平成11年11月1日放送
更年期における体脂肪分布の変化
鹿児島大学医学部産科婦人科学教室助教授 堂地 勉
肥満が高脂血症、高血圧症、糖尿病などの内分泌・代謝異常を伴いやすいことはよく知られています。しかし、肥満の程度とこれらの内分泌・代謝異常の発生頻度や重症度は必ずしも相関するものではありません。肥満が脂肪組織の過剰な蓄積であるとすれば、その蓄積量よりもむしろ蓄積部位(体脂肪分布あるいは体型)がこれらの異常の発生と関連して重要な意義を有していることが次第に明らかとなりつつあります。
女性が肥満し易い時期は3つあります。一つは1) 思春期、次に2) 産後であります。妊娠中に増加した体重が産後に元に戻らないで肥満になるもの、最後が、3) 更年期であります。『中年太り』という言葉がありますように、更年期は女性が肥満になりやすい時期であります。これらの時期はホルモン環境がダイナミックに動く時期であり、またストレスを受けやすい時期でもあります。肥満の成因にホルモン環境の変化やストレスが関与していると言われる所以であります。
体脂肪分布の異常とは何でしょうか?
体脂肪分布の異常にはいろいろな呼び方があります。下半身型に対して上半身型、女性型に対して男性型、皮下脂肪型に対して内臓脂肪型、西洋梨型に対してリンゴ型、末梢性に対して中心性体脂肪分布などがあります。上半身型、男性型、内臓脂肪型、リンゴ型、中心性体脂肪分布が肥満度よりも高血圧症、糖尿病、高脂血症などの内分泌・代謝異常と関連しているわけです。これらの体脂肪分布の異常は必ずしも同じではありませんが、お互いに極めて似た病態といえます。しかし、内臓脂肪型が代謝異常と関連して最も重要であり、内臓に脂肪が蓄積しますと上半身型、男性型および中心性体脂肪分布の体型をとると考える方が妥当でありましょう。
体脂肪分布の測定法にはウエイスト・ヒップ比が、日常臨床上利用されておりますが、この方法は簡単でありますが正確さに欠けます。ウエイスト・ヒップはウエイスト周囲すなわち腰の最もくびれた部位の周囲をヒップの最大周囲で割ったものです。これが0.8を越えると上半身型体脂肪分布と言います。わたくしたちはdual-energy x-ray absorptiometry DEXAといいますが、これは骨塩量を測定する器械ですが、この機器を使って身体各部位の脂肪量を正確に測定しています。躯幹の脂肪量を下肢脂肪量で割った値で体脂肪分布を評価しています。この値が1.0を越えるものは上半身型体脂肪分布と定義しています。内臓脂肪型か皮下脂肪型かの正確な判定にはCTやMRlで測定する方法があります。しかし、体脂肪分布を測定するのにCTやMRlで検査するということ、特にCTは被爆線量という点で問題があります。肥満度の判定にはBMIや体脂肪率を測定する方法があります。BMIは体重を身長の二乗で割ったもので、25以上を肥満、35以上を肥満症といいます。肥満が高度になりますと、当然、上半身型体脂肪分布になります。体脂肪率の測定で注意しておかなければならないのは、一般の家庭で体脂肪率を測定する方法、すなわち体重と同時に体脂肪率が測定できる機器がありますが、この方法は実際の体脂肪率より5%位低く出ますので低いからと言って安心しないことです。
さて、加齢や閉経により体脂肪分布がどのように変化するかをDEXAを使って、数百例の有経婦人と閉経婦人の躯幹-下肢脂肪量比、体脂肪量、体脂肪率、body mass indexで見てみますと、加齢や閉経に伴い体脂肪分布の指標である躯幹-下肢脂肪量比は強い相関をもって有意に上昇しました。女性は加齢や閉経と伴に体脂肪分布が上半身型に移行します。これに対し、肥満度の指標であるbody mass indexや体脂肪率、体脂肪量と年齢の相関は非常に低い状態でした。
体脂肪分布の異常と生活習慣病の一つである高脂血症との関連性を多変量解析で検討しますと、高脂血症の有無と相関する因子は唯一躯幹-下肢脂肪量比だけであり、年齢、閉経の有無や肥満度の指標であるBMIや体脂肪率は高脂血症を規定する責任因子ではありませんでした。すなわち、体脂肪分布が生活習慣病と関連して最も重要な因子であるといえます。
上半身すなわち内臓に脂肪が蓄積するとなぜ高脂血症などの生活習慣病になりやすいかは次のように考えられています。
内臓脂肪は皮下脂肪に比較して代謝活性が強く、脂肪合成、分解を活発に繰り返しており、蓄積容量に応じて代謝産物の遊離脂肪酸を門脈に放出しています。遊離脂肪酸は門脈を通じて肝臓に直接流入し、肝臓での中性脂肪やコレステロール合成を促進し、高脂血症を発症させ、インスリンの異化を抑制して高インスリン血症およびインスリン抵抗性を生じさせると考えられています。
加齢や閉経によりなぜ上半身体脂肪分布に移行するかの正確な機序は必ずしもよく判っておりません。
1番目は、加齢による運動量の低下や筋力の低下が脂肪の蓄積に影響しているのではないか、
2番目は、女性ホルモンは太股や胃部の皮下脂肪を蓄積させ、内臓脂肪を分解させる働きがあります。従いまして、女性ホルモンが低下すると太股や胃部の脂肪蓄積が減少し、内臓脂肪に脂肪が蓄積することが考えられます。
3番目は、閉経しますと、相対的に男性ホルモンが高値になります。これが、内臓に脂肪を蓄積させるといわれています。
4番目に、エネルギーの摂取が消費より大きい、などが、関与しているものと考えられます。
閉経そのものにより体脂肪分布が上半身に移行するのであれば、このような変化はホルモン補充療法により防止出来る可能性があります。ホルモン補充療法とは女性ホルモンと黄体ホルモンを投与する方法です。実際、ホルモン補充療法により上半身型体脂肪分布への移行が防止出来たとする報告もあります。このことはホルモン補充療法により閉経以降におこる代謝異常を改善する以外に、間接的に体脂肪分布の異常を改善することにより、代謝異常を改善している可能性もあります。
一方、運動により体脂肪分布の変化が防止出来たとする報告があります。これは体脂肪分布の変化に加齢や閉経だけでなく、運動量や筋力の低下も関与していることを示しています。有酸素運動、酸素を消費するような運動、汗をかく運動を毎日少なくとも20分以上おこなう必要があります。ジョギング、自転車、ウオーキング、水泳、などなど自分にあったものなら何でもよいと思います。
食事のコントロールも重要であります。『腹八分に医者要らず』ということわざがありますように、過食を慎む、中国茶を飲む、青魚を食べる、脂っこいものを控える、野菜をとる、バランスのとれた食事をすることなども重要と思います。
最後に、女性は加齢や閉経により体脂肪分布が上半身型(内臓脂肪型)に移行します。これが、閉経以降に起こる様々の代謝異常や内分泌異常の発生と関連している可能性があります。加齢や閉経による体脂肪分布の変化のメカニズムは必ずしもよくわかっていませんが、ホルモン補充療法、運動、および食事のコントロールを行うことが上半身型体脂肪分布への移行を阻止し、生活習慣病から遠ざかる方法といえます。