平成15年3月17日放送
 産婦人科における新医師臨床研修制度(現状報告)
 日本産科婦人科学会常務理事 落合 和徳


はじめに

 平成12年12月、医師法等改正法が公布され、臨床研修制度が36年ぶりに抜本的に改革されることになった。新たな臨床研修制度については医道審議会医師分科会医師臨床研修検討部会および新医師臨床研修制度ワーキンググループにおいて検討されてきた。平成14年10月厚生労働省は「新医師臨床研修制度」を公表し、臨床研修に関する省令および通知を定めるべくパブリックコメントを求め最終調整準備に入っている。

日本産婦人科学会ならびに日本産婦人科医会の取り組み

 全ての医師にとり、人口の半数を占める女性の診療を行う上で産婦人科の知識が重要であるのは勿論であるが、女性の生理的、形態的、精神的特徴、あるいは特有の病態を把握しておくことは他領域の疾病に罹患した女性に対して適切に対応するためにも必要不可欠なことである。このような観点から、学会医会両会はいわゆる初期研修に産婦人科の研修が必須であると強く訴えてきた。今回示された新たな医師臨床研修制度の中に、産婦人科研修が必修研修科目として組み入れられたのは両会の要望の成果が実り、産婦人科の重要性が理解されたものと考えられるが、研修指導者も研修医もその意義を十分理解した上で研修にあたらねばならない。

 研修プログラムは各々の臨床研修病院の研修管理委員会でそれぞれの施設の実情に則した独自の内容が設定されることになっているが、日本産科婦人科学会および日本産婦人科医会では、プライマリケアにおける産科婦人科の基本的な診療能力を収得するために必要な研修目標の一つのモデルとして、つぎのような産婦人科研修カリキュラムを策定した。策定は日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会ワーキンググループと専門医制度委員会が共同で行い山梨大学産婦人科星 和彦教授以下10名の委員構成で行った。このカリキュラム案は学会医会両会の理事会の承認を得、厚生労働省医政局宛に提出されたものである。

 以下にカリキュラムの概要を示す。なお必修研修科目としての産婦人科研修の期間は、厚生労働省の「新たな医師臨床研修制度の在り方について (案) 」(平成14年度10月22日) によると、3ヶ月研修することが一つの目安になる、と記載されている。そこで、本カリキュラムは原則として3ヶ月間 (12週間) 、6週間ずつの産科および婦人科の外来ならびに病棟における研修期間、を想定して作成してあるが、それよりも短縮される場合のあることも考慮し、1.5ヶ月間の研修についても付記してある。研修項目については3ヶ月用とかわらないが量的な経験数を少なくしているが本稿では紙面の都合で省略した。

卒後医師臨床研修における必修産婦人科研修カリキュラム(案)について(抜粋)

1. 一般目標 (GIO : General Instructional Objectives)

(1) 女性特有の疾患による救急医療を研修する。

 卒後研修目標の一つに「緊急を要する病気を持つ患者の初期診療に関する臨床能力を身 につける」とあり、女性特有の疾患に基づく救急医療を研修する必要がある。これらを 的確に鑑別し初期治療を行うための研修を行う。

(2) 女性特有のプライマリケアを研修する。

 思春期、性成熟期、更年期の生理的、肉体的、精神的変化は女性特有のものである。女性の加齢と性周期に伴うホルモン環境の変化を理解するとともに、それらの失調に起因する諸々の疾患に関する系統的診断と治療を研修する。これら女性特有の疾患を有する患者を全人的に理解し対応する態度を学ぶことは、リプロダクティブヘルスへの配慮あるいは女性のQOL 向上を目指したヘルスケア等、21世紀の医療に対する社会からの要請に応えるもので、全ての医師にとって必要不可欠のことである。

(3) 妊産褥婦ならびに新生児の医療に必要な基本的知識を研修する。

 妊娠分娩と産褥期の管理ならびに新生児の医療に必要な基礎知識とともに、育児に必要な母性とその育成を学ぶ。また妊産褥婦に対する投薬の問題、治療や検査をする上での制限等についての特殊性を理解することは全ての医師に必要不可欠なものである。

2. 行動目標 (SBO : Specific Behavioral Objectives)

A. 経験すべき診察法・検査・手技

(1) 基本的産婦人科診療能力

 1) 問診及び病歴の記載

  患者との間に良いコミュニケーションを保って問診を行い、総合的かつ全人的にpatient profile をとらえることができるようになる。病歴の記載は、問題解決志向型病歴 (Problem Oriented Medical Record : POMR) を作るように工夫する。

 2) 産婦人科診察法

  産婦人科診療に必要な基本的態度・技能を身につける。

(2) 基本的産婦人科臨床検査

  産婦人科診療に必要な種々の検査を実施あるいは依頼し、その結果を評価して、患者・家族にわかりやすく説明することが出来る。妊産褥婦に関しては禁忌である検査法、避けた方が望ましい検査法があることを十分に理解しなければならない。

(3) 基本的治療法

   薬物の作用、副作用、相互作用について理解し、薬物治療 (抗菌薬、副腎皮質ステロイド薬、解熱薬、麻薬を含む) ができる。

  ここでは特に妊産褥婦ならびに新生児に対する投薬の問題、治療をする上での制限等について学ばなければならない。薬剤の殆どの添付文書には催奇形性の有無、妊産褥婦への投薬時の注意等が記載されており、薬剤の胎児への影響を無視した投薬は許されない。胎児の器官形成と臨界期、薬剤の投与の可否、投与量等に関する特殊性を理解することは全ての医師に必要不可欠なことである。

B. 経験すべき症状・病態・疾患

 研修の最大の目的は、患者の呈する症状と身体所見、簡単な検査所見に基づいた鑑別診断、初期治療を的確に行う能力を獲得することにある。

 

(1)  頻度の高い症状:自ら経験、すなわち自ら診療し、鑑別診断してレポートを提出する

1) 腹痛

2) 腰痛

  産婦人科特有の疾患に基づく腹痛・腰痛が数多く存在するので、産婦人科の研修においてそれら病態を理解するよう努め経験しなければならない。これらの症状を呈する産婦人科疾患には以下のようなものがある。子宮筋腫、子宮腺筋症、子宮内膜炎、子宮傍結合組織炎、子宮留血症、子宮留膿症、月経困難症、子宮付属器炎、卵管留水症、卵管留膿症、卵巣子宮内膜症、卵巣過剰刺激症候群、排卵痛、骨盤腹膜炎、骨盤子宮内膜症があり、さらに妊娠に関連するものとして切迫流早産、常位胎盤早期剥離、切迫子宮破裂、陣痛などが知られている。

(2) 緊急を要する症状・病態:自ら経験、すなわち初期治療に参加すること。

 1) 急性腹症

  産婦人科疾患による急性腹症の種類はきわめて多い。「緊急を要する疾患を持つ患者の初期診療に関する臨床的能力を身につける」ことは最も大きい卒後研修目標の一つである。女性特有の疾患による急性腹症を救急医療として研修することは必須であり、産婦人科の研修においてそれら病態を的確に鑑別し初期治療を行える能力を獲得しなければならない。急性腹症を呈する産婦人科関連疾患には子宮外妊娠、卵巣腫瘍茎捻転、卵巣出血などがある。

 2) 流・早産および正期産

  産婦人科研修でしか経験できない経験目標項目である。

(3) 経験が求められる疾患・病態 (理解しなければならない基本的知識を含む)

 1) 産科関係

   1. 妊娠・分娩・産褥ならびに新生児の生理の理解

   2. 妊娠の検査・診断

   3. 正常妊婦の外来管理

   4. 正常分娩第1期ならびに第2期の管理

   5. 正常頭位分娩における児の娩出前後の管理

   6. 正常産褥の管理

   7. 正常新生児の管理

   8. 腹式帝王切開術の経験

   9. 流・早産の管理

   10. 産科出血に対する応急処置法の理解

2) 婦人科関係

   1. 骨盤内の解剖の理解

   2. 視床下部・下垂体・卵巣系の内分泌調節系の理解

   3. 婦人科良性腫瘍の診断ならびに治療計画の立案

   4. 婦人科良性腫瘍の手術への第2助手としての参加

   5. 婦人科悪性腫瘍の早期診断法の理解 (見学)

   6. 婦人科悪性腫瘍の手術への参加の経験

   7. 婦人科悪性腫瘍の集学的治療の理解 (見学)

   8. 不妊症・内分泌疾患患者の外来における検査と治療計画の立案

   9. 婦人科性器感染症の検査・診断・治療計画の立案

3) その他

   1. 産婦人科診療に関わる倫理的問題の理解

   2. 母体保護法関連法規の理解

   3. 家族計画の理解

C.  産婦人科研修項目 (経験すべき症状・病態・疾患) の経験優先順位

ム産婦人科研修が3ヶ月間の場合

 1) 産科関係

 1. 経験優先順位第1位 (最優先) 項目

  ● 妊娠の検査・診断

  ● 正常妊婦の外来管理

  ● 正常分娩第1期ならびに第2期の管理

  ● 正常頭位分娩における児の娩出前後の管理

  ● 正常産褥の管理

  ● 正常新生児の管理

 => 外来診療もしくは受け持ち医として8例以上を経験し、うち1例の正常分娩経過については症例レポートを提出する。

 => 必要な検査、すなわち超音波検査、放射線学的検査等については (できるだけ) 自ら実施し、受け持ち患者の検査として診療に活用する。

 2. 経験優先順位第2位項目

  ● 腹式帝王切開術の経験

  ● 流・早産の管理

 => 受け持ち患者に症例があれば積極的に経験する。それぞれ2例以上経験したい。

 3. 経験優先順位第3位項目

  ● 産科出血に対する応急処置法の理解

  ● 産科を受診した 腹痛、腰痛 を呈する患者、急性腹症の患者の管理

 => 症例として経験する機会、また当面したとしても受け持ち医になるか否かは極めて不確実であるが、機会があれば積極的に初期治療に参加し、できるだけレポートにまとめたい。

 2) 婦人科関係

 1. 経験優先順位第1位 (最優先) 項目

  ● 婦人科良性腫瘍の診断ならびに治療計画の立案

  ● 婦人科良性腫瘍の手術への第2助手としての参加

 => 外来診療もしくは受け持ち医として、子宮の良性疾患ならびに卵巣の良性疾患のそれぞれを2例以上経験し、それぞれ1例についてレポートを作成し提出する。

 => 必要な検査、すなわち細胞診・病理組織検査、超音波検査、放射線学的検査、内視鏡的検査等については (できるだけ) 自ら実施し、受け持ち患者の検査として診療に活用する。

 2. 経験優先順位第2位項目

  ● 婦人科性器感染症の検査・診断・治療計画の立案

 => 1例以上を外来診療で経験する。

 3. 経験優先順位第3位項目

  ● 婦人科悪性腫瘍の早期診断法の理解 (見学)

  ● 婦人科悪性腫瘍の手術への参加の経験

  ● 婦人科悪性腫瘍の集学的治療の理解 (見学)

 => 受け持ち患者に症例があれば積極的に経験する。1例以上経験したい。

 4. 経験優先順位第4位項目

  ● 婦人科を受診した 腹痛、腰痛 を呈する患者、急性腹症の患者の管理

 => 症例として経験する機会、また当面したとしても受け持ち医になるか否かは極めて不確実であるが、機会があれば積極的に初期治療に参加し、できるだけレポートにまとめたい。

 5. 経験優先順位第5位項目

  ● 不妊症・内分泌疾患患者の外来における検査と治療計画の立案

 => 時間的余裕がある場合は外来診療で1例以上経験したい。

E. 指導医条件

 (1) 指導医資格

  1. 5年以上の産婦人科臨床経験を有する日本産科婦人学会認定産婦人科専門医であること。

  2. 上記の条件を満たす指導医が研修施設に2人以上常勤し、1人は統括責任指導医として8年以上の産婦人科臨床経験を有すること。

 (2) 指導医1人に対する研修医数

   5人までとするが、3人までが望ましい。

学会・医会ワーキンググループ最終答申にもられた考え方

 平成16年度からの「新医師臨床研修制度」の実施にあたり、両会は新医師臨床研修制度における初期研修の2年間を産婦人科専門医育成のための重要な期間と位置付け、緊密な連絡のもと、積極的に関与していくべきであると答申している。このことを踏まえ、学会・医会WGとしては本カリキュラムに対応した「産婦人科ローテーションマニュアル」の作成を提言した。