平成10年10月12日放送

高TG血症治療の最近の話題-ライフスタイルと2次性低HDL血症-

防衛医科大学第一内科助教授 石川 俊次

1 高TG血症とは

 VLDLやカイロミクロン、あるいはそれらが一部水解を受けたあとの粒子はTGを多く含むのでTGリッチリポ蛋白と呼ばれる。これらの粒子が単独にあるいは組み合わされて血液中に増加した場合に高TG血症が起こる。一般に我が国ではTG値が150mg/dlを超えると高TG血症と考えられている。

2 なぜ高TG血症は問題なのか

 高TG血症によってTGリッチリポ蛋白以外のリポ蛋白にも変化が起こり、それを介して動脈硬化を促進させる場合や、凝固系などリポ蛋白代謝以外の系に変化を及ぼし、それが動脈硬化を促進させる場合もありうる。

 まず、あげられるのは高TG血症に伴いカイロミクロン-TGの水解の遅延が起こることである。VLDLとカイロミクロンはLPLに対して競合するからである。高TG血症ではカイロミクロン・レムナントも血中に長く滞在し、それが動脈硬化惹起性であると考えられている。

 次に、高TG血症ではLDL粒子が不均一になってくることがある。特に小型、高密度のLDLの増加が問題で、これらの粒子は動脈壁に容易に侵入し、化学的修飾を受けやすく、強い動脈硬化性惹起性を示すと考えられている。

 さらに、高TG血症では、HDL-コレステロールが低下することも重要な点である。HDL-コレステロールとVLDL-TGが交換する機構が存在するが、高TG血症ではHDLのTGが増加するために、HDL-コレステロールが追い出されて減少する。その他の原因として高TG血症ではアポAIの処理が亢進し、HDL-コレステロールが低下することも考えられる。HDL濃度の低下によりコレステロール逆転送が障害され、動脈硬化が促進される可能性が考えられる。

 また、高TG血症が凝固系に影響を与え、それを介して、動脈硬化を促進する可能性もあげられる。

3 高TG血症ではHDL-コレステロールが減少している場合が多い

 二次性低HDL血症では高TG血症を伴う場合が少なくない。ライフスタイルが関係する低HDL-コレステロール血症に次のようなものがある。

 1)喫煙

 The Lipid Research Clinics Follow-up Study で、喫煙者はHDL-コレステロール濃度が5〜9mg/dl減少し、The Framingham Offspring Studyではアルコール消費と肥満度を調整したあと、喫煙者と非喫煙者の間に4〜6mg/dlの差(男性で4mg/dl、女性で6mg/dl)が認められた。喫煙でLCATの低下、CETP活性の増加を認めたという報告もある。喫煙は動脈硬化性疾患の重要なリスクであるが、その一部はHDLの低下を介して働くと考えられる。

 喫煙年数はHDL-コレステロール濃度に関係なく、以前喫煙していた者と非喫煙者との間に差がなかった。このことは対策として禁煙が有効であることを意味している。受動喫煙も問題であり、少なくても片親が喫煙している子どものHDL-コレステロールは非喫煙の両親の子供に比較し、3.8mg/dlの低下が認められた。

 2)運動不足

 運動により、末梢の筋肉や脂肪組織のリポ蛋白リパーゼ(LPL)活性の亢進、エネルギー消費増加による脂肪組織の減少、CETP活性低下、インスリン感受性増大が生じ、トリグリセライド(TG)の低下、HDL-コレステロールの増加、特にHDL2-コレステロールの増加が認められる。運動不足の生活を送っている場合、反対にHDL-コレステロールの低下が起こりやすい。

 対策は運動不足の解消である。運動療法を行う場合、その種類、強度、持続時間、頻度の選択が必要である。定常性のある有酸素運動、リズミカルな全身運動、中等度の運動強度が望ましい。治療として運動を取り入れるとなると安全で長続きすることが必要である。場合により運動開始前のメディカルチェックも必要である。

 3)低脂肪・高糖質食

 低脂肪・高糖質食ではHDL-コレステロール、特にHDL2-コレステロールの低下、TGの増加傾向が認められる。アポリパ蛋白のkinetic studyにより、アポHDLの異化促進が認められ、HDL-コレステロールの減少の機序とされている。しかし、高糖質で比較的高P/S比の低脂肪を摂取している人はHDL-コレステロールだけでなく、LDL-コレステロールも低く、冠動脈硬化のリスクは低い傾向にある。極端な高糖質食はHDL-コレステロールを低下させるだけでなく、耐糖能の面から問題があり、避けるべきである。

 4)高多価不飽和脂肪酸食

  多価不飽和脂肪酸の摂取過剰によりHDL-コレステロールが低下する。1)2)3)では高TG血症が認められるが、4)では認められない。

4 疾患に伴って低HDL-コレステロール血症を認めることもある

 TGの増加を伴うものとして以下の疾患がある。

 1)肥満

 HDL-コレステロール濃度と肥満度に負の相関が認められる。The Framinngham Offspring Study の8年間の追跡で2.25kgの体重増加でHDL-コレステロールが5%低下することが示されている。反対に体重減少により、HDL-コレステロールが増加し、トリグリセライドが減少することが多くの研究で示されている。特に規則的な運動を加えて体重減少を行うとHDL-コレステロールが10〜20%増加する。厳しいエネルギー制限による急激な体重減少では一過性にHDL-コレステロールの低下が認められることがある。

 2)糖尿病

 非インスリン依存性糖尿病では肥満、遊離脂肪酸の増加が伴いやすく、インスリン抵抗性も関与し、TG上昇、低HDL-コレステロールが認められることが多い。インスリン依存性糖尿病ではインスリン欠乏時、LPL活性は低下し、TGリッチリポ蛋白からのHDL形成が減少する。VLDLあるいはカイロミクロンが増加し、HDL-コレステロールは低下する。インスリン治療でコントロールされると、LPL活性が増加し、TGの低下とともに、HDL-コレステロールは増加する。

 3)慢性腎不全・透析患者

 リポ蛋白代謝異常は慢性腎不全の大多数で見られる。特徴はTG、VLDL、IDLが増加し、HDLが低下する。LPL活性低下でTGリッチリポ蛋白からのHDL形成が低下する。

 4)ネフローゼ症候群

 LDL増加、重症ではVLDLも増加する。HDL-コレステロールは低下する。LPLの活性化障害が存在する。

 

5 薬物によってHDL-コレステロールの低下する場合もある

 サイアザイド、ISAのないβブロッカーではTG、VLDLが増加し、HDL-コレステロールが低下する。

6 低HDL血症の治療

 二次性低HDL血症の治療の原因を除去することがもっとも重要である。すなわちライフスタイルの是正、原疾患の治療、原因となる薬物の中止、変更などである。薬物療法による低HDL血症の是正も期待できる。HDLの産生低下はしばしばTGリッチリポ蛋白の異化障害で起こるので、TGリッチリポ蛋白の処理を亢進させる薬物によりHDLが増加する。

 1)フィブラート系薬剤

 LPL活性亢進作用を有するので、TGリッチリポ蛋白の処理亢進に伴って、HDLの生成が増加する。

 2)ニコチン酸系薬剤

 組織からの脂肪酸動員の抑制、肝でのTG合成抑制作用のほか、LPL活性化により、VLDLの処理亢進作用を有する。また肝性リパーゼ活性を阻害する。そのためTGやTCの低下とともに、HDL、とくにHDL2の増加が認められる。