平成10年11月16日放送

 日産婦関東連合地方部会学術集会より

 日産婦関東連合会長 佐藤 郁夫

第96回日本産科婦人科学会関東連合地方部会学術集会は去る10月18日栃木県宇都宮市の栃木県総合文化センターで開催されました。幸い一般演題も会員の御協力により239題の応募がありました。これを例年通リ午前中10会場で消化致しましたが、特質すべき点としては、昨年の94回の学会同様、抄録の中から、優れた論文24題をピックアップし、これをポスターで発表していただきました。この会場には各セッション毎に座長とコメンテーターを置き、慎重な審査の結果、6題が奨励賞としてノミネートされ学会終了後、表彰状と記念品が贈呈されました。午後は、出来るだけ今日的な診療に直結したテーマを選び、まずミート・ザ・エキスパート4題を2会場で実施しました。

1つ目は「超音波による胎児スクリーニング」と題して愛育病院の岡井崇先生に講演していただきました。先生は、昨今の両親の関心事の重点は胎児に先天異常がないかどうかに移りつつあり、これまで以上に的確に診断することを要求されているとしています。なかでも染色体異常の中で、最も頻度の高いDown症の超音波診断の際のいくつかのsignについて言及されました。

2つ目は「風疹胎児感染の診断と予防」と題して国立感染症研究所の加藤茂孝先生に講演していただきました。妊娠中の風疹感染によって出生児に先天性風疹症候群と称される障害が生じることがありますが、厄介なことに母親の不顕性感染によっても、さらには極めて稀ではありますが再感染によっても先天性風疹感染症候群が起こリ得ること。したがって妊婦の風疹感染の診断においては、単に臨床症状の有無によるのではなく、血清診断さらには、胎児感染の有無まで診断することが必要となってくるとしています。

ウイルス遺伝子検出による胎児風疹の診断については、胎児感染陽性と判定されると、陽性率36.6%、不顕性感染の場合、陽性率5.0%であったとしています。また予防接種法の改正によリ中学生への接種が任意接種となった今日、接種率は45%であり、風疹への根絶には程遠く、今後の啓蒙活動が強く望まれるとしています。

3つ目は「男性不妊の臨床」と題して順天堂大学産婦人科の武内裕之先生に講演をいただきました。先生は不妊症夫婦は10%に存在すること、これまで男性不妊症の治療は困難であるとされてきたが、最近のICSIを始めとするART(assisted reproductive technology)の発達によって、めざましい進歩を遂げつつあること。その一方で、精液所見が年次的に悪化しているとの報告があり、全般的な男性の妊孕力の低下が懸念されるとしています。

4つ目は「卵巣腫瘍の組織診断」と題して東京慈恵会医科大学産婦人科の落合和徳先生に講演していただきました。先生は卵巣腫瘍の組織分類が時代と共に変遷してきたことを念頭におきながら、WHOの分類とも容易に変換できる日産婦学会の卵巣腫瘍登録委員会分類にしたがって非常に多くの組織像を提示していただきながら明解に解説されました。

これに引続き、パネルディスカッションが2つ2会場で開催され、まず第1会場では「出生前診断の倫理的諸問題」と題して、江津湖療育園の松田一郎先生と名古屋市立大学産婦人科の鈴森薫先生の座長のもと行われました。

座長の松田一郎先生はまず演者として、「生命倫理の基本と出生前診断」と題して発言され、出生前診断を始めとする生殖医学は微妙な問題を含んでおり、検査を受容するものと、拒否するものとの間に、感情を含めて最後まで意見の対立が存在しても不思議ではないこと。しかもそうした状況下で双方が同意し得るルールを決めなければならない。その背景となる要因として個人を尊敬すること、他人に危害を加えないこと、他人にとって最善のものを与える、公正な配分、といったことがあるとしています。

次に静岡県立こども病院の長谷川先生は「先天異常を持って生まれた子の親の意識と支援体制」と題して、先生がこれまで多くの障害児と接触して、親が子どもとの相互関係の中から次第に成長し、我が子を愛し受容していくことを体験しているので、これらの人達と比較的短時間しか接することのない産科の先生にもこれらの事実を十分理解が欲しいこと。そのためにも支援体制の充実が重要であるとしています。

津田塾大学の金城先生は「出生前診断と法」と題して胎児診断を受けるか否かの女性の自己決定権を保証し、障害についての正しい情報提供、女性に対する精神的サポートを強化するためのカウンセリングの充実を強調されました。

最後に神奈川こども医療センターの黒木先生は「出生前診断と遺伝カウンセリング」と題して出生前を含む遺伝子医療が急速に進歩したにもかかわらず、それにふさわしい遺伝子カウンセリングシステムがあまりにも貧弱であり、システムの確立の重要性を述べています。

第2会場のパネルでは「産婦人科領域における肺梗塞の現況と対策」と題して浜松医科大学副学長寺尾俊彦先生の座長のもと慶応大学青木大輔先生、順天堂大学伊豆長岡病院の三橋直樹先生、埼玉医科大学総合医療センター竹田省先生、自治医科大学消化器一般外科柏木宏先生のパネラーで行われました。

青木先生は最近5年間の産婦人科手術患者3,203例中26例0.8%に肺梗塞が発症したこと、悪性腫瘍患者で発症率は増加し、特に傍大動脈リンパ節郭清の症例では7.8%に発症したと報告しています。

三橋先生は妊娠に関連した血栓症では35歳以上の高齢、肥満、長期安静症例で危険であるとしています。また発症は産褥期に多く経膣よリ帝切に多いこと、予防処置を施すことで血栓を減少させることが可能であるとしています。

竹田先生は血栓性肺塞栓症の病態と予防についてふれ、予防管理の徹底でその頻度は1/10にまで減少してたとしています。また、低用量ヘパリン療法も効果があるとしています。

最後に柏木先生は、術後肺塞栓は高危険群(女性、肥満、癌患者、骨盤手術)に多いこと、予防的ヘパリン投与は有用と思われるが、はっきりした効果判定には大規模なprospectiveなstudyが必要であると述べています。

なお、この度の当学会の理事会や評議員会で今後の学会のあリ方について継続して検討していくことが決まりました。いずれにしても、今回の第96回日産婦関東連合地方部会総会並びに学術集会は地元の会員の先生を始め参加者の先生方の御協力によリ盛会裡に終了することが出来ました。