平成12年7月24日放送

 日母性教育指導セミナー2000年

 日母産婦人科医会幹事 安達 知子

第23回日母性教育指導セミナーが、平成12年7月2日、和歌山県南部町で開催されました。大会会長は、和歌山県日母支部長天津實先生です。メインテーマは、「進んだ生殖医療から性の原点を見直そう-熊野路で-」であり、坂元正一日母会長のことばをお借りしますと、性の原点と性を知りはじめる子供達の心に思いをはせ、過去からの歴史と未来に向かっての展望で、全体をまとめようというユニークなテーマです。

 プログラムを紹介いたしますと、はじめに、生殖医学の第1人者であります、近畿大学の星合昊教授より、「生殖医療の進歩と社会」についての特別講演がありました。ここでは、ヒトの生殖とは何か、ヒトと他の動物との性行動の違い、すなわち、ヒトは生殖を意図しない性行動をとり、また、発情期に性行動を抑えることもできる、といった、ヒトの性の原点ともいうべき話からはじまり、生殖医療について、およびその進歩の流れ、社会への影響、最近話題のクローン技術などを用いたこれからの医療への展望と可能性についての、興味深い講演がなされました。

 次に、今回の企画の中で、大変注目すべきものですが、日母、予防医学・介護に関する委員会、荒木重雄委員長と、全国性教育研究連絡協議会の田能村祐麒理事長とのディベート:「21世紀へのメッセージ、これからの性と性教育を考える」がありました。田能村先生は、ご存じの方も多いと思いますが、長年、中学、高校の教職、校長職につかれ、定年退職後は学校教育と性教育のかかわりを中心に活躍され、この分野では第一人者の先生です。性と性教育について、あまりにもたくさんの問題点、討論すべきことがあり、予定時間内で十分消化できませんでしたが、ここでは、ディベートの中で、特に印象に残ったことを述べさせていただきます。

 荒木委員長はまずはじめに、「21世紀を展望したわが国の教育の在り方」についての平成8年7月の第15期中央教育審議会の第一次答申を示されましたが、その内容は、これからの子どもたちに必要となるのは、いかに社会が変化しようと、「自分で課題を見つけ、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力」と「自らを律しつつ、他人とも協調し、他人を思いやる心や感動する心など豊かな人間性」と「たくましく生きるための健康や体力」であると考え、これを「生きる力」と称し、これを育むために家庭、学校、地域社会が十分に連携し、バランスよく教育にあたることが重要である、というものでした。残念ながらこの答申には、性教育に対する記述がないとのことですが、とてもすばらしい答申と思いました。そこで、田能村先生の著である「学校における性の危機管理」から、学校教育、家庭教育と性教育がかみ合わず混乱を引き起こした逸話をあげて、個々について、田能村先生の意見と解説を得ながらその内容を検証しました。教師も、母親も子供達によかれと思っておこなった性教育が結果的に子供達に受け入れられなかったり、拒絶されたりとの結果になるのですが、これらの混乱を避けるためにも、性教育に関して、教員の共通理解を図るとともに、その実施に関しては保護者の理解を得ておくことが必要と考えられます。

 会場には、18歳前後の制服姿の専門学校生の方たちが大勢みえていましたが、98年NHKスペシャルで放映された『14才の風景』の中の中学生の悲痛な声をスライドに示し、専門学校生の方たちに、この14歳の声についての感想をインタビューしました。

 また、日本の教育の特徴として、高度成長期時代からの「みんな仲良し」、「みんな同じ」という教育がいまだ引き続き行われていることを指摘し、現在は、多様な感じ方、考え方や振る舞い方が溢れているのが当然の社会であり、仲良くできない或いは自分と異なる他人とどう付き合うかのメッセージが大切であることを強調されました。

 さらに、性教育の場としても、自尊心を育てていくことは特に重要ですが、日本の教育ではこれらがうまく果たされていません。

人は他人とのコミュニケーションを通じて肯定され承認されることによって自尊心を養うものですが、承認された経験がなかったらどうなるのか、

第一は、承認してほしいあまり周囲の期待に過剰反応して右往左往する。気に入られたくていつもよい子を演じる。

第二は、周囲の期待と自分の能力のギャップが鋭く意識され、コミュニケーションに踏み出せなくなり「引きこもる」ようになる。

第三は、他人からの承認を端的に断念し、「脱社会的」になる。他人との社会的コミュニケーションと無関係な場所に自尊心や尊厳を形作るようになる。これらは、現代の若者達のいわゆる、切れるとかよい子であったはずの子たちが突然に理解できない行動をとる、或いは、引きこもり、などにつながるパターンと考えられます。これからの教育として、自尊心を養うような方向性を考えなくてはなりません。

 性およびそれに関連した事項について、いろいろな考え方や認識があります。どのような考え方、社会のあり方が、本当に子供たちに好ましいのでしょうか? 何をよりどころに選択すべきでしょうか。

教育の在り方と問題点、性の問題、思春期危機の要因、望まれる社会の対応など、結論がでるものではありませんが、生まれてくる子供、これからの社会を担う若い人たち、そして、生殖の大部分を担う女性たちのために、望まれる対応を今一度考えてみる必要があります。最後に、荒木委員長は、問われているのは子供たちではなく、私たち大人ではないでしょうか?と、結んでいます。

 午後からは、子供達の性の悩みについて、「子供達の性に対するモヤモヤ」と題するシンポジウムがありました。4人のシンポジストとその課題を紹介しますと、

1番目は、和歌山県子ども、障害者相談センター、子ども相談課心理判定員の衣斐先生による「相談事例からみた性の問題」、

2番目は、社団法人 家庭養護促進協会・大阪事務所長の岩崎先生による「APCCの窓口からみた10代の性」、

3番目は、石川クリニック、ハートブレイクの石川先生による「今のままでいいのか? 男の子たちの心のモヤモヤ」、

4番目は、和歌山県田辺市立新庄中学校養護教諭の西浦先生による「生徒との心の交流を通して学んだこと -保健室でのかかわりと性教育-」、以上です。

講演は、各20〜25分、総合討論は30分余りでしたが、いろいろな立場の方からみた子どもたちの性の問題、その行動への理解、扱い方についての提言がなされ、時間のたつのも忘れて聞き入ってしまいました。

 簡単に内容をご紹介いたしますと、衣斐先生は、父親の娘に対する比較的軽い性的虐待の事例で、心に残したトラウマから、テレホンクラブに何十回も電話したり、友人の何気ないことばの攻撃から内にこもって抜け出せなくなったりした少女の話です。内にこもってしまう状態を鳴門の渦潮にたとえ、どうしたら、渦潮に捕まらないで舵取りできるか、具体的な解決策を一緒に考えていくことで、また、そのスキルを獲得することで、少女の問題行動が治まっていくということでした。

 岩崎先生は、まずはじめに、APCCを、いろいろな事情で親に育ててもらえない子供達に、代わりの家庭、里親を探す運動を展開してきた民間団体と紹介し、高校3年生の同級生同士、愛し合っていると考えての性交から妊娠した事例を示しました。この少女は、気づいたときには、妊娠中期を越えており、パートナーとは気持ちの上で離れてしまっていた大学1年生でしたが、最終的に、APCCの介入で無事出産し、両親との話し合いで、子どもは里子に出す道を自分で納得し、選択した事例です。自分が引き起こした問題と、しっかり向き合い、どのように解決していくのか、その経過がとても大切であると結んでいます。

 石川先生は、泌尿器科医師であり、また、思春期を中心とした心療内科医でもあります。思春期相談員達が交代でボランティアをしている電話相談室、ハートブレイクは、年間1,000件の相談があるとのことです。学校で教える性教育ではわかりにくい、具体的な性教育、すなわち、コンドームの購入法、装着の仕方、セックスの前にどうやって避妊について話し合うか、などを行うことで、性教育現場に協力をしていますが、それらの活動をスライドに示し、紹介してくださいました。

 保健室は生徒のオアシスともいわれていますが、養護教諭の西浦先生は保健室を通しての生徒との交流の事例をいくつかあげて解説してくれました。生徒たちの苦しみや葛藤は、変化していく自分の身体への不安であったり、人間関係をうまくつくれないいらだちであったり、親や教師への不満や反発であったりします。保健室で受け入れられることによって、安心感と自己肯定感が得られ、自分自身の生き方を少しづつ見つけだすようになってくるとのことです。

4つのシンポジウムを通し、性のモヤモヤが生まれるのは、思春期という時期の通り道と考えられます。しかし、問題行動へとつながっていくのは、“さみしさ”や“人間関係をうまくつくれない”状況にあるためと考えられます。家庭や学校で、子供達を見つめることの大切さを改めて考えさせられますが、電話相談室、保健室、その他の窓口を上手に利用して、性のモヤモヤを昇華し、大人へのステップとしての思春期を有意義に生きていってほしいと思いました。

以上、第23回性教育指導セミナーを真夏の太陽の下、快晴の和歌山県南部町で終了いたしました

 来年、第24回は宮城県仙台市で行われます。21世紀へ踏み出した性教育が、どのような方向へ向かって行くのでしょうか? 来年また、たくさんの方たちの参加と実りある性教育指導のセミナーとなることを祈念しております。