平成12年5月15日放送

 陣痛促進剤の使用説明書

 日母産婦人科医会常務理事 市川 尚

 

 本年3月号の日母医報に同封した「出産されるお母さん、家族の方へ-陣痛促進剤についての説明-」という1枚のパンフレットについてお話します。

 これは厚生省医薬安全局の指導の下で、陣痛促進剤の製造発売しているメーカーが共同で作成したものを日母医事紛争対策委員会が中心となり修正、監修して作成したものです。

 最近陣痛促進剤の使用による陣痛誘発・促進に関して社会的に批判的風潮が高まっています。これは使用した時に生じたとされる産科的トラブルがしばしば指摘されていることによるものと、自然の営みをできるだけ尊重して人為的なものを望まないという社会的背景も影響していると思われます。

 そのため誘発分娩を実施する上でまず大切なことは医療側と患者さんとの間の信頼関係であり、分娩誘発の目的、長所・短所、使用方法とその内容などについて十分説明し、同意を得ることが求められています。

 陣痛促進剤の使用に関しては、マイナスイメージが強制されている今日、妊婦はもちろんのこと、その家族にも非常に不安を抱いていることが多いのです。最近「陣痛促進剤による被害を考える会」より、我々日本母性保護産婦人科医会に要望書が届いていました。それによると、同会が「分娩における陣痛促進剤の使用とインフォームド・コンセントの実態調査」を行い、その結果から、実際には副作用や危険を含めた説明がなされることが非常に少ないとして、母親学級での説明や、使用時のインフォームド・コンセントの充実と書面での同意をとることを衆知徹底してほしいと要望していました。

 「陣痛促進剤の使用に関するアンケート調査」を日母医療事故対策部が行ったのは1997年でした。

 このアンケート調査の目的は、産科診療の現場で陣痛促進剤の使用の現状を知り、陣痛促進剤の必要性およびメリットを再確認するとともに、適正でない使用状況があれば、改善できるよう自己点検用の資料を作成するためでした。

 その時のアンケートのなかで、「陣痛誘発・促進の場合に、患者さんよりインフォームド・コンセントをとっていますか」という設問に対しての回答をみますと95%とほとんどの施設がインフォームド・コンセントを行っていることがわかりましたが、その形式としては口頭によるものが多かったです。書面で行っているとした施設は、病院関係が10数%に対して、診療所では6%くらいの施設のみが書面で行っていると答えていました。

 これに対して、「陣痛促進剤による被害者の会」のアンケート調査では、1994年10月の日母医報で新指導票「あなたのお産-分娩誘発・促進について-」という日母様式患者指導票でインフォームド・コンセントを勧める記事が掲載された以降の277人の分娩をされた方で陣痛促進剤を使用された人の回答では、1.使用する時説明があった人は63.9%、2.副作用や危険性も含めた説明だったと回答した人は13.7%、3.インフォームド・コンセントは十分だったと回答した人は14%、4.使用時に同意書にサインをした人はわずかに7.9%だったと指摘しています。

 このことは我々が、使用する目的、方法は説明しても、それ以上に十分に説明する事が実施されていないため、患者本人にとっては説明が十分であったと理解されていない事が分ります。

 そこで出来れば、自院の分娩方針を含めた内容をパンフレットとして文書で渡すことが良いのではないかと思っています。

 今回これ等の経緯もあったので、厚生省医薬安全局とも相談して説明文書のモデル(案)を会員に示す事が良いと考え、今回の説明書作成に協力してきました。

 説明書ではまず、【はじめに】として「陣痛促進剤といわれるくすりは生体の中で自然に分泌されるホルモンの様な物質を化学的に合成したもので、それが子宮の筋肉を収縮させて、陣痛を起りやすくさせたり、促進させたりする」のだということ、「このくすりを使うことにより、多くの人が帝王切開をせずに出産できるのですが、まれに子宮の収縮が強くなりすぎて、お母さんや赤ちゃんが危険になることがあります。このプリントをよく読んでわからないことがあったら医師に質問して下さい。」と書きました。

 次に【くすりの種類と使い方】として、くすりにはオキシトシンとプロスタグランディンがあり各々の使い方を説明してあります。その上で、「これらのくすりは同時に複数の種類が使われることはないが、他のくすりに切り替えることはある」ことを述べてあります。また、「このくすりを使用する場合は、赤ちゃんの心音や子宮収縮の状態をモニターするための分娩監視装置などを用いて、お母さんと赤ちゃんの状態を診ながら、安全性に十分配慮します。」と書いてあります。

 次に【このくすりを使う目的】として、どのような場合に使用するのかを箇条書き的に述べてあります。1.前期破水を起こしたとき、2.お母さんに妊娠の異常(妊娠中毒症など)あるいは重症の合併症があり早めに出産した方がよい場合、3.子宮内の赤ちゃんの状態が良くない場合に早めに出産させた方がよい時、4.過期妊娠の場合、5.微弱陣痛の場合、その他妊娠を継続させることがお母さんや赤ちゃんに悪い影響を及ぼす恐れのある時に使用するのだということをわかり易く書いてあります。

 次に【このくすりを使った場合の危険性】について述べてあります。即ち、「このくすりは、1人1人で効き目の現れ方が違うため、少量でも効果のある人もいれば、少し多く使っても効果がなかなか現れない人もいる」こと、「このくすりを使用した場合に一時的に吐き気を感じたり、血圧が上がったりすることがある」ことを述べ、「慎重な投与、厳重な分娩監視のもとでは、ほとんど問題はないが、非常にまれには、子宮収縮が強く現れ過ぎたり、そのため子宮や産道が裂けたり、強すぎる子宮の収縮により、赤ちゃんが低酸素状態になることがある」と述べてあります。なお「このくすりを使っても出産が順調にに進まない場合は、帝王切開が必要になることもある」と述べました。

 最後に「このくすりを使っているときに、少しでもおかしいなと感じたら、すぐに医師、又は看護婦に知らせてください。直ちに適切な処置を講じます。」と結びました。

 あくまでこの説明書はひとつのモデル(案)のつもりですので、各施設で独自のものをお作りになってくださることが大切だと思います。そして、陣痛促進剤使用による分娩誘発のときは、入院時に説明のパンフレットを渡し、よく口頭で説明したうえで、同意文書を本人と家族からとっておくことが必要だと思っております。

 陣痛促進など、分娩中であるときは、書面で同意を得ることが不可能なときは、口頭で説明し、承諾を得たことをカルテに記載しておくことが大切です。

 この説明書は日母医報に同封のものをコピーしてくださっても良いし、子宮収縮剤メーカーのMRに言ってくだされば持参すると思いますので、ご活用いただければと考えています。