生から、多数の症例を提示しての、追加発言がありました。

最後に、特別講演2として、「中高年男性の性を考える。男はいつまで男たりうるか」と題し、札幌医科大学名誉教授の熊本悦明先生の、ご講演が行われました。

生殖年代を終え、社会的にも次第に孤立化していく中高年男女にとっての性は、性的スキンシップによりペアを形成し、お互いに生存を確かめ合う、静かな愛を育むことであり、QOLの鍵的な意義を果たすことになる。これからの長寿社会に向けての祉会学は、その中高年男女の性に、強い関心を示す必要がある。と、したうえで、エイジングによるホルモンの変化を、「女性の更年期」と比較し、男性の年齢による視床下部アクティビティーの低下、および男性ホルモンと性機能活性との関連について、「男性の更年期」という表現で解説されました。

また、動物実験で、行動活性のあるものは性行動活性もある。という興味深いデータも提示されました。

今回は、6名の演者による講演がなされましたが、どの講演も、心に残る素晴らしい講演でありました。そして、セミナーの終わりに、次期開催地の東京都を代表して、大村清日母東京都支部長より「開催地の紹介」、引き続き本多洋日本母性保護産婦人科医会副会長による、「お礼の言葉」があり、最後に滝沢晴雄長野県産婦人科医会副会長による「閉会のご挨拶」をもって、「第21回日母性教育指導セミナー」は、盛会裡のうちにお開きとなりました。

以上で報告を終わります。