平成12年9月25日放送

 日母研修ノートNo.65「女性の美容医学−いつまでも美しく」より

 日本母性保護産婦人科医会副幹事長 川端 正清

 

 本日は、日本母性保護産婦人科医会平成12年度会員研修ノートNo.65「女性の美容医学−いつまでも美しく」についてご紹介させていただきます。

 人間だけでなく、命あるものすべてには、本来「美への憧れ」があります。化粧行為は多くの動物で確認されていますし、「本能に根ざしている」と言えます。人においては太古の昔から、化粧・装飾が行われています。近代に於いては、化粧品は皮膚科学・生理学など広域にわたる科学に支えられて発展し、女性の化粧行動は文化の一部となっています。「いつまでも美しくあることは」は、女性にとって一生の憧れでもあり、願いでもあります。産婦人科医が、美容について一般的な知識を得ておくことは、女性を理解する上でも、また患者指導の上でも大切なことでしょう。ここに、今回、研修ノートのテーマとして「女性の美容医学−いつまでも美しく」を取り上げた意味があります。

 化粧・美容は、心理的鎮静すなわち「いやし」と、心理的高揚すなわち「はげみ」の効果をもたらします。この「いやし」と「はげみ」は、医療に於いても患者の Quality of Life に大きく貢献していることが判ってきました。また、精神的効果だけでなく、肉体的にも、若い時から美容に心がけている女性の皮膚は老化のスピードが遅くなることが証明されています。医療でも、湿疹やアトピー性皮膚炎などの皮膚の処置は、基本的には、美容と共通した考えで行われます。

 今まで、医療現場では、化粧を一律禁止する方向にありました。しかし、高齢女性であっても、また妊婦であっても、健康的な美容を行うことは大切なことでしょう。化粧・美容の利点・欠点をよく知った上で、診療に差し支えない限り、認める時代になってきたと思われます。

 それでは、研修ノートに沿って説明をいたします。

 皮膚の機能は、外界から生体内部を隔てて、乾燥を防ぎ、体温を調節し、さらに感染防御など免疫の場として重要です。化粧・美容の基本は、まず感染防御すなわち清潔に保つこと、2番目は紫外線の被爆を防御すること、3番目は乾燥を防ぐこと、4番目はストレスをかけないこと、そして5番目に美白、以上の5点に集約されます。

 まず紫外線について述べます。

 紫外線は波長によりUVAとUVBに分けられ、特に波長の短いUVBは生体に強い影響があります。紫外線はオゾン層で遮蔽されますから、オゾン層の減少が懸念されます。季節では、5月から8月が多く、10時から13時に紫外線強度は強くなっています。UVBは曇った日でも、晴れた日の60%から70%が降り注ぎます。紫外線の急性反応は、日焼けや紅斑、黒化です。免疫能の低下やDNAの損傷をきたして、皮膚癌の発生につながります。紫外線を浴び続けることによって起きる慢性反応は、光老化と言われます。農業や漁業従事者のうなじに見られるように、皮膚が厚く、深いしわとシミが出来ます。顔の老化には紫外線が強く影響しますので、老化を防ぐ最も良い方法は、紫外線を防御することです。

 次に、乾燥・保湿について述べます。

 最近は、冷房・暖房により乾燥状態になることがよくあります。皮膚が乾燥すると、皮膚の増殖性変化や炎症性変化が起きやすく成り、バリア機能が低下して、刺激を受けやすくなります。また、小皺の原因ともなります。このような時は、保湿剤で肌を潤った状態にしておくと、改善が見られます。

 精神的ストレスは皮膚の状態を悪くします。実際、アトピー性皮膚炎の患者ではストレスによりしばしば悪化が認められます。

 それでは、化粧・美容の実際について、もう少し具体的にお話しします。

 化粧は、初めに述べましたように、「いやし」と「はげみ」の効用があります。特に、化粧は場面に応じた演出をするため、社会的な行為といえます。すなわち、健康のために行うスキンケアが、肌を美しくしたいという演出的な側面も持つということです。

 化粧品の役割は皮膚をきれいに保つことにあります。化粧品には、皮膚を清潔に保つための洗浄料、水分や皮膚の脂肪を保持する保湿化粧品、メラニン生成を抑制してシミ・そばかすを防ぐ美白化粧料などがあります。

 スキンケアのポイントは、皮膚を清潔に、モイスチャーバランスを保ち、マッサージなどで血行を良くし、紫外線など外からの悪影響から守ることです。このような点に気を付ければ、ツヤツヤした若い皮膚を維持できるでしょう。

 次に、妊娠中の美容について述べます。

 妊娠中でも、メークは女性の「おしゃれ心」に由来するもので、診療上必要な時以外は、育児期間中でも、本人の希望通りにするのが良いでしょう。妊娠すると、体の色々な所にメラニン色素の沈着による着色が見られます。多くは分娩後次第に消失しますが、まれに数年間残ることもあります。対応処置はありません。下肢の浮腫、静脈怒張、静脈瘤には、腹帯を止め、寝るときは下肢を上げ左側臥位とします。悪化が見られるときはサポーターを使用します。妊娠線への対応は、脂肪の蓄積による体重増加を抑えるのが第一です。処置は、表皮に潤いを持たせて延びやすくすることです。マッサージクリームも有効です。妊娠性掻痒症は皮膚が乾燥したために起こるものですから、妊娠線の処置と同じように、保湿やマッサージをします。皮膚の脂肪分も全部取ってしまわないよう、洗剤にも気を付けましょう。授乳時の乳房の手入れですが、乳首のびらんを防ぐため、乳房にぴったりフィットするブラジャーを付けるようにします。また、乳首は乾燥しないよう保湿に心がけて下さい。びらんが出来てしまったら、授乳後に抗生剤の入った軟膏を塗っておくと良いでしょう。

 新生児・乳幼児のスキンケアについて述べます。

 新生児・乳幼児のスキンケアは、お母さんが「自分の肌の手入れをする前にする」という心がけが大切です。近頃では、朝目覚めた赤ちゃんの顔を拭かないお母さんが半分ぐらいいるとのことです。寝ている間に、涙・目やに・鼻水・よだれ・汗で汚れているのにです。赤ちゃんの皮膚は薄く、外界へのバリア機能が未完成ですから、お母さん以上にスキンケアが必要です。胎児の時は、無菌の羊水に保護されていますから、保温・保湿は十分ですし、しかも紫外線など外界からも守られています。スキンケアの視点からは、理想的な環境にあります。これこそ、「スキンケアの原点」です。赤ちゃんには、病的になってから治療をするのではなく、普段から一日2回の洗浄と保湿のスキンケアをするのが大切です。産科医は、妊婦さんに赤ちゃんのスキンケアの意義と手技を指導することが大切でしょう。

 最後に、形成外科・美容外科領域について少し触れたいと存じます。

 物質的に豊かな社会となり、美容にも関心が強まり、医療の力を借りて通常の方法よりも大きな改善を望み、より積極的な自分を取り戻そうとする意識が起きてきました。最近の、この方面の進歩は著しく、外科的手法だけでなく、医療技術や材料の進歩により、様々な治療法が行われるようになりました。コラーゲンの注射、レーザーやピーリングなどはその代表的なものです。時間の関係上、詳細はノートをご覧下さい。

 以上、研修ノート「女性の美容医学」の解説をいたしましたが、今回は時間の関係上、疾患に関しては省略いたしました。

 また、別冊としてこのノートの妊娠関係の部分を集めて、患者用小冊子「妊娠と美容」を作成しました。ある女性に見せましたところなかなか評判が良く、妊婦さんたちにきっと喜ばれると確信しています。

 なお、本日解説しました日母平成12年度会員研修ノート「女性の美容医学−いつまでも美しく」と、患者用小冊子「妊娠と美容」は10月初旬に会員の皆様に配布する予定です。

 今回のノートと患者用小冊子「妊娠と美容」を、診療に、そして日常生活にご利用して頂くことを、希望致しております。