平成11年2月1日放送

 スギ花粉症の予防と治療 -耳鼻咽喉科の立場から-

 東海大学医療技術短期大学教授 野村 公寿

 

いよいよスギ花粉が飛散する季節になりました。そこで本日は花粉症の歴史に触れたのち、予防と治療についてお話いたします。
花粉による病気は、欧米では古くから知られていました。牧草を扱う作業で、風邪に似た症状を示すところから、今も枯草熱と呼ばれています。この疾患の本態はカモガヤなどのイネ科花粉によるアレルギーで、欧米ではポピュラーなものですが、日本では稀と思われていました。しかし、戦後、アメリカからブタクサが持ち込まれ、その花粉が花粉症の症状を起こすことが、昭和30年代から注目されてきました。この頃から空中に飛散している花粉を検索したり、皮膚反応によってアレルギーの原因になる抗原を調べることが、一部の研究者によって始められました。昭和40年代には抗原の検査方法が次第に普及してきましたが、スギ花粉に陽性を示す人はまだ非常に少なかったのです。
ところが昭和51年の春に、まさに突然、スギ花粉症が増加し、一気に社会の話題になりました。この現象は関東地方で特に目立ったのですが、その後3年ごとに新たな患者さんが激増するとともに、全国的な問題になってきたのです。3年周期の増加は、その後は明瞭でなくなりましたが、スギ花粉症は年々増えて、現在は、日本に住む人の5,6人に1人ともいわれる一大国民病になっています。まだ発症していなくても、スギ花粉に対して抗体を持っている人も同じ位いると推測されています。一方、函館以北の北海道や海外にはニホンスギがみられないので、この時期にそこへ行くと、症状は間もなく消失してしまいます。
ところで、なぜこのようにスギ花粉症が増加したのかについては、複合的な原因が考えられています。現在問題になっているのは、戦後、大量に全国に植林されたスギが、開花の盛んな時期を迎えたこと、日本人の食生活が欧米化して、抗原のもとになるタンパク質を多く摂るようになったこと、ディーゼル車の排気ガスの中に、スギ花粉のアジュバントになる微粒子があることなどによって、遺伝的な体質がある人では、スギ花粉に対する抗体を盛んに作るようになったためと考えられます。
スギ花粉は毎年春先になると必ず飛ぶわけですから、それに対する備えが大切です。花粉の飛散量は日によってもかなり違います。最近は、新聞やテレビで花粉情報が発表されますので、それを参考に、自分でできる予防対策を講じるのが良いと思います。
スギ花粉の産生量は前年の夏の気温に左右され、猛暑であるほど翌年のスギ花粉量は多くなります。それから、スギ花粉の飛散が始まる日は、主に1月からの気温に影響されます。1平方センチメートル当たりのスギ花粉が、24時間で平均1個以上になった日を、花粉飛散開始日としていますので、それより少量の花粉はもっと早くから飛んでいます。そのため特に過敏な人は、飛散開始日より前に発症してしまうわけです。毎日のスギ花粉の飛散数は、風の向きと強さの影響も大きく、晴れた日、風の強い日は要注意です。
私は以前、3年にわたって室内のスギ花粉数と屋外のそれを測定してみました。まず私の家で、窓を開けない状態では、幾つかの部屋の中の花粉は、屋外の1%前後に過ぎませんでした。また、共同研究者の室内では、屋外花粉数の2%前後、子供部屋だけは出入りが多いためか20%と高い値でした。どちらも8日間の測定の平均です。
次に、スギ花粉が非常に沢山飛んだ年に、大学病院、一般病院で測定してみました。空調が完備した病院内では、連続17ないしは24日間の測定で、室内ではこの長い期間を通じて、1個も花粉を認めなかった場所もあり、多い場所でも屋外の0.6%のスギ花粉しか認められませんでした。
以上のことから、室内の花粉飛散数は非常に少ないことがわかります。従って、スギ花粉の季節には窓を開けないこと、外から衣服や頭髪などに付いた花粉を持ち込まないことが大切です。
今度は、屋外にいる場合、いかにして花粉を吸い込まないようにするかの工夫です。スギ花粉は直径30ミクロン前後の大きさですので、ほとんどが鼻腔で捉えられます。私は過去に3年ほど、花粉予防をうたっているマスクがどの程度花粉の吸入を防ぐものか、検討してみました。
庭に粉塵測定用の器械を2台並べて、一方にはマスクを掛け、他方には何も掛けずにコントロールしました。1時間ずつ一定量の大気を吸引し、通過したスギ花粉数を比較してみました。花粉防止をうたっているマスクを11種類用いましたが、コントロールに比べて、最小6%から最大21%、平均では13%花粉しか通さないのに、普通のマスクは2種類ですが、38%と64%の花粉を通してしまい、大きな差がみられました。11種類の花粉防止マスクの材質はさまざまですが、不織布や合成繊維製のマスクは軽く、使い捨ての商品も多くて便利です。材質や値段と効果との関連性は明らかではないので、個人の好みに合わせて選ぶとよいでしょう。マスクの内部に濡れガーゼを入れて測定すると、多少効果が増す傾向がありました。
次に、薬物治療ですが、これには発症する前からの治療と、発症してからの治療とがあります。症状が起こると予測される2週間以上前から、予防的に内服すると、ある程度有効です。季節前投与といわれていますが、鼻粘膜の肥満細胞からケミカルメディエーターが遊離するのを防ぐ抗アレルギー薬を用いるのが一般的です。これには抗ヒスタミン作用のないものと、あるものとがあります。剤形は、内服、鼻内噴霧、点眼があります。
抗ヒスタミン作用のないものは、眠気をきたすことがないので、車を運転する人が多い今日、使いやすい薬です。以下、代表的な薬剤を商品名で申しますと、インタール、リザベン、ソルファ、アレキサールまたはペミラストンがアレルギー性鼻炎に適応があります。
一方、抗ヒスタミン作用のあるものは、ザジテン、アゼプチン、セルテクトと続きますが、多い副作用として眠気があります。その後、眠気が改善された薬として、トリルダン、アレジオン、グレンまたはレミカツト、ヒスマテール、エバステルがあります。トリルダンとヒスマテールはQT延長、心室性不整脈などが起こることが報告されていますので、使用の際には注意が必要です。このほか、IgE 産生を抑制するものとしてIPDがあります。まだ適応にはなっていませんが、鼻閉に効果が期待されるものとして、トロンボキサンA2拮抗薬、ロイコトリエン拮抗薬があります。以上に述べた薬は、妊婦に対して禁忌または注意とされているものが多いので、使用に当たっては説明書をよくみていただきたいと思います。
花粉の飛散が始まると、これだけでは症状を充分抑えられないことが多いので、副作用が少なく、効果が強い外用ステロイドの鼻内噴霧を併用しています。アルデシン、ベコナーゼ、リノコート、そのほかシナクリン、フルナーゼがあります。いずれも発症の直後から使い始めると、特によい効果が得られます。眼には抗アレルギー薬の点眼が安全で有効です。鼻閉が高度で苦痛な人には血管収縮薬の点鼻が有効ですが、1日に何回も連用するのは2週間以内にしないと、薬の作用が切れたときに、かえってひどい鼻閉に悩まされます。
そのほか、ステロイドと抗ヒスタミン薬の合剤でセレスタミンがあります。切り札的な効果はありますが、眠気を催すことも多く、よほどの場合に限って投与しています。
減感作療法は根気を要しますが、唯一の根本的治療といえます。そのほか非特異的減感作治療としてはヒスタグロビンなどの注射があります。妊娠していても問題がなく使用できるものに、家庭用温熱吸入器があります。40から43度の蒸気を鼻から1O分間吸入する方法で、約半数で有効との報告があります。
鼻腔の構造に異常が強ければ鼻中隔彎曲矯正術、レーザーによる下鼻甲介粘膜の蒸散、トリクロール酢酸の塗布による粘膜焼灼術なども有効ですが、これらは発症のかなり前に行う必要があります。
以上、駆け足で述べましたが、先生方の日常の診療のご参考になれば幸いです。