平成14年2月4日放送
 研修ノートNo.67「不妊症のケア」より
 日本産婦人科医会研修委員会委員 春日 義生

 

 本日は研修ノートNo.67「不妊症のケア」について、お話しさせていただきます。

 不妊症に対する医療は、最近の生殖補助医療の進歩によって、大きく様変わりしております。今回の研修ノートの企画では、基本的な不妊症の取り扱いについてはもちろんのこと、新しい治療法や、生殖補助医療に伴って出現した社会的・医学的諸問題、さらに不妊症患者のカウンセリングに言及いたしました。本日は、時間の関係でトピックスと思われる部分についてお話しますが、不妊症の患者さんがみえたときには、以前研修ニュースにも配布してあります様に、妊娠前からの葉酸の摂取についての説明や風疹の予防接種についても勧めていただければと思います。

 最初に不妊の考え方についてですが、我が国では正常な夫婦が、2年以上妊娠をみない状態を不妊として来ました。ところが、最近は女性の結婚年齢が高齢化しております。35歳以上の原因不明不妊の女性が、治療後2年以内に妊娠する割合は50%で、さらに38歳を越えている場合は、体外受精を行っても妊娠率は低下してしまうことなどを考えますと、31歳以上の女性で自然経過1年以上しても妊娠しない場合には、希望があればルチーン検査をするのが妥当という考え方に変わってきております。

 不妊症に関する技術で格段に進歩、一般化してきているのが、内視鏡や超音波を利用した検査法や治療法です。腹腔鏡下の検査処置は、より安全に行われるようになり、操作器具の進歩で筋腫の核出術なども行われるようになりました。吊り上げ式腹腔鏡は、気腹式腹腔鏡の気腹ガスの漏れによる視野不良や、気腹による呼吸循環系への副作用という欠点を軽減することを可能にいたしました。また、腹腔鏡手術の導入によって開腹手術に比べ、入院期間も短縮し、不妊症治療をより受け入れ易くしました。

 子宮鏡下の手術は、粘膜下筋腫や内膜ポリープ切除はもちろんのこと、アッシャーマン症候群、子宮奇形の手術にも応用されております。しかしながら、電気メスを使用したレゼクトスコープでは、子宮腔拡張液に電解質液を使用できないため、手術が長時間に渡ったり、拡張液の使用量が多いと水中毒に陥ることがあり、最近ではより安全な手術をするために腹腔鏡を併用した子宮鏡下レーザー切除も行われるようになりました。卵管鏡による卵管形成術は外来でも行うことができ、健康保険の適用もあることから、卵管性不妊では、体外受精を選択する前の治療法として重要です。新しい卵管疎通性の検査として、超音波造影剤を使用して超音波下に卵管の通過性をみる検査や、子宮鏡で卵管通水を試みる検査が開発されました。もちろん、子宮卵管造影の検査法としての地位は揺らぎませんが、超音波下造影法は放射線被曝のない検査として有用な検査となりました。

 子宮内膜症は、女性不妊の原因として最も大きなものの一つで、その治療には悩まされることが少なくありません。薬物療法や、腹腔鏡を利用した手術療法も盛んに行われていますが、内膜症性嚢胞では経腟超音波下に嚢胞を穿刺吸引し、エタノール固定する方法も行われています。

不妊症の中には、以前は機能性不妊と呼んでいた原因不明不妊が10〜20%含まれています。この中には妊孕性がほぼ正常である患者と障害があるにもかかわらずそれが検出できない患者が混在しております。後者は今後の生殖医療の進歩によって、その頻度も少なくなると予想されます。

 男性不妊症の原因の90%は造精機能障害であり、しかもその60%が特発性であると言われており、精子減少や無精子症そのものに対する有効な治療法は、未だありません。精子輸送路通過障害や精索静脈瘤では、内視鏡を利用した手術などが行われるようになって、好成績をあげております。精子減少症では、人工授精が行われておりますが、ICSIを利用した体外受精が効果を上げ、高度の乏精子症や無精子症であっても睾丸内に精子細胞がある場合には、その細胞を卵に直接刺入する顕微授精法によって、挙児可能となる場合があり福音をもたらしました。しかしながら、高度乏精子症や無精子症では、染色体の異常やY染色体上に存在する精子形成関連遺伝子(AZF)の異常が存在することがあり、ICSIによる妊娠ではこれらの異常が次世代の男児に引き継がれる可能性が、十分にあることを説明する必要が出てきております。

 今まであまり注目を浴びていなかった問題として、性機能障害の問題があります。ストレスの多い現代社会を反映して、既婚男性の30%、1,130万人が勃起障害を自覚し、性機能障害で来院する患者の90%を占めているとの報告もあります。男性側の治療は、シルデナフィルの登場によって内服治療が可能となりましたが、内服薬無効や禁忌例では、そのほかに勃起補助器具が改良され、他にプロスタグランディンの注射などの方法もあります。女性の性機能障害の中にはテストステロンの低下によって起こるandrogen deficiency syndromeという状態も含まれているといわれており、アメリカではDHEAの投与が行われているとのことです。男性、女性いずれの場合にしましても、降圧剤、H2ブロッカー、抗うつ剤などの影響による性機能障害があり、結婚年齢の高齢化やストレスの多い現代社会では心身症的な合併症を持っていることが多く、これらの薬剤を使用している場合には注意する必要があります。また、心理的な面が強い場合や、社会的に問題を抱えているケースには、心理学的なアプローチを利用したカウンセリングが必要となります。

 次に、不育症についてお話しします。流産、死産を2回でも連続して繰り返した場合を反復流産、自然流産を3回以上連続して繰り返した場合を習慣流産と呼び、これらを合わせて不育症と呼んでおります。このような場合、次の妊娠に対して必要以上に心配をすることや、罪悪感を抱くようなケースがあり、初診時に流産の基本的な原因や現在解明されている医学的内容を、わかりやすく説明することが必要です。子宮の器質的異常に対する手術療法は確立されておりますが、これにも内視鏡手術が多く取り入れられる様になっています。甲状腺機能異常や内分泌代謝異常にはそれぞれに対する治療法が選択され、自己抗体陽性の不育症患者では、低用量アスピリン療法、柴苓湯の投与が行われています。抗カルジオリピン抗体陽性患者では、妊娠後もIUGRや血栓症などの合併症も多いため、さらにプレドニゾロン投与が行われています。免疫療法は、原因不明習慣流産患者のうち8-10%に対してのみ有効な可能性があるとされています。

 生殖補助医療の領域では、卵巣刺激法の工夫やスイムアップによる精子調整法、黄体維持療法の改良が試みられております。胚盤胞の移植によって着床率も向上し、ICSIではむしろ、通常の体外受精よりも生児を得る率は上回るようになりました。さらに、採卵にともなう負担や苦痛を減らすために、胚の凍結が行われるようになってきましたが、まだ十分に行われていないのが現状です。

 hMG製剤の健康保険への適用や生殖補助医療の一般化によって、一時期我が国では三胎以上の超多胎や卵巣過剰刺激症候群が急増してしまいました。多胎では、胎児数が多くなればなるほど早産率は高くなり、低出生体重児が増加します。また、脳性麻痺や知能発達遅延などの後障害も四胎で5.1%、五胎で15.4%と高率になります。そこで、1996年日本産科婦人科学会は、多胎の減少策として、排卵誘発ではゴナドトロピン製剤の使用量を少なくし、体外受精・胚移植では、移植胚数を3個以内に限定する事を提言いたしました。患者さんからできるかぎり多くの胚を移植して欲しいと要望されることもありますが、四胎以上では母体、胎児の両者に様々な問題を引き起こすことを理解して、拒否すべきであり、今後は体外受精を行う全ての施設で胚の凍結ができる体制を整えて、胎盤胞移植をすることなどで品胎を減少させることが社会的な義務であります。排卵誘発による卵巣過剰刺激症候群を完全に抑えることは困難ですが、多数の卵胞が存在する場合には、hCGの投与を控えることも必要で、さらにhMG製剤については使用法の工夫がいろいろ試みられています。また、体外受精の採卵時には、できるかぎり多くの卵胞を穿刺しておくことが必要です。

 妊娠を望んでいながら妊娠がかなえられず、大きな精神的負担となり、不安と焦燥感にかき立てられ、生活が脅かされるようになった場合を不妊危機とよびます。生殖補助医療では、経済的負担の増加、期待以下の成功率、身体的リスク、性行為を伴わない妊娠などが影響を及ぼし、不妊危機に陥りやすくなります。これを乗り越える一助として、カウンセリングが必要ですが、我が国では欧米のような専門のカウンセラーを置くことは難しく、医師がその任を担っています。一部の施設でボランティア的に、講習を開きカウンセラー業務を行う人たちを養成しているのが現状です。生殖医療に従事する施設では、今後はこれらカウンセラーを育て、活動する場を提供する必要があります。

 今後の生殖補助医療の問題点として、提供配偶子の利用に関する議論が残されております。これに関しては、出産後の夫婦および子供の社会的・法的地位の安定と当事者の幸福を守るための措置が大前提となります。今後の進展を見守りたいと思います。

 今回、新しい企画としまして研修ノートの内容や検査手順、図表、写真などを、先生方がデスクの上のコンピューターから、簡単に常に参照していただけますように、CD-ROMを作製しました。何しろまったく初めての試みですので、ご意見やご要望がいただければと思っております。