平成15年6月16日放送
 学校における性教育の実態調査結果
 社団法人日本産婦人科医会常務理事
 東京歯科大学市川総合病院教授 田邊 清男


 日本産婦人科医会会員の皆様、こんばん。

 本日は先般行われました、学校における性教育の実態調査結果につきまして、ご報告申し上げます。

 近年、若者の性交経験の低年齢化とその率の増加には目を見張るものがあります。そして、それに伴って10代女性の人工妊娠中絶が増加しており、同時に、クラミジアを始めとする性感染症が若者に蔓延していることは、今更私が申し上げるまでもなく、明らかな事実です。人工妊娠中絶を見てみれば、全体的にみればその数は急激に減少していますが、若年者特に10代の女性では、逆にその絶対数もまたその人口に対する比率も最近著明に増加しています。また、性感染症のクラミジアでは男生徒よりも女生徒の方が多く罹患していることが、最近の調査により分かっています。

 日本産婦人科医会では、このような事態を改善するためには、若者に対する性教育を徹底して行う以外に方法はないと考えております。そして、女生徒の妊娠中絶やクラミジア感染症などといったミゼラブルな状況を日々直接目の当たりにしている我々産婦人科医が、その我々の専門性を生かして、学校等における性教育に積極的に関与すべきであると、従来より主張して参りました。

 そのためには、まず我々産婦人科医が現在どの程度学校等における性教育に関与しているのかその実態調査を行うべきであると考え、先般その調査を、支部のご協力を得て行いました。本日はその結果の概要を、担当常務理事であります私より、ご報告致したいと思います。

 学校における性教育実態調査は、平成13年11月21日より12月末日までを調査期間として行われました。

 依頼数は全都道府県47通ですが、お送り頂きました回答は43通で91.5%でした。

 そのうち「性教育に関わっている会員がいると」答えた支部は36支部で76.6%、「性教育に関わっている会員がいない、あるいは把握していない」という答えが5支部10.6%でした。性教育に関わりを持っていない理由としては、「教育行政と連携が取れていない」が2支部、また「要請がない」という回答もありました。一方、関わりを持っているという回答の中で、その依頼様式は「個人的に」が20支部55.6%であり、また「支部と個人の双方に依頼が来る」という回答が15支部41.7%、すべて支部を通してという回答が2支部5.6%ありました。また、「関わりを持っている会員数では10人未満」という支部が半数もありましたが、30人以上性教育に関与しているという支部も7支部19.4%ありました。これらの結果から、学校等における性教育のシステムがまだまだ確立されておらず、個人的な努力や熱意に依存していることの表れと考えられます。なお、もし積極的に性教育を行なうように働きかけをするとしたらどうしたらいいかという設問に対しては、「支部と個人の双方で働きかけをする」が11支部30.6%で、「支部として働きかける」が9支部25%、「個人で働きかけるべき」という回答が7支部19.4%でした。

 性教育を行なっている対象ですが、小学校を対象としている支部は20.7%、中学、高校がそれぞれ33.3%であり、その他が12.6%となっています。その活動内容は「講演活動」が小学校で58.3%、中学校83.3%、高校86.1%で、「診察や相談」が、小学校で41.7%、中学校58.3%、高校55.6%、「教育関係者との連携」が小学校で52.8%、中学校72.2%、高校69.4%、そして「地域的連携」が小学校36.1%、中学校44.4%、高校47.2%との回答であり、講演活動だけではなく、連携をとった活動も行っている姿も見えて参ります。

 性教育活動に用いる資料作成は、33支部91.7%が「個人的に作成している」、5支部13.9%が「支部で作成している」という結果でした。

 また、性教育活動の報酬には、最低は無料5支部から最高は5万円9支部まで、非常にばらつきがあります。例えば、小学校や中学校では学外から講演を学校独自で依頼したくても裁量権のある予算はほぼゼロで、呼びたくても呼べないのが現状のようです。地域的には、それに対して、教育委員会、保健所、市町村保健福祉部とのタイアップで解決しているところ、あるいは医師会などへ依頼した形にして、医師会からその医師へ渡すようにしているところもあります。

 性教育のテーマについて支部担当者にお伺いしましたところ、重要性の高いものから順に、小学校では、二次性徴、女の子の性、月経、性器の構造、男の子の性などが、中学校では、妊娠、性感染症、避妊、女の子の性、性交などが、高校では、性感染症、避妊、妊娠、中絶、性交などが挙げられています。なお、これら重要と思われる事項には、我々のように患者にじかに接している産婦人科医が考えるものと、教師やPTAの考えるものとが一致していないことも十分予想されます。

 各支部で把握できている学校における性教育の実態については、養護教諭のみが熱心、教育者が実態を把握していない、管理者からストップがかかる、ほとんど個人的に対応している、医師側のレベルアップを図っているが学校に対する取り組みはまだ、といった意見が注目されます。これもまた産婦人科側と学校関係者との間の温度差の表れと言えましょう。ただ、ほとんどの地域で養護教諭たちは積極的であり、いくつかの地域では全県下の性教育研究団体があるようで、こうした団体と医会との関係をまず深めるところから始めるやり方もあるのではないかと思われます。

 今後の方向性に関する意見として、「産婦人科医が学校における性教育に関わるべきか」という質問に、積極的におこなうべきという回答が31支部77.5%、依頼されたときでよいが13支部32.5%、行うべきではないが2支部5%という結果でした。なお、性教育をして欲しいという要望もなく、また産婦人科医が関わっても効果は少ないので、一般の学校医として関わるべきという意見も少数ながらありました。

 本部の活動に対する意見では、学校における性教育を積極的に進めるべきという回答が30支部71.4%であり、資料作成に本部は関わるべきが30支部71.4%、性教育の指針を本部が示すべきが24支部57.1%、サポートに徹しあまり動くべきではないが7支部16.7%、各地域に任せるべきが7支部16.7%、逆に本部は性教育に関する活動はすべきではないが7支部16.7%であり、かなりのバラツキがみられました。

 学校等における性教育は、現状では、中央における活動と、各地域における活動とが相互に補い合って、進むべきものと私は考えております。本部ではある特定の学校の性教育にその地区の産婦人科医が関わるように働きかけをすることは出来ません。これはその地区の産婦人科医会が行うべきものでしょう。そして、その内容としては、我々産婦人科医が現実を誠実に冷静に伝えることができれば、生徒たちに与えるインパクトは非常に大きいと思っています。

 一方、厚生労働省や文部科学省に働きかけることは本部の役目と考えております。現在日本医師会でも学校委員会ができ、産婦人科医、整形外科医、さらに精神科医がそれぞれの特徴を生かして学校において専門医として活動することを要請されています。産婦人科医会では、性教育を全国的に行うことになっても、我々産婦人科医会はそれに対応可能であると日医へ回答しています。そのためには、支部では全県下で性教育を行える態勢を速やかに整えること、さらに我々産婦人科医一人一人が性教育を如何に効果的に行うか、スキルアップを図る必要があります。

 性教育の内容は時代に応じて変わっていくものと考えらます。しかし、その根幹はいつの時代でも共通していると思われます。その共通した部分を明らかにし、最新の情報を提供し、行政を含む関係機関と密接に調整していくことが今後の重要な課題であると言えます。

 以上、学校における性教育の実態調査結果を手短にまとめてお話致しました。以上ご報告致しました事項以外にも多くのご意見が寄せられています。詳細をお知りになりたい先生は、本調査結果は小冊子にまとめて各支部へ配布してありますので、都道府県支部へご相談下さい。

 また、本調査結果は、厚生労働省は勿論のこと文部科学省、日本医師会、新聞社、テレビ各社等へ配布しました。特に日本医師会からは追加の希望も頂き、余分にお送りした次第です。

 最後に、本調査を行うに当ってご協力頂きました支部の担当の先生方に感謝申し上げます。