平成12年1月17日放送
日本医師会母体保護法指導者講習会より
日母産婦人科医会幹事長 田中 政信
日本医師会と厚生省主催の平成11年度「家族計画・母体保護法指導者講習会」が、平成11年12月11日土曜日の午後に、日本医師会館において開催されました。
毎年行われていますこの講習会の目的は、母体保護法指定医師に必要な家族計画ならびに母体保護法に関連する最新の知識について指導者講習会を行い、母体保護法の運営の適正を期することにあります。
参加者は、日母関係者をはじめ全国各都道府県医師会代表者など、総勢で約200名にもおよびたいへん盛況でした。
当日のプログラムに沿ってその概要をご紹介します。
午後1時に香西日本医師会常任理事による開会のご挨拶に続き、主催者として坪井日本医師会長に代わり小泉日本医師会副会長が、さらに、丹羽厚生大臣に代わり藤崎厚生省母子保健課長から、それぞれご挨拶がありました。
坂元日母会長は、来賓挨拶の中で、「少子化問題は子供をつくれるような社会環境がなければ解決できないと述べ、奇跡は奇跡的には生まれない」と言葉を結びました。
引き続き講演に移り、まず、特別講演として、小川日本大学経済学部教授から「先進諸国における出生率の動向と政策的対応」と題し、講演がありました。
小川教授は、わが国の平成11年の合計特殊出生率は、予想に反して更に低下する見込みであり、このように毎年最低記録が更新され続けている長期的な出生低下現象を第二次出生転換と呼ぶ専門家もいると話されました。
合計特殊出生率の低下は、わが国のみならず欧米諸外国においても、全体として低下傾向です。要因は、いろいろと考えられますが、まず、合計特殊出生率の算出方法をみた時に、分子は母の年齢別出生数で、分母は15歳から49歳までの年齢別女子人口であり、分母に未婚者と既婚者が混在しています。合計特殊出生率の低下要因は各国で異なりますが、わが国においては、この分母の一つである未婚率が上昇したためと言える。さらに、分母のもう一つである既婚者についても、第1子、第2子の出産平均年齢が欧米諸国などと同様にわが国では上昇している。欧米諸外国の出生低下は“有配偶出生率の低下”が原因であると言われていますが、わが国の1970年以降の出生率低下は、有配偶出生率の低下ではなく有配偶率自体の低下、つまり、未婚化と晩婚化によって引き起こされている。 また、わが国では欧米諸外国と違い、出生タイミングの遅れという要因を除いても、合計特殊出生率は上昇しません。
坂元日母会長が述べていますように、「高齢患者を含めた不妊治療が大事」であり、この意味で産婦人科医の果たす役割は大きいと思われます。
欧米諸外国の合計特殊出生率の推移を分析してみると、家族政策をもたない国は下降しています。わが国では理想子供数が変わらないのに合計特殊出生率が下がっているので、この辺に政策介入の余地が大いに望めます。
現在、わが国は、同棲や離婚についての価値観、また、結婚しても子供を持たないという価値観の変化が迫りつつあるといえます。講演の終わりに、「人口問題は経済と相関し、政策により変化する」ことを力説されました。
次に、「人口問題を考える」をテーマとして、3名の講師によるシンポジウムが行われました。
最初は、高山一橋大学経済研究所教授から「少子化対策に第3の柱を」と題して講演がありました。高山教授は、まず、少子化と高齢化は中身が違うので“少子高齢化”とは言わない方がよいと述べられました。少子化社会は供給過剰となりますが、高齢化社会は需要は増えるが供給が追いつかない。また、少子化は数のみの問題として考えず、質の問題でもあることを忘れてはならないと話されました。現在、わが国で少子化対策として機能しているのは保育所と育児休業制度の2つしかなく、早急に第3の柱が必要であり、高山教授はその第3の柱は「男の働き方を変えること」にあり、従来の雇用・労働慣行を根底から見直し、男の働き方、その評価を変え、家庭責任を果たせるような働き方にすれば結婚率は上昇し、少子化抑制対策になると述べられました。
次に、杉山前京都大学霊長類研究所長から「動物の繁殖・個体数変動と人口問題」と題して講演がありました。杉山先生は、人を含めた霊長類の唯一最大の目的は“子孫を残す、すなわち遺伝子をコピーすることである。”とした上で、人口問題の生態学的構造を探るため、自然界における動物の個体数変動とその要因について講演されました。多くの動物は、環境変動により個体数は大きく変動する。しかし、動物は次第に少なく産んで子供の保護に多くのエネルギーを注ぐ方向、つまり、少産多保護が生物進化の方向となり、親特に母親は、最後の出産後も長期にわたり子育てのため、元気でいなければならなった。このことが、長寿命化の出発点になったと述べられました。さらに、動物は気候の変動、食料事情などにより個体数は変動し、長い年月にわたり地域環境の収容力に見合う個体数が維持されるので、生物学的にみた場合、現時点での世界やわが国は、環境収容力以上の人口を維持していることが問題であると指摘、すなわち、人を含めた動物の個体数は環境収容力に見合うことが重要で、人口を抑制する政策を行うのか、環境収容力を拡大する政策をとるのか、どちらかを早急に選択し実行する必要があることを力説されました。
シンポジウムの最後は、林国立公衆衛生院保健統計人口学部長から「最近の若者達の性に対する意識・行動からの考察」と題して講演がありました。林部長は、若者の性意識・性行動の社会的な意味は何か、そのもたらす結果は社会のあり方を変えるのか、と疑問を投げかけて講演されました。最近、若者の性行動は加速度的に活発となり、東京都の教育研究会の調査では、高校3年女子の性交経験率は男子より高く39%であり、15年前の3倍強でした。若者においては、コミュニケーションの手段としての性行動であり、動機は男子の46%、女子の69%が「愛していたから」と答え、結婚を前提としない性関係は10代では普遍化している。このように生殖と結びつかないことが可能となった性関係および性道徳の抑制がとれた性関係は、現在では大人へのステップとしてシンボル化される傾向があり、その具体的な契機は“Peer's Pressure:仲間からの圧力”であり、ごく一部ですが物質的な表現にこだわったステータスはブランド品を購入するための援助交際につながる。諸外国においても10代の性交経験率はわが国と同様に高率ですが、一つ異なることは、妊娠した場合の約56%は出産をしている点である。若者にとって昔の「迷惑をかけてはいけない」というルールが、今は「迷惑をかけなければよい」に変わってきており、この転換は個人と社会の断絶をもたらし、集団自閉症的な方向に向かうのではないかと懸念している。
社会学者の間には価値観として、自分のことのみを考える“me”の時代と“Pub1ic”の時代が数十年単位で変わるという循環説がありますが、現在のわが国は“me”の時代に入りつつあるのではないか。若者の性行動が人口問題にどのような影響を与えるか、未婚者の出産や同棲が増えることを日本社会が果たしてどのように受け入れるかが問題である。と講演されました。
講演の後、討議に入り、フロアからいろいろな質問が寄せられ、たいへん盛況な講習会でした。