平成16年9月6日放送
 母子保健に対する日本医師会の考え方
 日本医師会常任理事 田島 知行


 

【はじめに 】

 平成15年人口動態統計概況によると合計特殊出生率は1.29と過去最低を更新し、少子化傾向に歯止めがかかっておらず、少子化対策は社会的にも緊急に対応が迫られている問題です。日本医師会では、このような少子化社会で育つこども達が心身ともに健康に育つためには、地域の産婦人科医、小児科医の関わりが重要であり、母子保健のより一層の充実が必要であると認識しています。

【日本医師会の取組み 】

 近年、核家族化、女性の社会進出の増大等、子どもを取り巻く環境は大きく変化し、家庭や地域社会の養育機能の低下が指摘されています。特に、現在の若い親の育児に対する不安は、その家庭のなかでは解消しきれないという現実があり、出産直後に多いと言われている子どもの虐待も増加しています。
このような状況の中で、日本医師会では、地域医師会と連携し、母子保健活動の充実に努めてきました。
 主な取組みとしては、次のものがあります。

  1.  各地域医師会の小児科医が保育所嘱託医、幼稚園医として、集団生活をしている就学前の子ども達の健康管理・健康教育を行っています。会内の乳幼児保健検討委員会で、各地域医師会の嘱託医・幼稚園医が統一した基準で健診や健康教育を行えるようマニュアルを作成し、全国で活用いただいています。
     
  2. 出産前小児保健指導(プレネイタル・ビジット)事業:
     これは、厚生労働省の補助金事業として、平成4年度から開始されました。産婦人科医と小児科医が連携して、育児不安を抱えている妊婦や家族に対して育児相談や指導を行うことにより、育児不安を解消するとともに、良好な親子関係の育成を図ることを目的とした事業です。日本医師会では本事業を少子化対策の重要施策の1つとして位置づけ、平成13年度に全国46地域でモデル事業を実施する等、その普及を呼びかけてきました。モデル事業の成果を踏まえて、対象者を初産の妊婦のみから妊産婦とする等、実施要綱の改正が行われましたが、PR不足や市町村の財政が厳しいため、現在、20市町村で実施されているに過ぎない状況です。
     「乳幼児健診に子どもを連れて行かない母親の約3割がうつ状態で、児童虐待を起こす危険性も高い」ということが、北九州市と東大の研究チームの調査結果より報告されました。出産後、いろいろな問題を抱え孤立している母親を支え、次世代を担う子どもの心身の健全な育成という視点からもこの事業の持つ意義は大きいと言えます。
     
  3. 乳幼児健康支援一時預かり事業:
     子育てと就労の両立支援の一環として、病気回復期の子ども達を病院、診療所、保育所等で一時的に預かる事業です。厚生労働省の補助金事業として平成6年より実施されていますが、実施か所数は、現在約380か所で、医療機関における実施か所数は200か所余りに過ぎない状況です。女性の就業率が高まり、子どもができても働き続けることを希望する女性が増えています。また、核家族世帯が58%、3世代世帯が10%である現状をみますと、子育てと就労の両立支援の一環として、本事業は重要であると思います。
     日本医師会では、出産前小児保健指導(プレネイタル・ビジット)事業と乳幼児健康支援一時預かり事業の普及を図るためのQ&Aを作成して、全国の地域医師会、また厚生労働省を通じて都道府県行政へ配布しました。おかげ様で大変好評で、事業の拡大に繋がることを切に願っております。
     
  4. 予防接種事業:
     近年、予防接種率が低下し、特に麻しんについては、日本は麻しんの輸出国と揶揄されるなど由々しい状況になってきています。このような状況を鑑み、今年の3月の上旬1週間を子ども予防接種週間として、土曜、日曜日に予防接種を受けられるようにする等、予防接種に関する国民への啓発を行いました。今回は約7000の医療機関の協力を得ることができ、約1万2000人に予防接種を行いました。日本医師会では、今後もこのキャンペーンを続けていきたいと考えています。
     
  5. 児童虐待防止:
     現在、虐待を受け児童相談所に通告をされた子どもの数は急増しております。
     平成14年度に児童相談所が処理した養護相談のうち虐待相談の処理件数は、23,738件となっています。
     これを相談種別にみますと、「身体的虐待」が10,932件(46.1%)と最も多く、次いで「保護の怠慢・拒否(ネグレクト)」が8,940件(37.7%)となっています。また、被虐待者を年齢別に見ますと、就学前の乳幼児が全体の5割を占めています。
    このように子どもの虐待数が急増している背景には、核家族化による親の育児不安、離婚率の上昇、地域の育児支援体制の低下等の社会的情勢の変化も大きく関係しているものと思われます。
    このような状況のもと、日本医師会では、医師は子どもに接する機会が比較的多く、日常診療の中で虐待された子どもを発見しやすい立場にいることから、実際の症例を集め、医療機関向けのマニュアル「児童虐待の早期発見と防止マニュアル−医師のために」を作成し、日医会員16万人全員に配布しました。
     虐待を受けた子どもの年齢の内訳を見ますと、特に生後6か月以内の乳児に多く見られます。このことからも、産婦人科医は、妊婦の家庭環境等からリスクが高いと思われるケースの場合は、子どもの虐待につながらないよう事前に小児科医や行政と連携をとり、防止に努めていただきたいと考えます。
     
  6.  その他、学校医として産婦人科医による思春期の子ども達への人工妊娠中絶や性感染症の防止についての性教育の問題があります。
     近年、わが国における人工妊娠中絶件数は年々減少(341,588人)していますが、一方で若年者、特に10代の人工妊娠中絶は増加の一途をたどっています。昭和50年までは全中絶件数の1%台だった10代の中絶が平成13年には13.6%と増加し、その件数(46,511人)も増加しています。東京都の「児童・生徒の性意識と性行動」の2002年版の調査報告書によれば、高校3年までに男子1/3、女子の半数近くが性体験を持つと言う傾向は、全国的に見られる状態であり、その結果が多くの人工中絶という形で現れていると思います。思春期の子ども達のこのような性行動は、性感染症の感染・発症という姿で、子ども達を悩ますことになり、女性においては、来るべき妊娠・分娩・育児という場面で母子双方に多大な影響を及ぼすことになります。
     これからの性教育を考える上で最も必要なことは、画一的でない成長に併せた性教育であり、思春期の子ども達にとって必要な性教育が行われるために、家庭、学校、地域が連携していかなければならないと考えます。

【おわりに】

 以上のように、地域の医師会、産婦人科医、小児科医が出産、治療のみならず、母子保健分野において果たす役割は、次の世代を担う子ども達の健全な心身のために重要であると認識しています。
 日本医師会としましても、母子保健施策の充実に向けて努力してまいりたいと思いますので、引き続き母子の健康のためにご尽力賜わることをお願いしたいと存じます。