平成17年9月12日放送
日産婦学会鑑定人推薦委員会の活動について
日本産婦人科医会常務理事 川端 正清
本日は、日産婦学会鑑定人推薦委員会の活動についてご紹介致しますが、その前に、本委員会は最高裁の依頼を受けて設立されましたので、最高裁「医事関係訴訟委員会」設立の経緯をお話しします。
医事関係訴訟の大部分は,医療行為の適否等,医学上の知識や判断を必要とする民事訴訟であり,審理や裁判に際して専門的知識を必要とします。近年,医事関係訴訟の増加はめざましく,平成16年には1,107件にも達しています。訴訟件数の増加に伴い、裁判所にとっては借金とも言うべき未済件数も増加し続けています。
また、医事紛争における裁判では、その審理期間が長く、原告・被告とも負担が多いことが問題となっています。
過去の医事関係訴訟における審理期間を見ますと、平成6年までは平均42ヶ月以上かかっておりました。審理期間は、毎年短縮傾向にあり、平成16年度では27.3ヶ月となりました。しかし、地裁における民事第一審通常事件では平均8.3ヶ月であることを考えますと、医事関係訴訟が専門性が高く、困難な審理であることが伺えます。
医事関係訴訟を,可能な限り合理的な期間内に,適正な解決へと導くことは,訴訟関係者のみならず,社会全体からの要望であるといえます。
医事関係訴訟においては,医学に関連する事項が主たる争点となることが多いため,医学上の知識に乏しい裁判官や代理人弁護士が,扱うには常に困難が伴い,訴訟が長期化する一因となっています。
また,医学的事項について,その時点での医学知識や医療水準を踏まえた適切な判断を行うためには,事案にふさわしい「経験と知識」を有し,かつ,「公正・中立な立場」にある鑑定人による的確な鑑定が必要となります。しかし,鑑定の作業自体に一定の時間を要することはやむを得ないとしても,鑑定人の確保に長期間を費やすことが多くありました。また、適切と思われる鑑定人候補者を特定することができても,依頼すると鑑定を断られる場合が少なくありませんでした。
鑑定人確保のためには,鑑定人を選任する責任を負う各裁判所の工夫や努力にゆだねるだけでは限界があり、迅速かつ円滑に行うための方策が必要であるとの指摘がなされるようになりました。
平成11年頃より、法曹界と医学会は特に鑑定人確保に向けての議論を重ねてきました。
この場では,鑑定人の引受け手が見つからない理由として,医学界側から,例えば,鑑定人に裁判結果が伝えられないこと,鑑定人への対応に問題があることなどが指摘されました。例えば,法廷で鑑定人に人格非難的との印象を抱かせるような質問がされることもあったため,鑑定人に対する配慮が欠けているといった認識が医学界に広がってしまったとの指摘や,このような法廷内外における鑑定人に対する諸々の対応の結果が,鑑定,ひいては医学に対する敬意が欠如しているという印象を与え,その結果,そのように軽視される鑑定であれば,そのために多くの時間と労力を使うことは無意味であるとの意識が医師の間に広まったとの意見も表明されました。
他方,医師の間にも鑑定の必要性・責務についての理解が十分浸透していない点などが指摘されました。法曹界としては,医事関係訴訟の適正な処理のために多大の協力を求められる鑑定人に対し十分な配慮を払う必要性について改めて注意を喚起し,医学界としては,医療の在り方にも重大な影響を与える医事関係訴訟の中で,特に大きな意味を持つ鑑定手続が,医学界にとっても極めて重要なものであることを踏まえ,国民の義務にも近い社会貢献である鑑定の大切さを一層周知徹底させることを,それぞれの基本として事を進めることとした。
そして,医事関係訴訟を合理的期間内に適正な解決へと導くためには,鑑定人確保の困難性を解消することが喫緊の課題となっており,そのために,医学界と法曹界とが協力し,早急に方策を打ち立てることが何よりも重要であるとの認識を共有するに至りました。
日本産婦人科医会の医療安全・紛争対策委員部では、会員や裁判所からの要請を受けて鑑定人推薦業務をしてきましたが、推薦をしてもなかなか受けて貰えず、鑑定人を捜すのに半年以上掛かることもまれではありませんでした。また、鑑定人を引き受けてくださる先生には、更に新たな鑑定人としての業務が重なる傾向は強く、そのため鑑定依頼が何件も重なり、一部の先生方には多大なご負担をお願いすることになりました。このような状況を打破すべく、平成11年には日本産婦人科医会全国の支部にお願いして、鑑定人として相応しい方々を推挙して頂き、平成12年の初頭に医会鑑定人リストが作成されました。その後は、この鑑定人リストを参考に鑑定人推薦を行って参りました。
その後、最高裁の中には、平成13年7月に迅速な審理を目的として「医事関連訴訟委員会」が設立されまして、鑑定人の迅速な確保を目指しております。委員会は13名の委員と3名の特別委員から構成されています。産婦人科からは川名 尚 帝京平成短期大学副学長、木下勝之順天堂大学医学部教授が参加しています。
日産婦学会は最高裁「医事関連訴訟委員会」からの推薦依頼に迅速に対応するため、運営委員会の中に「鑑定人推薦委員会」を作り、医事紛争に係わる社会的付託に応えることとしました。委員は約8名で、従来、医事紛争や鑑定人推薦業務を行ってきた日本産婦人科医会からは3名が参加しています。この委員会では、まず鑑定人を推薦するに当たり基礎資料となる「鑑定人リスト」の整備を行うこととし、リストを作成した経験から、日本産婦人科医会が中心となり、平成15年に、全国の日本産婦人科医会支部からの推薦と、産婦人科の教授、助教授、講師から選出しました。特に、教職にある方々には、鑑定という公的貢献は義務であると考え、強くお願いした次第であります。
この結果、現在236名の鑑定人リストが出来ております。産婦人科における医事紛争は圧倒的に産科が多いため、特に周産期の専門家を多くしています。
さて、実際の最高裁からの鑑定人推薦依頼と、推薦状況についてお話しします。
平成14年5月から平成16年11月までの2年6ヶ月の間に、医事訴訟関係委員会から依頼があったのは、全科で132件、日産婦学会には19件(14.3%)でした。19件の内、1件は妊産婦の低酸素脳症の事案でして、脳神経外科学会に相応しい事案として回答しました。従って、残りの18事案について、鑑定人の推薦を行いました。18事案は、全て周産期の医事紛争です。
事案の内容では、妊産婦死亡は3例、新生児・胎児死亡は5例、新生児脳性麻痺は9例で、その内臍帯脱出によるもの2例、その他1例でした。
鑑定人となった18名の肩書は、教授7名、助教授6名、講師1名、その他4名でした。
18件の内、鑑定推薦を行い第一候補者で決定したのは12件(66.7%)、第二候補者は2件(11.1%)、第3候補者は3件、第4候補者は1件でした。
最高裁の依頼から回答までの期間は平均1.83ヶ月(1ヶ月〜3ヶ月)、依頼から鑑定人選任までの期間は平均3.56ヶ月(1ヶ月〜6ヶ月)でした。
以前、日本産婦人科医会で鑑定人推薦業務を行っていた時には、鑑定人となることを引き受けて下さる医師がなかなか見つからず、それこそたらい回しになり、6ヶ月以上かかることも当たり前でした。しかし、最近では、第1候補者で決定することが多く、依頼から回答までの期間並びに鑑定人選任までの期間が非常に短縮しており、この制度になって、明らかに裁判の迅速化がなされたといえます。
しかし、最高裁が公表している年間の医事関係訴訟件数を見ますと、平成15年では診療科目別新受件数の総数は1,019件、その内産婦人科は137件(13.4%)を占めており、推薦を行ったのが2年半で18件ということを考えますと、ほとんどの事案で裁判所が独自に探し、鑑定人推薦委員会を通るのは1割にも満たないことが推測されます。
鑑定業務は多くの時間を費やし、精神的負担も多いと思いますが、社会貢献の一つと考えて、司法に協力して下さるようお願い申し上げます。鑑定作業を行うに際し、ご不満などございましたら、日産婦学会鑑定人推薦委員会までご一報下さい。最高裁「医事関係訴訟委員会」へ申し入れたく存じます。
鑑定人推薦委員会では、鑑定人を引き受けて下さった会員に深謝申し上げますと共に、学会として何らかの形で評価したいと協議しております。