平成14年2月11日放送
婦人科医療におけるインフォームド・コンセント(3)子宮内膜症
日本産婦人科医会医事紛争対策委員会委員 落合 和彦子宮内膜症は、近年増加傾向あることが指摘されています。これは、各種診断技術の進歩ばかりでなく、初経発来が低年齢化し、結婚年齢が高くなるなど妊娠回数が減少し、生涯の月経回数が増加していることもその要因であると考えられています。また、本症は、診断の難しさに加えて、再発や治療に長期間を要することなどその取扱いや、説明にあたって、患者本人だけでなく、家族も含めて十分にインフォームドコンセントしておく必要があります。
子宮内膜症は、「子宮内膜およびその類似組織が子宮内膜および子宮体部筋層以外の骨盤内臓器で増殖する疾患」と定義されています。以前は、体部筋層に発生する子宮腺筋症も内性子宮内膜症として一元的に解釈されていましたが、発生年齢、臨床症状などにも違いがみられ、病因論も異なることから、現在では子宮内膜症と子宮腺筋症は別の疾患概念として捉える傾向になってきました。
子宮内膜症の診断には、問診および内診が重要であります。自覚症状としては、
1.月経中または月経開始直前から出現し、次第に増強する骨盤痛
2.性交痛
3.排便痛
4.過多月経、不正出血
5.不妊
などとされています。月経困難症の発現率は、30-70%で最も多くみられる症状でありますが、中には不妊以外の訴えがないといったケースも見られることもあり、注意が必要であります。内診にあたっては、子宮の腫大、可動性、移動痛、卵巣の腫大を評価するとともに、ダグラス窩および仙骨子宮靱帯の硬結や、圧痛の程度を把握することが重要であります。診断のための検査としては、超音波断層法、CT、MRI 、血清CA125の測定などがあります。特に、超音波検査は非侵襲的で反復できることから汎用されております。これにより、卵巣チョコレート嚢胞の有無、子宮腫大の程度、ダグラス窩貯留液の有無などが確認できます。CTやMRI は、卵巣の腫瘤性病変が超音波で増大傾向を示す場合や、充実性部分が存在する場合には、卵巣がんとの鑑別のために是非とも行っていただきたい検査であります。血清CA125は、子宮内膜症の補助診断として頻繁に用いられており、本症の約50%が正常域を超えて上昇すると言われています。しかし以上のような検査は、あくまでも子宮内膜症の補助診断であって確定診断は、腹腔鏡下または開腹による直接検索であります。不妊症に対して腹腔鏡を施行した報告によると、術前に子宮内膜症と診断できなかった症例のうち原発性不妊では43%に子宮内膜症が確認されたとされています。したがって、臨床的に子宮内膜症が疑われた場合には原則的には腹腔鏡などの直接検索による確定診断が望ましいと考えられますが、現実的には確定診断なしに臨床的子宮内膜症として治療が開始されるケースが多いのではないかと思われます。この場合、治療経過中に精密検査が必要となることもあるという点については、ことのほか十分なインフォームドコンセントが必要でありましょう。特に、治療開始後のCA125の値の変化や、超音波所見の変化は、悪性疾患を見逃さないためにも重要であります。
子宮内膜症の治療は、大きく保存療法と手術療法に大別されます。保存療法としての薬物治療としては、対症的に使われる鎮痛剤とホルモン療法があります。患者の年齢や症状、挙児の希望など患者背景に応じた薬剤の選択をすることが大切であります。薬物療法、特にホルモン療法の種類としては、エストロゲン・プロゲステロン混合剤、いわゆるピル、ダナゾール、GnRHアゴニストなどがあります。それぞれ作用機序は異なりますので、薬剤の特性と副作用について十分に時間をかけて話しておく必要があります。一般に薬物療法では、投与期間中は臨床症状が改善しますが、投与中止により再発の可能性があり、根治的な治療になり得ないことが多いことや、不妊症患者に対する治療では過大な期待を抱かせないことも大切であります。また最近汎用されているGnRHアゴニストでは強い卵巣機能の抑制のためホットフラッシュや肩こり、発汗などの症状が出現することや、長期間の使用により骨量の減少が見られることも、治療開始前に説明しておく必要があります。
子宮内膜症に対する手術療法では、薬物療法にくらべ、侵襲が大きいことは言うまでもありませんが、それだけに高い治療効果が期待され、厳格な適応の判断と十分なインフォームドコンセントが必要であります。主な適応例としては、薬物療法に反応しない卵巣の腫瘤性病変や重度の不妊症、ビーチャム分類で3期、4期に相当する広範かつ強固な癒着例、子宮筋腫や腺筋症の合併例、膀胱、尿管、腸管などの生命臓器に発生した例などが挙げられます。手術術式の詳細は成書をご覧戴きたいと思いますが、徹底した癒着剥離と病巣の除去が再発防止の観点からも重要であります。特に、妊孕性温存の手術においては、術後の子宮内膜症再燃について十分な説明が必要となります。手術の目的に応じた手術方法を選択することが、なにより重要であり、安易な術式の選択は、術後のクレームの原因となることもあり、注意が必要であります。たとえば、卵巣チョコレート嚢胞に対しては、嚢胞摘出術、嚢胞内壁の蒸散、嚢胞内容吸引アルコール固定などが行われていますが、フォローアップラパロスコピーによる検討では、術式を問わず20%前後に内膜症の残存があり、術後の妊孕性にも変わりがないことから、挙児希望で症状のないものについては、まずは待機的に取り扱うべきでありましょう。一方、根治性を求めるのであれば、附属器摘出術も考慮すべき術式であります。 最近、内視鏡手術の普及により、子宮内膜症に対しても、積極的に内視鏡手術が行われております。基本的にはすべての子宮内膜症が内視鏡手術の適応となりますが、当然ながら悪性腫瘍の合併が疑われる症例では禁忌とされており、また、術中合併症により開腹手術へと移行する可能性についても十分なインフォームドコンセントが必要であることは言うまでもありません。挙児希望のない生殖年齢後期の婦人における重度の月経困難症や骨盤痛など症状と病巣が強く関連している症例では、根治手術として子宮全摘と両側卵巣摘出が最も有効な治療法であります。しかし、根治手術の適応となる進行例では、ダグラス窩癒着とその深部にある仙骨子宮靱帯周囲の瘢痕性病変のために、術中の出血や臓器損傷など合併症を併発しやすいことも考慮しておく必要があります。
以上、子宮内膜症の診断、治療にあたってインフォームドコンセントとしての重要なポイントについて概説してまいりましたが、最後に、医事紛争として問題となった症例について分析してみたいと思います。症例は、初診時、下腹部痛と不正出血を主訴に来院されました。子宮の軽度の腫大と左附属器に腫瘤状の抵抗を触知し、超音波でも子宮と一塊となる腫瘤陰影だったためか子宮筋腫と診断されております。この時のCA125は128.4と高値を示しておりました。1ヶ月後、CA125は279とさらに上昇し、子宮内膜症の診断のもとにGnRHアゴニストの投与が開始されました。この時点で鑑別疾患についての説明はなかったようですが、他院にてMRI が撮影され、ダグラス窩腫瘍と診断されたにもかかわらず、漫然とGnRHアゴニストの投与が継続されました。2ヶ月後、下腹部痛が増強し、CA125は582と上昇したため他院で精査したところ卵巣癌末期と診断されました。このケースでは、初診時から一貫して子宮内膜症と決めつけていたことが、卵巣癌の発見を遅らせてしまったと考えられます。初診時、および1ヶ月後に、附属器の腫瘤を触知した時、卵巣癌の疑いを持って対処すべきであり、さらにMRI の所見についても患者本人にきちんと伝えておくべきであったと思われます。このように、子宮内膜症の診断、治療にあたっては、なにより鑑別すべき疾患、特に悪性疾患を常に念頭において、インフォームドコンセントする事が肝要であります。また、保存的治療では漫然と投薬だけで済ませることなく、内診を含めた全身の検索は少なくとも3ヶ月毎には行うべきでありましょう。さらに、所見の変化や検査値の推移をきちんとカルテに記載することは当然でありますが、患者本人にもきちんと伝えておくべきでありましょう。子宮内膜症に限ったことではありませんが、インフォームドコンセントとしての重要な意義は、情報の共有化であることを最後に強調しておきたいと思います。