平成17年12月5日放送
保助看法改正について
日本産婦人科医会医療安全・紛争対策委員会副委員長 石渡 勇
保健師助産師看護師法(以下、保助看法)は昭和23年、全分娩の97%が家庭でおこなわれていた家庭分娩全盛期にできた法律で、助産師が医師法に抵触しないようにするためのものと解釈される。保助看法には分娩監視装置、超音波診断装置、胎児・骨盤レントゲン計測などの進歩・普及により急速に診断技術が向上した現在の産科医療には不具合な部分が多々でてきたと言わざるをえない。一方、社会保障審議会医療部会において平成16年9月より、平成18年改正に向けて、医療安全の視点から医療供給体制の見直しに関する検討が開始された。その中で「医療安全の確保に向けた保助看法等のあり方に関する検討会」が平成17年4月に厚労省医政局内に設置された。委員会は日本医師会、日本看護協会、日本助産師協会、NPO代表、法律家など11名で発足、第7回からはさらに日産婦医会1名・助産師会1名が追加され13名で構成されている。
検討課題は
- 看護師資格を持たない保健師及び助産師の看護業務
- 免許保持者の届出義務
- 助産師、看護師、准看護師、の名称独占
- 行政処分を受けた看護職員に対する再教育
- 助産所の嘱託医師
- 新人看護職員研修
- 産科における看護師等の業務
- 看護記録
- 看護職員の専門性の向上
などである。
このうち、特に産婦人科医療に関連深い検討課題は、助産所の嘱託医師と産科における看護師等の業務である。日本産婦人科医会(以下、医会という)の考え方は日本医師会、日本産婦人科学会、日本病院協会とほぼ一致している。分娩医療機関が激減している現状を踏まえ、安全で安心な周産期医療を提供するために、医会の考え方と検討会でのまとめを、「危機的周産期医療 今 国民が望むこと」と題して報告する。医会の考え方を述べる。
分娩医療機関の消滅は、全国の地元住民に不安を与えている。原因の一つに、看護師の内診問題がある。すなわち、従来、産科医療機関における医師の指示と責任において実施されていた看護師による子宮口開大度・児頭下降度の測定(いわゆる内診の一部)ができなくなったことによる分娩機関の減少である。危機的状況にある周産期医療を改善することが我々の希望である。
1. 保健師助産師看護師法(保助看法)が制定された時代背景とその後の変遷
保助看法は昭和23年に制定された。この頃の分娩場所は家庭分娩(主に;助産師が一人で家庭分娩を取り扱う)が98%の時代で、保助看法は医師から独立して助産師が医師法に抵触しないで分娩介助をできるようにしたものであり、医療機関において医師の指示の下に看護師の診療補助行為としての業務を禁じたものではない。その後、家庭分娩および助産所分娩から医療機関分娩へシフトし、現在は医療機関が分娩の98.8%(病院が52.2%、産科診療所が46.6%)を担っている。
2. 従来の医療機関内における看護師の役割と分娩に関する考え方
医師は医行為として分娩が可能であり、診療の補助行為として看護師に医師の指示と責任において、分娩経過観察の協力をお願いしていた。すなわち、医療機関内にあっては、医師の指示の下に看護師は子宮口開大度・児頭下降度を測定(いわゆる内診)し、医師は産科医療機器などの記録を基に総合的判断を下し、安全な分娩へと導いていた。すなわち、医師・助産師・看護師の協力・連携のもとに、世界第一位の質の高い周産期医療を国民に提供してきた。
3. 厚労省医政局看護課長通知の波紋
看護課長通知が2回にわたりだされた。平成14年11月には看護師の内診による判断を禁止し、平成16年9月には、看護師による内診を禁止するとの通知である。以後、周産期医療は混乱し、現在に至っている。すなわち、助産師を十分確保できていない産科診療所を中心に産科から撤退した分娩機関が数多く出現し、社会的な問題となっている。分娩機関がないことによる住民からの不安の声が殺到している。この10年間に分娩数は3%減少しているが、分娩機関は20%減少している。しかも、最近3年間で診療所だけでも10.3%減少し、減少率は加速している。
4. 産科診療所の役割増加
平成16年より始まった新人医師の卒後臨床研修制度により、地域の中核・総合病院から派遣元の大学へ産婦人科医師の引き上げがあり、ますます、分娩機関が減少している。地域の総合病院での分娩取り扱い中止にともない、産科診療所へ分娩がシフトしてきている。各都道府県において分娩の50%以上を産科診療所が担っている県は、平成4年が15県、平成14年が20県、平成15年が24県と増加している。
5. 少子化対策に暗い影国は「健やか親子21;10年間の国民運動計画」で、妊娠・出産に関する安全性と快適さの確保を目標に掲げている。分娩機関が急速に減少している状況は国の目標とはほど遠く国民に不安を与え、国是とする少子化対策に暗い影を落としている。このまま看護師の内診問題を放置すれば由々しき事態になることは明白である。
6. 助産師の絶対数の不足と偏在および分娩機関の減少
助産師が不足してきた要因は、戦後、家庭分娩から医療機関分娩へとシフトし、助産師がそれほど必要がないとの国の判断もあったと思われる。相次ぐ助産師養成所の閉鎖である。病院には適当数の助産師を置くこととなっているが、診療所には助産師を確保しなければならないとの条文はない。看護課長通知以来、助産師の確保できていない産科診療所は実質分娩を取り扱うことが困難となり、分娩からの撤退に拍車をかけている。現在、分娩の46.6%を担っている産科診療所に就業している助産師は全就業助産師の17.6%に過ぎない。助産師の充足率は25%であり、助産師不足は深刻である。平成16年3月の新規助産師は1343名であるが、診療所に就業したものは僅かに30名(2.2%)である。
助産師が確保できていない機関では、医師自らが分娩経過のほとんどをみなければならない状況で、安全な産科医療を提供するために医師は疲弊している。さらに分娩をやめることになればドミノ倒しの如く、分娩機関は減少し、地域の周産期医療は崩壊、住民は分娩場所が無くなり行き場を失ってしまう。
国民は今安心して身近で分娩できる医療機関を求めている。沖縄では分娩医療機関再開に向けて、住民の総決起集会が開かれている。全国各地で住民の不安の声が上がっている。
今、直ぐにできる対応、国の英断を!助産師確保および養成のために国は種々方策を立てているが、直ぐに解決できる見通しはない。少子化対策に国をあげて取り組まなければならないときに、内診問題によって地域の周産期医療が崩壊に追い込まれるようなことがあってはならない。有資格者である看護師等に一定の条件下での 頸管の開大度と児頭下降度測定 すなわち内診の一部を診療の補助行為として考えるべきであり、今後も保助看法の改正を視野にいれつつ、検討すべきと考える。
厚労省医政局長通知により禁止されていた看護師による静脈注射が、同じく医政局長通知により平成14年、医師の指示の下に看護師も実施できる診療の補助行為の範疇として取り扱うこととなった例もある。内診は静脈注射よりもはるかに侵襲が少ないと考える。従って、少ない人的資源を有効に活用し安全で快適な分娩経過を得るためには医師、助産師、看護師の連携と協調が不可欠であり、この見地からも分娩第T期の経過観察に看護師の関与を認め、医師の管理下での内診の一部(頸管の開大度と児頭下降度の測定)を診療補助行為とみなすことにより、危機的状況にある周産期医療を改善すべく、国の英断を希望するものである。次に、助産所の嘱託医師についての医会の考えを報告する。
助産所における妊婦・新生児の安全確保を図るために医会では「助産所における安全確保のための意見書」を提出した。
助産所に関してはその実態が不明である。産婦人科医会のような事故報告制度もなく、また、保健所の監査もないままの、野放し状態と言っても過言ではない。分娩の最も危険な時期は分娩第U期の後半、胎児娩出時期である。フリースタイル分娩がよいとの意見があるが、分娩監視装置も付けずに胎児時ストレスの状態を判断できるのであろうか日産婦医会では、助産所の安全確保のために協力するものの、緊急に対応するためと言えども、助産所に救急医療が可能な設備を整え、医薬品を常備し、契約の下に医師の遠隔的あるいは包括的指示により救急医療への対応を可能とする方向付けは好ましくないと主張してきた。
助産所における安全確保への医会の協力を列挙する。1. 妊婦の健康診査の実施
助産所で分娩を希望されている妊婦は、リスクのチェックのために少なくとも妊娠中に3回の産科医療機関で産科医による健診を受ける必要がある。健診の実施に協力する。
2. 嘱託医師に関する相談
医療法第19条により、助産所は嘱託医師を定めて置かねばならないと規定されている。安全を確保するためには、産婦人科医が嘱託医師であることが望ましい。医会は嘱託医師の相談に協力する。3. 救急医療が必要になった場合は可及的速やかに、受け入れ可能な医療機関へ搬送できるよう、協力する。また、地域の周産期救急医療システムへの助産所の組み入れに協力する。
医会は助産所の安全確保のために協力することを申しでているが、助産所自身が安全確保に向けて取り組むことが前提である。すなわち、「助産所業務ガイドライン」を遵守することが条件である。助産所が安全に対する意識が低い状態あるいは安全対策が極めて不十分な状況では協力することができない。医会としては、助産所の状況を検証した上で、適切な協力のあり方を今後とも検討したい。と考えている。
最後に、検討会の結論を報告する。看護師の内診問題に関し、意見の統一(合意)が得られなかった。その結果、賛成・反対・慎重論を併記し、医療部会へ答申するとともに公表することとなった。すなわち
- 産科における看護師等の業務については、助産師の確保策を推進する一方で、保助看法のあり方を含めて、別途検討する。
こととなった。従って、看護師の一部内診の解禁は得られていない。現時点では、内診は医師・看護師にお願いしたい。
保助看法の検討会において、医会会員の声を検討会で伝えた。分娩医療機関が消滅したことによる住民の不満と不安の声、助産師を募集しても応募がない状況、その他医師不足、施設不足を示す事例など、47都道府県の支部および会員の先生方から多数の情報をいただいた。厚く感謝申し上げるとともに、医会は、国民に安全で安心な周産期医療を提供するためにも、会員の先生方が安心して医療に専念できる体制を構築するためにも、保助看法の改正も視野に入れた活動を続けていきますので宜しくお願いいたします。