平成17年10月17日放送
  乳腺超音波検診の展望
  日本産婦人科医会がん対策委員会副委員長 鎌田 正晴


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 この数年間の間に、乳がん検診におけるマンモグラフィの有用性はすっかり認知され、多くの自治体で導入されました。しかし、もう一つの有力な検診手段である、超音波による乳がん検診は、まだ一部に留まっているのが現状です。本日は乳腺超音波検診の現状と展望について述べたいと思います。

 この2年間に乳がん検診は大きく変わりました。すなわち一連のマスコミ報道に対応して、平成15年厚生労働省の「がん検診に関する検討会」が組織され、翌年3月に中間報告が出されました。それを受けて、昨年4月「がん検診指針」が一部改正され、50歳以上の女性が対象だったマンモグラフィ併用検診が、40歳以上の女性に拡大されました。同時に、従来行われていた視触診単独検診が廃止され、それに伴い、30歳代は乳がん検診の対象から外されたわけです。この検討会の中間報告の中で、超音波検診については、30歳代女性の検診の是非とともに、引き続き調査・研究を進める必要があると言及されています。

 検討会の報告は、死亡率減少効果を指標とした「がん検診の有効性評価に関する研究班報告」をベースにしています。すなわち、視触診検診は、”検診による乳がんの死亡率減少効果がないとする相応の根拠がある”とされ、一方、40歳代以上のマンモグラフィ併用検診には、”検診による乳がんの死亡率減少効果があるとする、相応あるいは十分な根拠がある”と評価されています。その中で超音波による乳癌検診は、”評価するだけの根拠がそろっていない”という群に分類されています。すなわち、マンモグラフィ検診の有効性に関しては、欧米における多くの無作為比較試験が報告されていたのに対し、超音波検診に関する無作為比較試験はほとんど報告が無かったからです。
 
 これは、欧米における乳がんは60歳以上の高齢者に多く、また乳腺密度の低い脂肪性乳房が多いために、マンモグラフィ検診の問題点が少ないためと考えられます。一方わが国の乳癌は、乳腺密度の高い40歳代、50歳代に高頻度に発生しています。また、30歳代の乳癌患者も、少ないとはいえ、やはり検診の対象となっている、20歳代の子宮頸癌患者数や40歳代の肺癌女性患者数の約2倍の罹患者数がおり、これは無視できない数字です。すなわちQOLの問題や平均余命を考えると、30歳代の女性に対しても有効な乳がん検診を行う必要があります。このことから乳腺密度の高い症例に対する有効な手段として超音波による検診が議論されてきました。
 
 乳房の構成別、すなわち乳腺の密度を分けて、検診方法による乳癌の検出頻度を検討したKolbらの成績を紹介します。乳腺密度の低い、脂肪性、および乳腺散在乳房の場合は、マンモグラフィの感度は98%および83%と良好ですが、不均一高濃度および高濃度乳房の場合は、それぞれ64%および48%と検出率が極端に悪くなります。一方超音波では、いずれも80%前後の検出率を示し、両者を併用すると、乳腺散在症例では100%の検出率となり、高濃度乳房でも94%と極めて高率に乳癌が発見できることがわかります。岩手県立中央病院の大貫らは、わが国における40歳から69歳までの女性3万人余りを検討し、不均一高濃度および高濃度乳房の割合は43%であったと報告しており、また40歳代では60%を占めるという報告もあります。すなわち、現在乳癌検診の対象となっている女性の約半数、閉経前女性に限れば半数以上の受診者に対して、マンモグラフィ単独での検診は不十分であることを示しており、少なくとも視触診の併用を、出来れば超音波の併用が望まれるわけです。

 先に述べた検討会の中間報告では、平成15年に組織された厚生労働省の研究班「乳がん検診の精度及び効率の向上に関する研究」の基礎資料が活用されました。つまり同研究班の研究成果が今後の乳がん検診の方向性を示すことになると考えられます。結論を先に言いますと、同研究班では、49歳以下に対する超音波併用検診は、救命効果の面から有用であると結論ずけています。
 すなわち、東北大学の栗山らは、超音波検診を行っている7施設の成績をまとめ、超音波検診を49歳以下に導入した場合の、救命効果および効率をシミュレーション分析しました。視触診と超音波の併用検診を逐年で行った場合の感度、特異度、早期癌比率は、それぞれ93.5%、92.9%、81.9%であり、現行の、隔年のマンモグラフィ併用検診の成績を凌ぎ、救命数、および生存年数あたりの費用も855人および129万円と、隔年のマンモグラフィ併用検診の、救命数828人、費用112万円に対し、救命数では上回り、費用効率も許容範囲であるとしています。

 さらに、30歳代の乳癌検診についても、罹患数が無視できないこと、平均余命の長いことから、超音波検診の導入を検討すべきであると提言がなされています。

 実際、茨城県では、30歳代に逐年の視触診・超音波併用検診、40歳から56歳まで逐年の視触診・超音波併用検診プラス隔年のマンモグラフィ、57歳以上65歳まで隔年のマンモグラフィ単独検診と、きめ細かな検診システムが組まれています。また千葉県でも、30歳代に逐年の超音波検診、50歳以上に逐年のマンモグラフィ検診、そして40歳代には超音波とマンモグラフィを交互に実施するとしており、京都市でも30歳代に超音波の隔年検診が導入されるなど、少なくとも30歳代、40歳代の女性に対しては超音波検診が導入される流れであると言えるでしょう。

  超音波の利点は、乳腺密度の高い症例でも乳腺内の観察が可能であることに加え、被爆のないこと、痛みのないこと、手軽で何回でも検査を繰り返せること、マンモグラフィ撮影装置に比べ機器が安価であること、などが挙げられます。逆に、乳がんの重要な所見の一つである微細石灰化の検出能力が劣ること、有所見率が高いことなどの臨床的問題に加え、検査方法や診断基準などの標準化がなされておらず、精度管理が難しいという問題点がありました。

 これらに対しても、平成16年に出された「日本乳腺甲状腺超音波診断会議」のガイドラインに沿って、検査方法や診断基準の標準化の試みがなされ、同時にファントムを用いた精度管理などが検討されるなど、問題解決の努力がなされています。

 医会では、この乳腺超音波検診導入の動きを踏まえて、本年度からマンモグラフィ講習会と併せ、乳腺超音波講習会の開催を予定しております。また日本産婦人科乳癌研究会は、この度学会に改組し、質の高い乳がん検診医の育成を目標に、マンモグラフィ読影のみならず、視触診、超音波などの研修内容を充実させるとともに、認定医制度を策定いたしました。

 女性は産婦人科医による乳癌検診を望んでおり、産婦人科医の参加が受診率の向上に寄与することは多くのデータがあります。産婦人科医にとって、超音波検査は極めて馴染みが深く、いわば得意技です。一般診療所においても高性能の機器が広く普及しており、体表部用のプローブを揃えるだけで、すぐ乳癌検診に参加可能です。
 医会の講習会や日本産婦人科乳癌学会への積極的な参加を通して、乳腺超音波の技術の向上を図り、近い将来導入されるであろう乳腺超音波検診に備えて頂きたいと思います。それが、女性のかかりつけ医として、乳癌検診のもう一つの問題点である、受診率の向上につながり、ひいては女性の乳癌による死亡を減らすことになると考えます。