平成16年10月11日放送
平成16年度研修ノート「不正性器出血」
弘前大学産婦人科 藤井 俊策
PowerPoint資料 (閲覧は最新のMicrosoft Internet Explorerを推奨)
ここでは,産婦人科医会研修ノート73号「不正性器出血」について解説します。不正性器出血は産婦人科外来診療において最も頻度が高い主訴であり,その成因は多岐にわたります。
妊娠に関連したものを除くと,器質性出血と機能性出血とに大別されます。器質性出血は,腫瘍,炎症,外傷など局所の組織障害が原因で,組織採取などによる医原性のものも含まれます。機能性出血は,子宮からの不正出血のうち,妊娠,器質的疾患あるいは出血傾向をきたすような全身疾患を除外したものです。
この研修ノートでは,不正性器出血の診断に至るまでのプロセスと留意点,機能性出血の病態・治療,さらに各疾患別の特徴を記しています。そのうち,主に診断のポイントと機能性出血について解説します。不正性器出血の診断では,患者の年齢は出血の原因を絞り込む手がかりになります。初経前の幼小児期では外傷や器質性出血が多くみられます。初経以降は器質性出血と機能性出血の両方の可能性があり,生殖年齢に達していれば妊娠も考慮しなくてはなりません。閉経以降では,腫瘍や炎症などによる器質性出血が主な原因となります。
次に問診では,出血時期,部位,量,期間,疼痛など随伴症状などに加えて,出血性素因や他科疾患も含めた既往歴・家族歴を詳細に聴取します。問診まででかなり原因疾患を絞ることができます。
これを念頭に置きながら出血部位を視診で確かめ,婦人科的診察を行います。診察はクスコ診,内診,超音波検査の順に行うのが一般的です。必要に応じて,子宮腟部,頸管,内膜の細胞診や組織診,さらに画像検査野血液検査を追加して診断します。
診断は手順に則って行うことが大切です。「思いこみ」で短絡的に原因を決めつけると,重要な疾患を見落としたり,結果的に逆の治療を行ったりします。忘れてはならない4つのポイントを挙げておきます。
- 「女性をみたら,妊娠を疑え」という箴言を忘れないこと
- 「悪性腫瘍を見逃さない」という強い信念をもつこと
- 婦人科に直接関連しない薬物の服用を見逃さないこと
- 絨毛性疾患に関しても注意すること
まず,「女性をみたら,妊娠を疑え」ですが,少女であっても性的虐待などによる妊娠の可能性があります。親からの聞き取りでは判らないことが多いし,親には事実をかくすこともあります。一方,更年期の不正出血が実は妊娠だったという事例も珍しくありません。
次に「悪性腫瘍を見逃さない」ですが,原因が特定できない不正出血は「しつこく繰り返し」悪性腫瘍を疑って検査します。また,ひとつ原因が見つかったとしても別の疾患が隠れている可能性があります。注意深く経過観察すること,軽快しない場合は再検査を躊躇しないことが重要です。
3番目の「婦人科に直接関連しない薬物」ですが,向精神病薬や血液凝固阻害薬などによる不正出血は見逃されやすいものです。また,薬物だけではなく特殊健康食品の摂取の有無も確認する必要があります。
最後に,「絨毛性疾患」ですが,閉経後の不正出血で妊娠の可能性がない場合でも,絨毛癌が潜んでいることがあります。既往歴に胞状奇胎などがあればもちろん,それ以外でも妊娠反応が一助となります。
このような系統だった検査でも明らかな異常を特定できなければ,機能性出血と診断します。
機能性出血は,視床下部−下垂体−卵巣系の機能失調によるエストロゲンやプロゲステロン分泌異常を原因とした,子宮内膜の部分的な破綻によって起こります。思春期以降のあらゆる年代で発生し,不正性器出血の約30%を占めます。機能性出血はさまざまな観点から分類されており,それぞれに特徴があります。まず,ホルモン分泌様式の観点からは,エストロゲン破綻出血,エストロゲン消退出血,プロゲステロン消退出血に分類されます。
排卵の有無という観点からは,排卵性出血と無排卵性出血とに分類されます。排卵性出血は機能性出血の約25%を占め,性周期の時期によって卵胞期出血,排卵期出血,黄体期出血に分けられます。残りの75%は無排卵性出血で,当然,思春期や更年期ではほとんどが無排卵性出血です。プロゲステロン分泌のない状態が持続することが主な原因です。
患者年齢からは,思春期出血,性成熟期出血,更年期出血,老年期出血に分類されます。機能性出血は無排卵周期に伴うものが多いため,性機能が不安定な思春期と更年期に頻度が高く,約半分は45歳以上,約20%が20歳未満に起こります。性成熟期は排卵周期が確立しているので機能性出血の頻度は低く,大部分は排卵性出血です。老年期の機能性出血はまれですが,肥満者では脂肪組織で産生されたエストロゲンにより,反応性に出血をみることがあります。
次に機能性出血の治療についてお話しします。
止血剤で治癒することもありますが,基本はホルモン療法です。プロゲステロンの分泌不足〜欠如が原因の病態が大多数を占めるので,プロゲストーゲン単剤を用いた治療を行います。プロゲストーゲン剤で止血できない場合は,エストロゲン・プロゲストーゲン合剤による治療を行います。ただ実際は,病態を特定できないこともありまし,ホルモン製剤の使い分けは厳密なものではありません。通常はエストロゲン・プロゲストーゲン合剤が止血効果も優れ,それで事足ります。プロゲストーゲン剤が有効かどうかは,経腟超音波で測定した子宮内膜の厚さが参考になります。通常は4 mm以上あれば有効です。
注意点としては,悪心,乳房痛などの副作用の他に,止血してもホルモン製剤の服用を中止しないこと,終了後に多めの消退出血が起こることをあらかじめ説明しておく必要があります。また,消退出血の起こる時期は薬剤によって異なり,内服剤では5日以内,非デポー筋注剤では7日以内,デポー筋注剤では14日以内です。次に,年代別にみた治療法のポイントについてお話します。止血を目的とした初期治療はどの年代でも同じですが,原因に対応した根本的な治療や再発予防を目的とした治療は年齢,挙児希望の有無,排卵の有無などに応じて選択する必要があります。
まず,思春期出血では低用量ピルを3〜6周期,避妊と同じ方法で服用します。避妊薬に抵抗がある場合は,カウフマン療法またはホルムストルム療法を行います。ホルモン製剤を使用する際には,その後の身長の伸びの停止に留意する必要があります。
性成熟期の排卵期出血は通常,一過性で出血も少ないため治療不要です。無排卵性出血は,挙児希望のある場合とない場合とで対応が異なります。挙児希望のある場合は,エストロゲン・プロゲストーゲン合剤で周期を整えた後,排卵障害の病態に応じて排卵誘発剤を使用します。挙児希望のない場合は,プロゲストーゲン剤またはエストロゲン・プロゲストーゲン合剤の投与で周期を整えます。近年,3相性低用量ピルが有効と報告されています。いずれにしても,適度の消退出血がない状態は子宮内膜癌の原因になりますので,定期的に消退出血を起こさせることは必要です。
更年期あるいは老年期で出血が長引く場合は,エストロゲンとプロゲストーゲンの補充療法を行います。更年期症状を改善させるとともに,骨粗鬆症や高脂血症などエストロゲン欠乏による疾患の予防にもなります。
薬物療法が無効,あるいは長期間の継続が困難な場合,手術治療を考慮します。子宮内膜掻爬は,効果が一時的で有効性は低いといわざるをえません。子宮内膜破壊術としてはレゼクトスコープの他に,温水バルーンによる加熱,マイクロ波焼灼,双電極高周波による蒸散なども試みられています。いずれも挙児希望のない閉経期女性に限定されますが,本邦ではどれも保険適用外です。以上,不正性器出血について研修ノートのアウトラインを説明いたしました。器質性出血の各論,全身性疾患や薬剤性の出血については,成書をご覧ください。