平成16年6月14日放送
 医療事故防止のための院内研修資料について
 日本産婦人科医会幹事 清水 康史


 日本の産婦人科医療は世界でも高い水準を保っています。しかし、ダイナミックに変化する母児の2人の生命を管理すること、分娩は正常に終わるものとの感覚があるため、他科と比較し医療事故や医事紛争が多く見られます。日本産婦人科医会医療安全・紛争対策部では医療安全対策の一環として会員向けの冊子を発行しています。本年は「産婦人科施設における医療安全対策院内研修会用資料」を発行いたします。

 本冊子は19の項目に分け、院内研修会用にスライドとテキストを作成しています。各項目について説明いたします。
まず、医療安全指針の基本的な考え方でについて説明します。医療事故の多発が社会的な問題となっている現在、妊娠・出産における安全性を確保することは、国の医療政策の最重要課題となっています。この安全対策を医療システム全体の問題としてとらえ、体系的に実施することを目的として、平成15年より厚生労働科学研究「産科領域における安全対策に関する研究」が進められ、母児の安全性を確保し、安全な産院となるために良い産院の10カ条が提言されました。その内容は

  1. 医師の数や年間に扱う分娩数などの情報が公開されている。
  2. 複数の産婦人科医師がいるか、1人なら高次医療施設やオープンシステム病院との連携が密である。
  3. 帝王切開・輸血がいつでも速やかにできる。
  4. 医師が生涯研修・自己研修に熱心である。
  5. 助産師・看護師などの医療スタッフが充実している。
  6. 小児科医・新生児科医との協力が密である。
  7. 安全なお産のための母児モニターが十分に行われている。
  8. 妊婦の意向を尊重し、快適な分娩を心掛けている。
  9. 検査、処置に関する説明が十分に行われている。
  10. 医療安全システムが整備され、院内が清潔で整理整頓されている。

の10項目です。これらの医療安全管理体制を敷き、安全管理活動を周知徹底させること、院内に相談窓口や投書箱を設置し、患者やその家族からの意見を分析することが重要と考えられます。

 つぎに医療事故発生時の対応について説明します。カルテは医事紛争が発生した場合に診療の内容を証明する最も重要な証拠書類となりますので、症状、経過、処置などを正確に記載すること、紛争となった後にはカルテに手を加えないことが重要です。家族には丁寧に真摯な態度で対応すること、積極的に病理解剖をすすめるようにします。法的な対応としては、死因が不明な変死や全く意外な急死のときは家族から届けられる前に警察への連絡が必要です。司法解剖や行政解剖が行われるため死因が判明することがあります。また、地区医師会や日本産婦人科医会支部に連絡し適切な助言をうけること、弁護士に早い時期から相談することがすすめられます。インシデント・アクシデントレポートなどの院内報告制度は安全対策の立案のために必要です。本会で行ったインシデント・アクシデントレポート調査では、全ての職種で経験5年以下の医療経験の少ない人に多く発生しており新人の教育が重要であること、ダブルチェックが有効であることが示されました。発生理由は観察不足、確認不足、連絡不備などが多く、単純な不注意によるうっかりミスがほとんどであること、準夜・深夜帯に危険性が高まることがわかりました。

 業務による医療事故について説明します。業務内容を正確に伝達することは事故を防ぎ、医療の質を向上させることになるため、職員間の連絡・確認が重要です。職員間の連絡には必ず復唱し確認することが重要で、ダブルチェックを励行することがすすめられます。

 院内管理、カルテの記録・保存について説明します。院内管理に関する事故防止策には院内設備の定期的点検が重要です。カルテの保存期間は医師法では5年間と定められていますが、将来トラブルの発生が予測されるようなケースについては、完全に時効の成立する20年間の保存がすすめられます。

 注射点滴事故防止対策については、注射の準備と投与は同一者が行うこと、患者名・薬品名・投与量・投与ルート・投与時間の5つの項目を確認することが大切です。

 与薬事故には処方ミス・調剤ミス・薬袋への記載ミス・患者への薬剤交付ミス・配薬ミスなどがおこりえます。患者の病名や状態を熟知し、薬の効能や服用法を良く理解しておくことが必要です。ウテメリンとメテナリン、タキソールとタキソテールなど名前の似ている薬剤の投与時にも注意が必要です。

 輸血事故には対象患者の誤り、血液型の誤り、投与量の誤り、輸血後の観察の誤り、患者血液型判定の誤り、医師の指示の誤り、看護師の準備の誤りなどがおこりえます。医療スタッフ間のダブルチェック、患者からの自己申告とのダブルチェックが重要です。GVHDの防止のためには、施行前の不規則抗体検査の実施、放射線照射済み血液の使用、血縁者からの輸血や新鮮血輸血の回避がすすめられます。輸血後の症状としては悪寒戦慄・発熱・蕁麻疹・黄疸に注意し、最初の5分間を特に集中的に監視すること、15分後に再度観察することが必要です。

 検査事故としては、患者誤認、検査項目の誤り、インフォームドコンセントの不足、検査器具のトラブル、検査施行時の損傷、検査前後の確認不足などがおこりえます。検査施行時には、患者と十分なコミュニケーションをはかり、不愉快な言動をさけることが肝心です。

 院内感染事故防止対策について説明します。院内感染の拡大には感染経路・感染源・宿主の3つの因子が必要で、感染防止にはこの3つの経路を遮断することが必要です。病原体と宿主因子はコントロールが難しいため、感染経路の遮断が最も重要です。接触感染は院内感染のうち最も頻度が高いため、防止策としての手洗いは重要です。1回の処置ごとに手洗いすること、洗浄・消毒を徹底することが必要です。

 針刺し事故防止対策には使用後の針はリキャップしないことを原則とする事がすすめられます。針刺し事故が発生したときにはただちに流水で洗浄、エタノール消毒を行った後、汚染源の血液検査の結果により必要な検査・処置を行います。

 患者誤認事故防止対策には、患者の名前をフルネームで名乗ってもらうこと、点滴や注射器の患者名のラベルを患者に見せて確認することが重要です。また、同姓同名の患者への対応として、入院中は同室にならないようにする、名前だけでなく生年月日や住所も確認することなどがあります。

 妊娠・分娩異常では母体の管理および分娩監視装置の使い方について説明します。母体管理では母体搬送のめやすを確認することや搬送時のチェックが重要です。また、静脈血栓症のリスク因子を認識し、深部静脈血栓症の臨床症状を知っておくことが必要です。ウテメリンなどの陣痛抑制剤使用時には肺水腫や無顆粒球症などの副作用に留意する必要があります。分娩監視装置については、正しく装着すること、胎児ジストレスを警戒するパターンを医師・看護師が十分に理解しておくことが必要です。

 新生児取り扱いにおける事故には、取り違いミス・管理ミス・沐浴ミス・輸液ミス・転落・転倒・SIDS・先天異常や変形の発見遅延などがおこりえます。また、児の盗難や火災への対応も求められます。保育器の温度や酸素濃度のチェックも重要です。

 手術時の事故防止対策には術前に十分なインフォームドコンセントを取ることと術中・術後の患者管理体制の徹底が重要です。常に最善の方法で最大の注意を払って手術を行うこと、事故発生時には患者・家族に対する誠実で責任のある対応が求められます。

 麻酔事故の原因には、手術中輸血時の観察の誤り、薬剤投与量の誤り、麻酔手技の誤り、使用機器のトラブル、麻酔前・中・後の全身状態把握の不徹底などが挙げられます。麻酔事故は致命的な大事故となることがあり、未然に防止する細心の注意が求められます。妊婦で特に陣痛発来時はフルストマックとして扱うことが必要です。

 人工妊娠中絶手術における事故防止対策には、術前に同意書を得ること、詳細な問診を行うこと、術後も十分に覚醒するまで手術室で監視することが必要です。

 給食関連事故防止対策では食中毒対策、調理・配膳ミス、異物混入の予防と対策、食物アレルギーの対応なとがあげられます。

 医療現場での転落転倒事故は誤薬に続いて多いという報告があります。転倒転落のリスク評価を行い、転倒転落防止用具の使用、ハイリスク患者のチェック、転落時の衝撃緩和法の使用などの対策が考えられます。

 患者からのクレーム対処には、相手の言い分を冷静によく聞き、即答を避けること、できるだけ記録に残すことがすすめられます。

 医療事故防止策として、本会ではインシデントレポートの活用、医会報などで示された統一見解の把握、患者との信頼関係の確立、医療行為全てのカルテへの記載、患者情報の繰り返しの確認、事故防止のための基本的事項の確認、多くの目でのチェック、人間関係の良い職場環境、事故発生時の誠意ある対応、肉体的・精神的体調不良時の注意、を提言してきました。本冊子を活用され、一層の医療安全対策の推進を期待します。