平成12年6月5日放送

 妊婦の不安と願い

 日母医療対策委員会委員 野原 士郎

 

 本日は「妊婦の不安と願い」という題名でお話しします。この題名では昨年1月、日母医報の医療と医業・特集号に少し書きました。また本年2月6日の日母全国支部医療対策担当者連絡会では、それにいくつかトピックスを加えて、お話ししました。本日は大筋はこれに沿ったかたちでお話しします。

 私は、今から15年前、妊産婦雑誌が初めて発刊されて以来、いくつかの雑誌社とかなり密接な関係でお手伝いをしてきました。さらにここ5、6年は読者相談室の医療担当の仕事も受け持っています。読者相談室には、毎月約120通の手紙が届きますが、その内容は、まさに千差万別です。今回それをある程度まとめましたので、妊産婦とまさに密接な関係にある産婦人科医の方々にお知らせし、日常の診療に役立てていただければと思います。

 さて我が国の妊婦さんたちは「妊娠、出産に関する情報をどこから集めているのでしょう」という話から始めます。これに関する調査としては当読者相談室が行ったものがあります。なにぶん、雑誌社が行った調査なので、少し割り引いて評価しなければなりませんが、それによりますと、「妊娠、出産に関する情報」は、妊産婦雑誌からがトップで91%、先輩ママである友人・知人からが65%、3番目が母親で61%、次がやっと医師で47%です。そして妊娠中の友人・知人からが39%でした。この調査からも、妊婦さんたちはこのような比率で総合的に情報を集めていることが窺われます。

 なぜ医師が4番目なのかを相談室に寄せられた手紙から推察しますと、多くの妊婦さんたちは、日頃の生活や妊婦健診の時に感じた不安や疑問を、医師が忙しそうという理由で質問できずに帰ります。そして妊産婦雑誌で調べたり、友人・知人、母親に電話で相談するのです。ここで情報が混乱し不安がさらに増強すると、母親が電話してきたり、一緒に来院することになります。また時には他の医院や病院を受診することになったりします。

 この辺こそ診療者側に、もう一工夫が欲しい所です。昨年の日母医報の特集では診療側が「妊婦さん用の質問用紙を作って受診者にあらかじめお渡しください」と、相談室から提案しました。この意味は「どうぞ何でも尋ねてください」という積極的姿勢を妊婦さんたちに伝え、遠慮なく質問してもらうためです。また質問を書いてもらうと、質問時間の節約にもなります。相談室の女性たちの提案では質問用紙の色は断然ピンクが良いのだそうです。今風に言えば「可愛いー」のだそうです。私も最近我が診療所のトイレを全面改装しましたが、内装の色などを女性従業員にすべて任せ、出来上がってびっくりしました。なんと全面ピンクです。男の私にはなんとなく落ち着かなくて、入りにくいのです。でも患者さんたちは「トイレがきれいになりましたね」と少し嬉しそうです。

 それでは次に相談室に寄せられた、過去2年間2,500件のベストランキングを少しお話しします。第1位は、妊娠中に服用した薬についてです。相変わらず妊娠と気づかず服用した風邪薬や痛み止めを心配する人が多いのですが、先ず心配ないという答えはかなり浸透しているようです。産婦人科以外の医師が出した薬の場合は「安全かどうか分からないので、薬は中止してください」と他科の医師たちは直ぐ逃げ腰になり、妊婦さんはとたんに心配になってしまいます。産婦人科医の場合も問題はいろいろあります。妊婦さんたちを驚かせるのは、産婦人科医が出した薬に対し、妊婦さんが「この薬、赤ちゃんには大丈夫ですか」と聞いたとたん、むっとした顔で切り口上になる医師から、「信用できなきゃ飲まなくていい」と怒りだす医師までたくさんいらっしゃるのです。妊婦さんたちは、薬を飲むとき、何時も心の中で、「この薬赤ちゃんには大丈夫かな」と、心配していると思っていただきたいのです。

 最近の妊産婦雑誌では妊娠中に医師が処方する止血剤、抗生物質、風邪薬、鎮痛解熱剤など殆どの薬を写真入りで、効能、効果、使用上の注意まで詳しく説明しています。そしてちょっと困っているのが、塩酸リトドリンに関する問題です。非常によく使われる、切迫流早産の薬ですが、妊娠16週以後に処方されると説明されているので、それ以前に処方され、服用した妊婦さんからの疑問や質問がかなり多いのです。

 第2位は精神不安、いらいら、妊娠が喜べないなどに類するものです。妊婦さんたちの殆どは妊娠する前は働いていました。収入の殆どを自由に使い、仕事が終わってのアフター5はとても楽しかったはずです。しかし妊娠して仕事を辞めた途端、職業上の地位は消え、収入は夫に頼るだけとなり、友人は激減したのです。体調も良好でない上に、夫たちの帰りは概して遅く、いたわる心遣いも十分ではありません。

 彼女たちの多くは心細さや孤独感の中で不安に囲まれて暮らしています。妊婦健診のときの「いたわりや励まし」は、まさに妙薬です。そうは言っても口先だけでは無力で、つわりの時など、つわりの辛さを軽く見てぜんぜん親身ではなかった、などと言葉だけなのを見抜かれた例も少なくありません。

 第3位は赤ちゃんが生まれてから夫と二人でうまくやってゆけるかどうかの不安です。最近の若い夫婦の離婚は非常に多くなっています。このような不安は多かれ、少なかれ胸に抱くことなのでしょう。

 第4位は体重管理です。最近の女性は体重増加について非常に関心がつよいのです。

 第5位はどうしてもタバコが止められないと言うものです。

 以下、夫とうまくゆかない、姑との問題など、妊娠中の出血、赤ちゃんが大きい・小さい、通院している病院や医師への不満など、そしてセックスの問題も沢山届きます。

 後の方の第29位にシングルマザーになることについての相談、たとえば自治体からの援助についてです。30位におなかの子が誰の子か分からないので調べる方法はないかというものです。この二つの相談を雑誌の相談室案内の最後にちょっと紹介したところ、突然シングルマザーとおなかの赤ちゃんの父親が誰かの相談が殺到し始めたのです。相談室一同は世の中は一体どうなったのだろうといささかびっくりしています。

 シングルマザーに対する自治体からの援助については詳しい資料を送っていますが、おなかの赤ちゃんのお父さんについては少し困っています。例えば、昼間は他の人と夜は夫との性交で妊娠した場合や、月経周期からは間違いなく夫とのものだが超音波検査からの大きさでは5日後の他の人とのものになってしまうなどの相談です。これに対しては羊水を採取し、夫の唾液か頭の毛の毛根を一緒に送ってDNA検査を行う方法があります。費用は15万円前後ですが、この検査はビジネスとしてインターネット上で数社が広告を行っています。しかし今の所このDNA検査を積極的に紹介することには踏み切れておりませんが、私の診療所などにもそのための羊水採取の問い合わせはあります。

 そのほか、通っている医院や病院に対する不満や不安というのも沢山あります。まとめますと、やはり一番多いのは医師との意志の疎通が無いと云うものです。これについては先程述べました。

 次に多いのはプライバシーが守られていないと云うものです。説明する医師の声が他の患者に皆聞こえてしまう。内診台が並んでいるところなどは、医師の顔も見ないうちに内診台にあげられ、待っていると、隣の内診台の医師の声が全部聞こえてきたなどです。体重についても測定した体重を待合室に聞こえるような大声で言われたなども結構あるのです。

 そのほか、医師の冷たい一言、待ち時間が長い、健診の費用が高いなどです。このような相談を沢山読んでいますと、最近の妊婦さん像がなんとなく浮かび上がってきます。それは「孤独で我が儘で心配性」、自分は何もしなくても、周りの人がいろいろしてくれて、妊娠・出産は自分がヒロインになる一大イベントと思っているようです。

 ともあれ、この少子化の時代、次世代を担う赤ちゃんを産まんとする妊婦さんたちは、まさに貴重です。精一杯大事にしてあげたいと思っています。