平成14年2月18日放送婦人科医療におけるインフォームド・コンセント(4)子宮がん検診時
日本産婦人科医会医事紛争対策委員会副委員長 石渡 勇
子宮がん検診は主に細胞診によって行われています。細胞診は子宮癌患者のスクリーニングとして、その精度といい、経済効率の点からも優れた手段であり、その有効性は広く認められています。しかし、細胞診標本が不適切なものであれば、細胞診のみによる検診での偽陰性すなわち癌の見落としは約6%発生すると言われています。子宮がんは早期発見治療によって殆ど治癒する疾患(予後良好)であることが広く知られている現状下で、がんの見落としは訴訟にもなりかねません。細胞診における偽陰性はsampling error細胞採取ミスとdiagnostic error(誤判定)の両者があります。細胞診における偽陰性を少しでも減らすために適切は標本を提出するように努力する必要があります。
近年、リスクを伴う医療行為についてはもとより検査においてもインフォームド・コンセント(I・C)の重要性が指摘されています。
子宮がん検診のI・Cで重要なことは、検診の有効性のみでなく、限界と検診をうけることによる危険性すなわち偶発症についても情報を提供し、受診者の自己決定権の行使を支援することであります。ここでは、検診の手順に従ってI.Cを考察してみました。
1. 癌検診の有効性
検診の目的は癌の早期発見治療によって、QOLを向上させることにあります。異形成・上皮内癌で発見されれば子宮温存も可能であります。癌検診の有効性については、子宮癌検診の普及に伴って子宮癌による死亡は年々確実に減少してきたこと、労働厚生省の調査でも確認されていることを説明します。また、癌の検出ばかりでなく、炎症、感染、ホルモン環境なども診断できる場合もあります。また、内診によって子宮筋腫、子宮内膜症、卵巣腫瘍などが判ることもあります。
2. 検診に伴う不利益
子宮頚がん検診の場合は出血と疼痛、ほとんどは膣内タンポナーゼで止血しますが、組織診では縫合が必要な場合も稀にはあります。
子宮体がん検診の場合は出血、疼痛、感染等があります。極まれには細胞採取器具による子宮穿孔もあります。また、適切な検体が採取されず、判定できない場合もあります。時には、頚管が狭窄し、検体採取にあたり静脈麻酔が必要な場合もあります。
3. 細胞診によるスクリーニングの方法
頚がん検診では、視診し、頚がんの好発部位である扁平円柱上皮境界より細胞を採取し、染色して顕微鏡で性状をチェックし、がんの疑わしいものをスクリーニングします。日本臨床細胞学会認定の細胞検査士がスクリーニングし、細胞診ClassIIIa以上すなわち癌もしくはがんへ移行する危険があるものは細胞診指導医が判定します。細胞診ClassIIIa以上の場合は、酢酸加工によるコルポ診と狙い組織診が必要となります。高齢の婦人で扁平円柱上皮境界が頸管内に在る場合はサイトブラシなどで確実に細胞を採取します。
体がん検診では、内診し、子宮頚管より子宮内へ細胞採取器具を挿入して内膜を採取します。予め疼痛と出血があることを説明しておきます。疑陽性、陽性の場合は、子宮腔内の精密検診(内膜掻爬診、時に子宮鏡)、経膣超音波診断が必要となります。
4. 細胞診の精度
細胞診の偽陰性の要因として、sampling errorとdiagnostic errorがある。特に、細胞採取不能あるいは不良が予測される場合はこのことを説明しておく必要があります。細胞診による子宮頸癌検診の偽陰性は6%、子宮体癌検診のそれは9%程です。より良い標本を作成し、コルポ診、超音波診断、離床所見など総合的に診断すれば偽陰性は非常に少なくなります。
5. 細胞診判定結果とその取り扱い
原則としては本人に説明します。
1. 検査結果が陰性の場合
細胞診の結果としてクラス分類のみを説明するのではなく、コメント(例えば、炎症、感染、ホルモン環境など)についても説明します。適切(細胞採取量が多い、扁平上皮、円柱上皮が採取、染色性が良好なもの)な標本であれば、異常なし、次回検診は1年後と説明します。子宮腔内細胞診では、出血など症状が持続する場合は今回の細胞診では異常がみられなかったことを説明するとともに、出血の原因(多くは機能性出血)を治療し、症状の改善がみられなければ再度子宮腔内の細胞診あるいは精密検査を実施することを勧めます。また症状消失後に再び症状が出現してきた時も再検を奨めます。萎縮性膣炎あるいは炎症に伴う細胞異型あるいは判定が困難な場合は消炎後再検します。また、前医で検査した直後(2週間まで)に細胞診を実施した場合過小評価されるので、たとえ異常なしと判定されても、充分間隔(3週間以上)をおいて再検する必要性を説明します。
2. 検査結果が疑陽性あるいは陽性の場合
精密検診の必要なことを説明します。
Class 。aの場合はコルポ診を施行し、異常があれば狙い組織診を、異常がない場合は1ヶ月後に細胞診・コルポ診による再検を行います。Class。b以上の場合は癌も多く特に注意が必要です。直ちにコルポスコープ下の狙い組織診(精密検査)をします。SCJが確認できない場合は円錐切除による確定診断が必要な場合もあります。組織診に異常がない時は狙い組織診がはずれた場合も考慮して、1ヶ月後に再検する必要があります。
卵巣癌、卵管癌、その他の腹腔内悪性腫瘍では、子宮頚部・体部に転移あるいは浸潤がないと組織診でがんを見落とします。この場合は臨床診断を直ちに異常なしとせず、再検を含め、附属器の癌や消化器癌の可能性についても考慮し、必要に応じて専門医に依頼することが必要でしょう。
癌の告知にあたっては慎重を要します。組織型、進行度、今後の検査(CT,MRI、腫瘍マーカー、術前検査)、治療法、予後について説明します。自院で治療しない場合は、治療機関でI・Cを受けることをすすめます。
治療機関へ紹介する場合は検査の結果ばかりでなく、患者あるいは家族に説明した内容、患者の受けとめ具合、性格、家族構成、今後コンタクトが最も必要な人などについて説明すると良いと思います。
6. 精密検査方法と限界
癌か否かの診断、癌の進行度の診断、組織型の診断のために精密検査をする必要性と方法を説明します。
子宮頚部の場合はコルポスコープ下の組織診を実施します。また、コルポ診の意義と限界を考慮し、コルポ診不適例の場合はその理由を説明し、頚管内膜掻爬診や子宮鏡の説明をします。また、再度検査する必要があることも説明しておきます。また、充分な検査ができないと判断された場合はその理由を説明して専門病院へ紹介します。
子宮腔内の場合は内診し、経膣超音波診断、内膜掻爬(4方向あるいは全面掻爬)を実施します。時に子宮鏡検査が必要なことを説明します。特に頚管が狭小で器具が挿入できない場合は麻酔下に頚管を拡張し、内膜を採取することもあります。疼痛もあり時に麻酔が必要な場合もありますので十分な説明を要します。精密検診ができない場合は高次医療機関(治療機関)へ紹介します。
9. セカンドオピニオンの留意点
前医における検査の結果および前医での説明がわからないままにセカンドオピニオンをもとめられる場合もあります。特に、癌検診においては治療についての相談ではなく、“ほんとうに癌なのか”の再確認のために来院される患者が多いようです。ここでの留意点は、前回の検査から充分な間隔(2週間以上)をおかずに細胞診を実施した場合に過小評価される可能性があります。細胞採取にあたっては綿棒ではなくスパーテルあるいはサイトブラシを使用すると良いと思います。コルポ診については前医でスパーテルによる細胞採取が実施されていれば所見が不明瞭になる場合もあります。組織診については小さな病巣が完全に採取されていれば、細胞診もコルポ診も組織診も異常なしとの判定となり、患者は前医に対する不信感を抱くばかりでなく、その後の充分なフォローアップもなされないまま病変が進行する可能性もあります。子宮ガン検診の再検にあたってはこのような事項に留意しICを実施することが肝要であります。
子宮がん検診におけるI・Cの実際について各場面を想定して述べました。一次医療機関では細胞診についてのI・Cを、二次医療機関では精密検診(コルポ診、狙い組織診)のI・Cを、治療機関においては治療をするための最終診断および治療法、予後、フォローアップ、その後のカウンセリングまで幅広いI・Cが必要となります。患者を紹介する場合は充分な情報を記載する必要があります。患者はもとより家族との信頼関係を良好に保つことが治療を進めるにあたり肝要であります。子宮がん検診で最も重要なことは、細胞診の評価することができる良好な標本の作製と診断能力のある細胞検査士と細胞診指導医が判定することが大切であります。また、頻度は少ないものの一定の割合で偽陰性false negativeが発生する可能性を受診者に知らせる必要があることも忘れないでいただきたいと。