- 平成14年11月4日放送
日本産婦人科医会「妊娠風疹抗体価検査実態調査」報告
日本産婦人科医会幹事 鈴木 俊治
風疹は、通常小児期に風疹ウィルスが感染して、終生免疫となる軽症発疹性疾患であります。しかし、妊娠初期、妊娠5ヶ月までの妊婦が罹患すると、胎児に白内障、先天性心疾患、難聴などを主症状とする先天性風疹症候群のリスクが生じることが知られています。
風疹ウィルスが上気道に感染しますと、まず局所リンパ節において増殖してからウィルス血症に移行するため、約2〜3週間の潜伏期間を要します。その数日後から発疹および発熱などが出現し、以後、ウィルスは急速に消失していくことが観察されています。ウィルスの消失は、ウィルス血清抗体の出現によるものですが、つまり発疹出現後3〜4日で、風疹に特有なIgGおよびIgM抗体が産生されることになり、この風疹抗体を測定することによって風疹感染の既往の有無を診断いたします。赤血球凝集抑制反応法による風疹HI抗体価は風疹IgM抗体と同時に上昇し、256倍から2048倍まで上昇しますが、1年後には32〜128倍まで下降しますが、その後漸減しても8倍未満になることはなく、この風疹HI抗体測定がが、一般的に風疹抗体価検査の手段として使用されています。これに対してIgM抗体は、約1週間でピークを迎え、2〜3ヶ月後には陰性化することが殆どであり、感染時期の推定に用いられますが、なかには1年以上も持続する例も存在し、判断を複雑にしております。また、成人では10〜15%が不顕性感染であると報告されています。
アメリカでは、1969年以降、すべての幼児に対して風疹ワクチン接種を実施することによって、風疹の流行ならびに先天性風疹症候群の発生を減少させております。これに対して、日本では、アメリカ型に対して英国型と表現されますが、先天性風疹症候群発生を予防するために、1977年以降、女子中学生に風疹ワクチン定期接種を実施し、その結果として、約70%のワクチン接種率、そして成人女性にほぼ95%の風疹抗体保有率を維持してきました。しかし、約5年ごとに小児に風疹の流行がおこったことから、1994年の予防接種法改定にて、対象年齢を12から90ヶ月とした個別接種となり、以降の風疹感染の流行を抑えるようにしてきました。この間、経過措置として12歳以上16歳未満の男女に対する個別接種も継続されて来ましたが、しかし、‘接種もれ’や非風疹疾患を風疹と誤認して接種を受けなかった成人女性が増加し、将来的に先天性風疹症候群の発生が増加することが新たに危惧されるようになって来ました。
これに対して、日本産婦人科医会では、平成13年度「女性保健部・先天異常」事業として、全国における妊婦感染症検査の実態について、妊婦健診における風疹抗体価検査の実態調査を中心に行なってまいりました。これは、平成13年1月から外来受診した妊婦100名を対象として「全国外表奇形等調査」の対象医療機関326施設に調査をお願いし、133施設(41%)から回答を頂いております。本日は、その結果を報告させていただくとともに、妊娠中における風疹検査の現状、およびその問題点にふれたいと思います。
まず、妊婦健診時のルーチン検査として風疹抗体価の検査を実施している施設は97施設(73%)でありました。ですから、全体の4分の1の施設が風疹抗体価検査をルーチン化していないこととなります。また、参考ですが、妊婦健診時の感染症スクリーニングの実態として、梅毒・B型肝炎についてはほぼ100%の施設が、C型肝炎については94%、エイズウィルスや成人白血病ウィルスに関しては約80%の施設において抗体測定をルーチン化しているとのことでした。また、これらの感染症検査施行時の同意については、約70%の施設で今だに口頭による同意を得ているとのことでした。
次に、風疹抗体価検査をルーチン化している97施設に対して、どのように風疹抗体価を検査しているかという質問をおこないましたところ、すべての妊婦に対して実施している施設が55施設、54%であるのに対して、感染既往のある場合は実施しない施設が10施設、前回検査で抗体保有を確認している妊婦には実施しない施設が37施設、これは複数回答をうけつけており、重複施設が7施設ありますが、以上のような結果をいただきました。これによると、約1割の施設が、問診による風疹感染の既往によって検査を省略しておりますが、1977年に大阪から報告された中学生を対象とした実態調査によりますと、風疹と臨床診断されたうち、非流行年では約50%が、また、流行年であっても約3〜11%が実際の風疹抗体は陰性であったとされており、臨床診断のみでの評価はリスクをともなうことを示しております。よって、臨床診断のみの既往者には風疹ワクチン接種が奨励されているのが現状で、ましてや、風疹抗体価検査対象に関して、臨床診断における除外は避けるべきであることが推定されます。
次に、今回の調査結果のメインですが、風疹HI抗体価8倍未満を陰性とした場合、風疹抗体価陰性妊婦は8204人のうち461人、つまり、全体の5.6%でした。この数字は、女子中学生に風疹ワクチン定期接種を実施し、以降、成人女性ほぼ95%の風疹抗体保有率を維持されてきたと報告されてきましたが、それにほぼ一致した結果となりました。しかし、年齢分布ごとの風疹抗体保有率でみますと、22歳から37歳までの妊婦には、ほぼ4〜6%の抗体陰性者しかいないのに対して、20〜21歳の妊婦では、262人中22人、8%、18〜19歳の妊婦では151人中20人、13%、17歳以下の妊婦にいたっては37人中10人、27%と、若年齢化するにつれて風疹抗体価8倍未満妊婦の占める比率が、有意に高くなってきているという結果が示されました。1994年の予防接種法改定以降に中学校2,3年生になったとしますと、現時点で大体21歳未満になりますが、この年齢層では、おおよそ15%の風疹抗体未保有妊婦が存在することになり、よって、1994年の予防接種法改定以降、経過措置がとられてはいますが、風疹抗体未保有妊婦が約1割増加したことになります。
ちなみに、今回の年齢分布別の結果において、38歳以上の妊婦でも、458人中風疹抗体未保有者が43人、9%と、これも有意に高い結果をえました。これは、中学生女子を対象として風疹生ワクチンの定期接種が開始されたのは1977年ですが、ちょうどその頃が中学生としますと大体40歳以上の妊婦はそれ以前となり、38歳以上が他の年齢層に比較して高い未保有率の原因とも推定されました。
今回は、風疹抗体8倍未満を陰性とし、以下も同様な表現を使用いたしますが、実際の風疹ワクチン接種対象者には風疹HI抗体価8倍の方も入りますことにご注意いただきたいと思います。これは、血清の前処理においてインピーダンスを除去しきれないことによって抗体陰性のものが8倍に誤判定されることがあること、また、2倍程度の検査誤差がありうることによるとされております。
次に、風疹抗体価が8倍未満の妊婦に対してどのような対応をとっているかということですが、‘分娩後予防接種を勧める’とした施設は54施設、56%だったのに対して、33施設、34%から‘特になにもしない’と回答がありました。その他の対応として、妊娠中の罹患予防を指導したり、また、施設によっては妊娠5ヶ月頃に風疹抗体価の再検をおこなうとしたところもありました。もちろん、風疹の再感染による先天性風疹症候群の報告もある以上、妊婦は風疹抗体保有の有無にかかわらず風疹患者との接触は避けるべきであり、また、次回の妊娠に対する安全性が確約されたわけではありません。特に風疹抗体未保有妊婦に対しては、まず、妊婦の風疹罹患の機会は家族および職場からが多いという報告もあることから、妊婦をとりまく環境もふくめた風疹罹患予防対策指導が必要になってきます。また、次回の妊娠における先天性風疹症候群の発生を予防するために、わが国ではまだ欧米と異なり勧告としてでておりませんが、分娩後の風疹ワクチンの接種、およびその後3ヶ月間の避妊の指導は必須であると思われます。
また、風疹HI抗体が何倍以上で再検査を行なうかという質問もありましたが、これに対しては、512倍以上とした施設が約半数をしめ、256倍とした施設が約3分の1をしめました。これについては、HI抗体価の高い例がまれではなく、また、IgM抗体弱陽性に対する解釈などもあわせて、報告によっても様々であるのが現状であります。今回、対象施設内における先天性風疹症候群の症例は過去3年間にさかのぼっても皆無であり、これらに対するエビデンスが得られるところまでは至りませんでした。対象機関からの回答においても抗体価の解釈に対しては混乱がみられ、今後、EBMが必要となってくるところと思われました。
以上から、平成6年度の予防接種法改正以来、風疹抗体保持女性が減少していることが予測され、結果として先天性風疹症候群の増加が危惧されてきました。経過措置もありますが、新法下ではBCGおよびポリオ以外は個別接種を目指した結果、中学生の風疹ワクチン接種率が低下していることが報告されております。平成6年度以降に中学生であった女性は、平成13年度では21歳未満と計算され、今回の調査結果はわれわれの危惧を支持するものでありました。妊婦が風疹に対して安全が確約されるようにするためには、風疹自体の根絶が理想であり、長期的にみれば、幼児期における風疹ワクチン接種率の向上、および経過措置である中学生に対する風疹ワクチンの接種が徹底されることが期待されます。これは、以前ギリシャにおいて、幼児期における不完全な風疹ワクチンの接種率がかえって、成人感染例や先天性風疹症候群の発生を増やしたという報告からも裏付けられております。さらに、風疹の撲滅に対しては国内だけでなく、国際協力による努力が必要であるとした報告も散見されております。最後に、今回の調査結果から、われわれ産婦人科医としては、妊娠前女性およびわれわれ医療従事者を含めた風疹予防接種施行を啓発すること、妊娠初期の風疹抗体検査実施の徹底、および風疹抗体価陰性妊婦に対する指導、更には、予防接種の意義に対する見直しなどが必要であると推定されました。
最後に、今回の妊婦風疹抗体価検査実態調査にご協力頂きました「全国外表奇形等調査」対象医療機関の先生方、また、本データの集計および評価につきご指導いただきました日本産婦人科医会女性保健部・先天異常委員ならびにスタッフの皆様に謝辞申し上げます。