平成10年9月28日放送
研修ノートより「産道損傷」
日本赤十字社医療センター産婦人科部長 杉本 充弘
はじめに
分娩時の疾患で最も頻度の高いのは産道損傷です。最も軽度な第1度の会陰裂傷から致死的な子宮破裂までその重症度は様々です。会陰裂傷、会陰血腫、腟壁血腫、頚管裂傷、子宮破裂をとりあげ診断、処置、予防対策について概説致します。
1.会陰裂傷
(1) 成因と診断
会陰裂傷は分娩時、児頭・躯幹の最大周囲部が会陰を通過する際に生じます。
会陰裂傷の部位、深さ、出血の程度を直視下に確認することが必要です。裂傷の深さの程度により4段階に分類され、3度以上の裂傷が疑われるときは直腸診により肛門括約筋の断裂と直膓粘膜損傷の程度を確認します。
(2) 処置
会陰裂傷の第2度までは通常よく経験され、さほど大きな問題はありません。そこで第3度裂傷の縫合法のポイントを述べます。まず第2度裂傷縫合と同様に腟壁縫合を行い腟口まで修復します。次に肛門括約筋縫合を行いますが、括約筋の断端の一端が露出し、他端が退縮し隠れている場合が多いのでまず筋組織の断端をペアン鉗子で挟鉗して引出します。筋組織が脆弱な場合は、左右の筋組織断端をそれぞれ別々にZ縫合し、左右の糸を少しずつよせながら結紮します。肛門括約筋縫合の後は第2度裂傷縫合と同様です。
第4度裂傷では直腸壁裂傷辺縁の周囲組織を剥離し、2層に縫合する余裕をもたせます。1層目は直腸壁全層を縫合し、2層目は直腸壁縫合部の減張を目的とし縫合します。肛門部まで縫合した後は第3度裂傷と同様です。
第3度以上の裂傷では直腸診により直腸粘膜の状態と肛門括約筋の収縮状態を手術の前後で確認することが重要です。縫合後の肛門の状態は、肛門狭窄をきたさないためには1指が軽く通過する程度がよく、また括約筋を収縮させ指が締められる強さを確認します。
(3) 合併症対策
合併症対策として止血の徹底による創部血腫の防止、適度な強さの結紮による局所循環不全の防止、創部感染の防止がポイントです。
(4) 予防対策
裂傷回避の予防対策として、会陰抵抗を小さくするMcRobertsの体位、怒責を逃がす呼吸法や側臥位などの体位の工夫による緩徐な娩出が有効です。また、会陰組織が伸展不良の場合や過度な伸展が予測される場合は裂傷が避けられないため会陰切開術が必要です。
2.会陰血腫
(1) 成因と診断
分娩時、下部腟壁の粘膜下組織の血管が破綻・断裂し骨盤下部に血液浸潤する結果会陰血腫を形成します。原因として腟壁の急激な伸展、過度な伸展、伸展不良、静脈瘤に伴う脆弱な血管などがあげられますが、むしろ正常経過の分娩後に突然発生することが多く見られます。
視診により外陰の膨隆、内診・直腸診により有痛性の壁が緊張した腫瘤を認めます分娩後に外陰痛、肛門痛を訴えることが多く、後陣痛、創部痛との鑑別が必要であり、とくに鎮痛剤投与で軽快しない例では血腫を念頭においた診察が重要です。
(2) 処置腟壁切開し凝血塊を除去します。多くの場合出血部位がはっきり同定できません。また血腫の周囲組織は脆弱になっており、縫合が難しいばかりでなく、手術操作により新たな組織損傷と出血をきたす恐れがあり慎重さを要します。血腫内に貯留した血液を外に誘導し減圧することが重要であり。ドレーンを設置します。さらに圧迫止血のためガーゼを詰めるときは、ドレーン効果を妨げないように腟の奥にパッキングすることが重要です。またガーゼパッキングは12時間程度とし、ヨードホルムガーゼを用い二次感染を防止します。
3・腟壁血腫
(1) 成因と診断
腟壁上部の粘膜下の血管が破綻・断裂すると、出血は骨盤上方に浸潤し後腹膜腔血腫を形成します。腟の上部に発生した血腫は、初期には臨床症状に乏しく、貧血の進行により突然出血性ショックを起こすことがあり注意が必要です。血腫が大きくなると周囲臓器を圧迫し排便感や膀胱刺激症状を訴え、後腹膜腔に血液浸潤がおよぶと腰痛、臀部痛を訴えることがあります、血腫の拡がりは、エコー、CT、MRIなどの画像診断で確認します。
(2) 処置
早期に診断された場合は、産科的処置が有効ですが、進行した状態で治療が開始された場合は、十分な治療効果を期待することが難しく、重篤な状態となることがあります。
内出血が多いので、出血量の把握が困難であり、貧血の進行状態のチェックと出血性ショックの治療が重要です。消費性凝固障害をきたし出血傾向になることがあり、早期よりDICを念頭においた治療と、二次感染を防止するための治療を開始します。
腟壁切開、凝血塊除去、ドレーン設置は会陰血腫と同様です。血腫内に貯留した血液を外に誘導し減圧することが重要です。上部の血腫では、腟内から有効な圧迫を加えることが難しいため止血効果が得られずさらに上方の後腹膜腔に拡大する恐れがあります。腟内からの圧迫が無効と判断した場合は早期の開腹手術が必要です。
4.頚管裂傷
(1) 成因と診断
成因として頚管の急激な伸展、過度な伸展、伸展性の不良などがあります。出血は児娩出直後から見られ、鮮紅色で持続的です。胎盤娩出前に出血が多い場合は、直ちに胎盤を娩出し、頚管裂傷の有無を調べます。触診では不確実であり、大きな腟鏡をかけ、直視下に頚リス鉗子を用いて頚管を牽引し出血部位を確認します。裂傷の多くは3時、9時の方位に好発します。裂傷の深さを正確に診断し、裂傷が体部に及ぶ子宮破裂を見逃さないようにすることが重要です。
(2) 処置
出血量の把握を迅速に行い、貧血の進行状態のチェックと出血性ショックの治療が重要です。裂傷の両側を頚リス鉗子で把持し、裂傷上端のすこし上部より結節縫合します。裂傷最深部の縫合が困難な場合は、確実に縫合できる部位をまず縫合し、その縫合糸を牽引しながら最深部を縫合します。頚管裂傷が子宮下節に及び子宮破裂と診断された場合は開腹手術による修復が必要となります。
(3) 予防対策
予防対策として、緩徐な分娩進行を心がけることがポイントです。陣痛促進剤を適切に使用すること。子宮口全開大前の努責を禁じること、産科手術の時は子宮口全開大の要約を厳守することなど基本の再確認が必要です。
5.子宮破裂
(1) 成因と診断
多くは分娩時に突発的に発症し、急性出血性ショックを引き起こします。約半数が瘢痕破裂です。切迫破裂徴候として、過度の陣痛発作と分娩の進行停止、収縮輪の上昇、子宮円靱帯の過度な緊張、胎児仮死徴候、瘢痕部位の疼痛がみられます。子宮破裂を生じた場合の症状と所見は破裂の程度により様々です。破裂痛と破裂感、胎児が腹腔内に娩出した場合は陣痛の停止、ショック症状、胎児死亡の所見がみられます。また持続的外出血と多量の腹腔内出血がみられ、内診では子宮内腔の裂口触知所見が得られることがあります。エコーで筋層断裂、腹腔内出血、子宮外の胎児、縮小した子宮が認められることがあります。
(2) 処置
輸血など出血性ショックの治療により全身状態の改善を図りつつ緊急開腹術を行います。破裂部の縫合を試み、止血困難であれば子宮摘出術を行います。術中の注意として膀胱、尿管の保全と卵巣の温存を心がけます。
術後の問題として、大量出血によるDIC発症、腹膜炎など感染症の併発、重症例では肝腎障害などMOFの発症、Sheehan症候群の発症があげられます。
(3) 予防対策
破裂を予防するための注意として、1)瘢痕子宮妊娠では常に瘢痕破裂を念頭におくこと、2)分娩の進行が悪い場合は通過障害を再検討すること、3)陣痛促進剤を使用する場合は過強陣痛になりやすいので使用基準を厳守すること、4)無痛分娩では切迫子宮破裂徴候を見逃しやすいので注意をすること、5)頻産婦は子宮筋に脆弱部を有する可能性が高く注意をすることの五項目があげられます。母児の生命予後を左右するポイントは、子宮破裂を念頭にいれた分娩監視がなされるか否かにあるといえます。
おわりに
以上より産道損傷の原因は早過ぎる分娩の進行と通過障害であることが多く、損傷を防ぐためには自然の緩やかな進行を心がけることがポイントと思われます。また、研修ノートには多くのイラストが載っていますのでご参照下さい。