第41回日本母性衛生学会より第41回日本母性衛生学会会長 玉舎 輝彦
平成12年10月30日放送
第41回日本母性衛生学会は2000年9月28日、29日の2日間、岐阜で開催されました。
岐阜県母性衛生学会が設立され、今年で13年を迎え、岐阜県での活動も活発となり、気運も高まり、絶好の機会が得られておりました。
本年は2000年のミレニアムの始まりの年であり、20世紀最後の年でもあります、全体の基調テーマを母性、20世紀から21世紀へのメッセージといたしました。
20世紀末には母性は劇的に変化してまいりましたが、その事から生じる社会的歪みは、21世紀へのメッセージとして、啓示となっていると思われます。
世界的には人口は増加し、限られた地球上では、人間の生活と生存が危機にさらされることになり、日本でも人口の自然増加は、減少し少ないとはいえ、上昇しております。
日本は高齢化社会を形成してきており、65歳以上の占める割合は15%を越え、さらに女性では平均寿命は80歳を越えておりますが、死亡率も増加しております。
一方、10年前に対象女性より割り出した出生率は昨今増加すると推定されておりましたが、近年の出生率は年々減少しております。
その背景には女性の高学歴、社会への進出、経済感の変化、パラサイト・シングルなどがあり、特に女性では平成11年では初婚率も6.1となり減少し、離婚率も2.0と増加し約3人に1人は離婚しております。このことは女性の特性である妊娠・分娩・育児に適し、子供を持ちたい願望が強く、内向的・消極的で、家庭を守り、育児を行うことに適すという母性を変化させてきております。すなわち、ヒトが生まれ持つ特性は社会環境や意識レベルの変化により、スポイルされているといえます。
女性の社会進出、少子化が進む中、子育て支援が大切となっております。不妊治療の保険適用、高齢出産の安全性、出産・育児手当や奨学金制度、保育所の位置づけ、雇用、労働慣行なんどの改善が求められてきております。
女性は社会に進出し、その妊孕と選択には、既成概念にとらわれることがなくなり、ある意味では健全な母性・父性が失われることになりますが避妊、シングルマザー、さらには現在では認められない高度生殖医療を受け入れる社会が訪れることになります。
産科医も20年前とくらべ、3分の2に減少しているのは出生率の減少とも関係しております。分娩も病院・開業医とも減少の一途を辿っておりますが、過去10年の間では20床以下診療所の開業医の分娩が増加しております。これは開業医がよりよい出産環境を提供し、病診連携が進んできているためでもあります。帝王切開分娩も病院15%、開業医10%と年々増加しており、より安全な分娩が希望されているためと思われます。この傾向は21世紀も進んでいくことと思われます。
自然に分娩、特に座位分娩が多く行われていた時代の産習俗や伝承されてきた通過儀礼から学ぶことも多いようです。
21世紀には分娩の取り扱い方では、帝王切開分娩が母児の安全性のため増加している中、経済的効果を生むため反復帝切を避ける試みもなされていくと思われます。
妊婦健診では、妊婦と共に作成するバースプランや新生児ケアーに対する自己決定とアメニティーが大きな要素となってきております。
成育医療における適切なスクリーニング検査も意義づけられ、増すと考えられ、妊婦感染症や胎児異常のスクリーニング、新生児の発症前スクリーニングなどの体制作りが行われると考えられます。
早産の原因に子宮内細菌感染が重要な因子であることが明らかとなり、この対策が早産児、低出生体重児、新生児感染症の予防に大切となってきております。
さらには自動車の利用が増し、母児の安全のために妊婦シートベルトやチャイルドシートの必要性が増すと考えられます。
21世紀にはエイズ患者が増加するであろうし、感染妊産婦の管理や母児感染予防についての対応が増すと思われます。
日本では避妊法の普及の割に妊婦死亡率は低く、幸い避妊法にエイズウイルスの防御になるコンドーム法は75%を占め、ピルは2%以下であります。低用量ピルが認可され、そのメリットを強調しても、日本人の性習慣は欧米人と異なり、ピルの普及は今後とも困難であると思われます。出産に携わる医療関係者・病院の年次推移をみてみますと、40年前と比べ助産婦数は半減し、一方避妊指導等にあたる保健婦数は約2.5倍に増加しております。
21世紀の母性をささえる周産期医療のあり方に触れると、この進歩は目覚ましいものがありますが、自然分娩や助産婦の役割が増し、その教育活動が要求されてきております。
助産婦の新しい役割- 21世紀の助産婦像を考えると、助産婦の専門的能力の向上と責務の自覚と拡大を促進するシステムの整備が必要で、開業助産婦の病院とのオープンシステムの導入も考慮すべき点であります。
母性におけるリスクマネージネントは医療において重大なテーマであり、組織内の責任追及型から原因究明型へ移行し、個人・設備の部分的アプローチから組織・システムを総合的に改善するアプローチへと転換されることであります。助産所への危機管理体制の指導や支援体制を確立し、特に災害時においては後方支援体制整備およびボランティア登録制度が必要で、さらに精神・心理面での母子相談活動などの長期支援が必要となることがあります。
女性への性暴力も問題となり、犯罪もあり、その類型としてセクシャル・ハラスメントやドメスティック・バイオレンスにおける性的暴力もございます。性暴力根絶のためには、関係各分野の連携が必要となります。
女性受刑者の母性は、成長過程における被虐待経験により精神的、心理的、社会的ダメージと逸脱行動や自傷行為の悪循環を繰り返して損なわれていきます。
児への虐待も問題となり、罪罰を明確にして虐待を予防する司法的対応と福祉的対応をうまくリンクさせ、介入と援助の双方を児童相談所の職務とすることの検討が必要となります。
松沢京大霊長類研究所教授の特別講演はチンパンジーの母性と教育と題していて、チンパンジーの世界では生後5年間、母子はつねに一緒に過ごし、深くて強い絆を作り、教育では親とおとなが手本を示し、子供からの積極的なはたらきかけを寛容に見守っています。これはヒトで忘れがちなことと思われます。
女性の健康管理に対して、医療の現場では多くの情報を提供され女性の選択が可能な限り受け入れられる方向が大切となってきております。
高齢化社会を迎えて社会的には労働力の不足、高等教育での定員割れや学力不足、高齢者のケアーの問題などが生じております。女性ではQOLを高めるためのホルモン補充療法の普及が大切ですが、日本人の服薬の習慣は難しく、生活改善や代替・補完療法への信頼は延びること考えられます。
中高年女性の時間的余裕の増加する中、登山も1つの利用方法となっております。一方、登山中の事故も増え、原因は年齢に対する体力と平衡感覚の過信によるものであり、注意が必要となっております。
ヒトはよりよい生活環境を造り出すために地球環境を変化させてまいりましたが、一方では人類の存続と関係する生殖生理に悪影響を与える環境を造り出している危惧がございます。それに対する警告を発せざるを得ないであろうと思われております。
以上、母性、21世紀へのメッセージからまとめました。