平成17年5月16日放送
産婦人科医を取り巻く諸問題に関するアンケート調査
前日本産婦人科医会医療対策委員会委員長 可世木 成明
現在われわれ産婦人科医を取り巻く問題は有床診療所の規制問題、助産師の不足、医事紛争など枚挙に暇がありません。産科医療は危機的状況にあり、産科診療所は存亡の危機に面していると憂慮されます。日本産婦人科医会医療対策部では定点モニター会員のご協力を頂いて、諸問題に関するアンケート調査を行いました。その結果の一部は昨年10月の千葉に於ける日産婦医会学術集会のシンポジウム、および日産婦医会報1月の医療と医業・特集号などで報告いたしました。
このアンケート調査は有床診療所の48時間規制問題がクローズアップされた平成15年11月に行われたものであります。平成15年末から16年はじめにかけての「良い産院の10カ条」を巡る論争、更に「看護師の内診」問題が続いたため、会員の皆さんの意識も相当変化していると思われますが、この調査はその前に行われたものであることをお断りした上で、結果について報告します。
調査期間は平成15年10月から11月、調査対象は定点モニター協力施設、965施設でした。その内、675施設から回答があり、回収率は70.0%でした。施設群別に見ますと、公的病院164、私的病院147、有床診療所330、無床診療所34という内訳でした。検討するにあたり、ブロック別集計では関東ブロックの会員数が多いので、東京都は別に算定し、10地区で検討しました。
最初に当時問題となっていた、
医療法第13条、有床診療所の48時間規制問題を知っていましたかという質問をしましたが、
知っていた:35.0%、
あまり知らなかった:33.5%、
知らなかった:31.0%
という内訳で、知らなかったとの回答は3分の1でした。この知らなかったという回答を施設群別に見ると、公的病院51.2%、私的病院34.2%、有床診19.3%であり、この問題について有床診の関心は高いが、公的病院では低いことを示していました。またブロック別の内訳を見ると東北、東海がやや認知度高く、東京、関東、北陸、四国が低い傾向でした。
次に助産師の問題について述べます。
助産師は充足していますかという設問に対して、
充足している:266件、
充足していない:315件、
無回答:94件であり、
無回答を除くと過半数が不足との回答でありました。分娩を取り扱っている施設群別に見ると、公的病院では71.7%が充足しているのに比べて、私的病院および有床診では62%が不足と回答していました。公的病院と、有床診療所および私的病院の間に有意差が認められています。これを地域別に見ますと東京、関東、東海、四国が充足率が低い傾向にあり、北海道、北陸、近畿、九州では高い傾向にありました。助産師不足に現実にはどう対処していますかという設問に対して、少ない助産師で何とかやりくりしているという回答に加えて、有床診療所では医師が行っている、あるいは医師と看護師で管理している、という回答が目立ちました。
助産所についての意見もお聞きしました。患者さんのニーズもあるのであっても良い、緊急医療システムに組み入れるべきだ、嘱託医制度を見直すべきなど協調的な意見は多かったのですが、一方問題が多いのでやめるべきだという意見も約30%に見られました。
産科の医事紛争に関する意見を求めましたが、
分娩のリスクを一般の方にによく理解して欲しい:90%、
マスコミが無理解のままゆがんだ報道をする、何とかならないか:60%、
分娩のオープンシステムを充実すべき:43%、
一部の医師には問題があるから指導すべき:28%、
医師1人の診療所での出産を止めるべき:16%
等でした。
産婦人科の将来についての考えを聞いてみたところ、
とても明るい:1.9%、
やや明るい:8.1%、
どちらともいえない:35.3%、
やや暗い:32.6%、
とても暗い:19.7%
となりました。暗い・やや暗いを併せると50%を超えています。それに対して、明るい・やや明るいの合計は10%に過ぎませんでした。施設別に見ると、無床診療所ではやや暗い・暗いを併せると70%を超えており、明るいとの回答は見られず、現実の厳しさが伺えるものでした。その理由として述べられているのは少子化傾向がますます強くなった。産科医の希望者の減少や医事紛争の増加など、いろいろの問題が多すぎる。現状の産科医療はリスクが高くどんなに注意しても医事紛争が避けられないが、これは患者・家族の権利意識の変化、司法関係・マスコミ・行政・他の科の医師の理解不足が助長しているなど時代の流れでやむを得ないが、将来を見据えたシステムを改善し、産婦人科の中でも専門細分化された方向にすすめば生き残れる、がんばりたいなどであった。
後継者(家族・後輩)に勧めるか否かを聞いたのですが、勧めるは17.5%にすぎず、あまり勧めない:43.6%、勧めない:32.1%という結果でした。施設群別内訳をみると、公的病院と無床診の群で勧めないが多いのに対して、私的病院では勧めるが多い傾向にあった。分娩取り扱い群が分娩無し群に比べて勧めるが多い傾向にありました。
産科の現状について考えを聞いてみましたところ、
産科のシステムは曲がり角にある:63.2%、
このままでは産科医のなり手がなくなる:45.7%、
日医・日産婦医会は厚労省に対してもっと強硬にすべき:37.1%、
有床診の規制撤廃には強硬な手段を:30.0%、
時代の流れでなるようにしかならない:26.4%、
日産婦医会は危機的状況にある:22.7%
などでしたが、中にはそれほど心配していない方も6.7%ありました。
日産婦医会としてはどのように対処すべきか。この設問に対し、一番多くの要望は産科医療のおかれている厳しい現状を、広く国民に広報して欲しいというものでした。そして分娩には母児ともにリスクを伴うことを理解して貰うことが、大切であると考える会員が多い。その他、セミオープン,オープンシステムの実現、地域に根ざした新しい産科システムの構築、周産期救急システム、助産師不足の改善を望む声が多くありました。
更に、厚生労働省との交渉に関しては、医療費値上げ、医療法改正などについて、ねばり強くあるいは強硬に交渉して欲しい、有床診を重視して欲しい、日本医師会と協調して将来の展望を持ってがんばれ等であった。
国(厚生労働省)に言いたいことは、少子化対策、次いで産科の有床診を評価して優遇せよでありました。行政に携わる役人に、産科の実情をもっと認知してもらいたいという意見が多くありました。その他、回答を羅列すると、国民のため何がよいか考えよ、周産期医療・産科システムの見直し、オープンシステムの実現、脳性麻痺は国が面倒を見るべきである、助産師・看護師不足、医療費改正、医療法改正などでありました。
以上調査結果を話して参りましたが、この調査を始めた時点で問題であった48時間規制に関して、有床診と病院・無床診療所の間に意識の差が認められ、地域的に見ても中央の東京・関東地区と他の地区の間に温度差があるようでした。助産師の不足は深刻であり、公的病院と私的病院や有床診の間に充足度に大きな差が認められました。オープンシステムに期待する意見は40%に見られました。産科の未来は暗く、後継者に勧める会員は少ない。日産婦医会や厚労省に期待する声は大きいという結果でありました。
その後「良い産院の10カ条」問題や「看護師の内診」問題を通じてますます小規模診療所の産科医療が厳しくなり、日本の産科医療は大きな曲がり角に立たされています。今まで学問や日常診療に没頭し、医業の問題点に目をつぶってきた我々産婦人科医につけが回ってきたのではないか、今や日本の産科医療の為に何が出来るか真剣に考えなければならない時であると思われます。