平成14年6月24日放送
 第103回日産婦学会関東連合地方部会会長報告
 日産婦学会関東連合地方部会会長 武谷 雄二
 

 第103回日本産科婦人科学会関東連合地方部会は平成14年6月9日、日本都市センターにて開催された。連合地方部会としてはその会員数、組織などにおいて最大規模の本会の運営に関しては様々な議論がなされ、ここ数年、各会長も各々の理念に基づいて独創性に富んだ企画をしてこられた。いわば学会の本来あるべき姿を具現化すべく模索している時期と位置付けられるであろう。この背景には産婦人科領域が多様化し、全ての会員のニーズに見合うようなプログラムが編成しづらくなってきたこと、IT化が進み、インフォメーションのリソースとしての学会の意義が変わりつつあること、他方、生涯研修を担う、あるいは学会の社会に対するアカウンタビリティーを明確にするという新しい時代における要請に答えているかといった疑問などがある。このように学会のあり方に関する根源的なテーゼが提出されている現在、本会の運営に関しひとつの方向性をお示しできるようにと鋭意努力した次第である。

 特別講演では21世紀の医療の中心にすえなくてはならない「心のケア」や「安全管理」そして、産婦人科のリエゾン領域ともいうべき生活習慣病や新生児外科の話題を扱った。またシンポジウムでは「産婦人科におけるEBMを考える」というテーマを取り上げ、産婦人科におけるエビデンスの集積を紹介し、それを解説し、その実際的な解釈や医療の現場にいかに導入、利用したらよいのかといったことに的を絞って議論が展開された。

 一般演題は165題の応募があり、全てポスターセッションとした。しかしポスターセッションの時間帯はそれに集中できるように、それ以外のプログラムは予定しなかった。個々のプログラムについてながめてみる。

 まず特別講演として東大のストレス防御・心身医学の佐々木直講師より「女性と心のケア」と題して心身症には性差があり、特に摂食障害、気分障害、不安障害などは女性に好発し、さらに女性特有の生理と関連してうつ状態が月経前、産褥期、閉経期などに生じやすいというお話をうかがった。また女性においては神経性食欲不振症や過食症などの摂食障害やパニック障害、心的外傷後ストレス(PTSD)などが男性の約2倍の頻度でみられること、さらにキャリアウーマンによくみられる“superwoman syndrome”“burnout syndrome”、そして更年期障害の一因を成す“empty nest syndrome”などにも触れ、現代女性の置かれている社会、家庭環境がいかに女性の心身症の誘因となるかが強調された。産婦人科医にとって重要なことはさまざまな身体的不調を訴えて受診された女性の背景に女性特有の心身症が潜伏していること、どういう状況の場合、どこにいつ照会するかということをわきまえていることである。

 同愛記念病院の川端正清部長からは「産婦人科と安全管理」のテーマで、事故予防は患者本位の医療の原点であること、事故対策マニュアルの作成、インシデント報告体制の確立、職員に対する研修、インフォームドコンセントの徹底、医療機器の整備・点検などの必要性などが力説された。また産科領域に限定すると妊産婦死亡の約30%は分娩後1時間以内におこり、出血が原因となったものは約30%と依然として出血の管理が重要な課題となっていることが紹介され、周産期医療搬送システムの整備が急務であることが強調された。

 筑波大学代謝内分泌学の山田信博教授からは「女性と生活習慣病」に関する講演を戴いた。特に欧米化が進んでいる我国において最近糖尿病、高脂血症、肥満が急速に増加していること、これらはいずれも動脈硬化のリスク因子であり虚血性心疾患につながるものであることなどが解説された。「生活習慣病」とは「食習慣、運動習慣、休養、喫煙、飲酒などの生活習慣が、その発症、進行に関与する症候群」として定義されており現代の日本人の死因として悪性腫瘍に匹敵するものであることが示された。本人が自覚せずに病態が進行し、しかも高齢化社会を迎え、加齢の変化と重複して進行、発症することなどで現代人の抱える新たな脅威となっている。特に女性では閉経以後、脂肪の蓄積と筋肉の減少が特徴であり、心疾患が急増する。早期発見、早期の自己管理による予防、改善が可能であり、女性のprimary careを担当する婦人科医は女性の全身管理に高い関心を払う必要性が認識された。

 四番目の特別講演は東大小児外科橋都浩平教授が担当された。「新生児外科の現状と将来」という内容で、特に最近の手術例の成績は向上しており10%以下の死亡率となっていることが発表された。このことは外科サイドの進歩もさることながら産科側での出生前診断の技術改良や普及も寄与しているとのことである。今後、出生前診断がさらに徹底されると手術数もさらに増加することが予想される。最近では高度の横隔膜ヘルニアに対しても積極的に治療する傾向があり、特に胎児手術も試みられている。これ以外にも二分脊椎、肺の先天性嚢胞性疾患であるCCAMや仙尾部奇形腫なども胎児手術の適応とされているが、その手技、長期予后など不明な点も多い。

 シンポジウムでは産婦人科においてEBMをいかに考え、いかに実践の場に取り入れたらよいかということを討論した。まずEBM自体、大規模な母集団を対象としているが、それをさらにグループ化すると異なった結論が導出されることがあること、エンドポイントを明確化したが実際の医療の場では単純ではなく介入研究の結論を自動的に応用できない、確立した方針に対してはもはや倫理的にも介入研究(エビデンスとして重視すべきものとされている)はできず、いわゆる“エビデンス”が不充分であることなどEBMに関するいくつかの疑問や問題点が指摘された。各部門よりEBMの状況について解説がなされたが、周産期部門は歴史的にも産科学として確立されたものが多く、しかも妊娠分娩経過に介入することが困難でEBMが乏しいことや、妊産婦の管理の様式に地域差や国による相違があり、本来エビデンスとして唯一無ニであるべきものが相互利用し難い点などが確認された。婦人科腫瘍部門では特に抗癌剤を含む治療法の選択に関しては少しづつエビデンスが集積している。国際的にも治療法の標準化は進んでいるが厳密な意味でのエビデンスはいまだ充分とはいえない。またquality of lifeとlength of lifeのいずれかをendpointにするかといった問題もある。生殖内分泌部門ではendpointを排卵の有無といった明解な事項に限定しうる排卵障害例では最もEBMが実践しやすい。しかし妊娠の成立をendpointとする不妊治療では様々な因子が関与しており、ある特定の事項に注目したrandomized control studyを行っても明瞭な結論が出にくいことは想像に難くなく、エビデンスは未整備といわざるを得ない。

 女性のprimary careに関しては主としてHRTの効果、骨粗鬆症の予防などに関するエビデンスが紹介された。社会的にも或いは企業側からも高い関心がもたれている領域でエビデンスが急速に蓄積しつつある。いわゆるHRT、ビスフォスフォネイト剤、選択的エストロゲン受容体調節剤などに関するエビデンスが呈示された。しかし多くは予防的介入であり、userのニーズ、cost-effect balance、医療保険制度など純粋に科学としてのEBM以外の要素に左右されることも大きいであろう。

 以上EBMの精神は理解尊重したとしても、実践にあたり担当医の個々の患者に見合った弾力的な対応が必要であることが実感された。しかしそれを含めてEBMということになるとEBMは従来より「論理的根拠のある医の実践」をうたってきた、医師の規範を言い換えたものに過ぎないともいえる。とにかくEBMの実態が具体的になり有意義なものであった。

 最後に本会は参加者約1,050名と大変盛会であったが、本会会員の御協力に深甚なる謝辞を申し述べたい。