平成9年2月3日放送

21世紀の産婦人科医療

日母産婦人科医会副会長 高橋 克幸

 3年後に2l世紀を迎えますが、これからの産婦人科医療はどのように変るのでしょうか。また、われわれ産婦人科医は、どのように対応して行ったらよいでしょうか。社会が目まぐるしく変化する現在、将来を予測することは、非常に難しいのですが、5年l0年先を想像しながら、諸々のデーターをもとに、これからの産婦人科医療を考えてみましょう。

 産婦人科医療の将来像を想定するとき、基本的に考えておかなければならないことがございます。一つは医療を取り巻く社会、経済、行政の変化とその流れがどの方向に向かっているかということであり、第2は科学、医学の進歩と産婦人科医の対応の仕方であります。

 現在の日本は、ご承知の如く高齢社会であります。65歳以上の老年人口がl994年にはl4%に達しており、2007年には20%になると推定されております。しかも女性が男性の1.4倍になると考えられております。従いまして私共は、更年期以後の婦人を対象とする医療を、領域を拡げて更に積極的に行う必要があります。高齢婦人の有訴率は、男性の1.24ですので、高脂血症、高血圧、骨粗鬆症の予防など2l世紀には初期治療をうける患者が増えてくるでしょうし、産婦人科医も女性内科学の勉強に、更に力を注ぐ必要があります。

 一方、現在は少産少子社会ですが、若年婦人を対象とする思春期医学が進歩しており性教育の社会的必要性も、年々高くなっております。この領域は産婦人科医が主体性を持って活躍する場ですので、学校医、産業医などにも関心を持ち、どんどん進出するように心がけてほしいものです。

 現在医師は、毎年約4,000名ずつ増えております。日医ニュースによりますと、2000年には医師の需要と供給のバランスが逆転し、約9,000人の医師が過剰になると言われております。にもかかわらず産婦人科医は増えておりません。一方産婦人科開業医の平均年齢は高齢化が著しく21世紀に入りますと引退される方が増えますので、実質的には産婦人科医の需要は更に高くなって参ります。地域によっては今後深刻な産婦人科医師の不足現象がおこることは必死です。

 出生数をみますと、平成8年l0月現在、全国平均では前年に比べて100.5%と微かに増えており、むろん地域差はございますが、分娩の減少傾向に歯止めがかかった感がございます。更に厚生省は、来年度より少産少子対策を、国の重点事業として行うことを決めておりますので、産婦人科医にとっては追い風と受け止めてよいでしょう。

 職務別にみると、産婦人科は勤務医増、開業医減というのが現在の姿ですので、資金などの条件が許すなら、情熱を持って開業に飛び込むことも可能です。病診連携を上手に行うならば、2l世紀の産婦人科開業は、きっとよい条件下でおこないうるようになります。

 日本経済は低成長が定着し、国は不健全財政の建て直しのため、医療費の抑制を計画しております。軽い病気の医療費や一部医薬品を保険給付外にすること、健保本人の自己負担率のアップと、保険医の定年制が実施されますと、医療側のみならず、患者も大変な犠牲を強いられることになります。

 2024年から老人人口が減少するというシュミレーションがあります。老人患者を対象として増床した施設では、その時には空床が出来、経営困難になるという予測を某厚生技官は述べていますが、産婦人科医療は、現在いろいろな面で試練を受けていますので、私はこれ以上悪くなる時代は来ないと考えています。その理由は先に述べましたが、その他に癌治療の進歩、遺伝子医療、胎児医療、体外受精などの進歩をあげることが出来ます。

 2l世紀になりますと高度先端医療施設で治療を受けたこれらの患者が、follow up などで一般施設に紹介、依頼される症例が多くなると予想されます。体外受精で妊娠し、分娩を依頼された医師も結構いることでしょう。病院の機能分担化が進み、病診連携が上手に行きますと、現在大学病院を含む高度医療を行う総合病院で行われた医療の一部を、開業医が分担するようになります。例えば癌の化学療法や、あるいは休薬期間で退院した方の管理を開業の先生方が行う、このような機能分担が2l世紀には普及すると考えております。

 更に、低容量ピルが認可され、HRTが普及しますと、婦人のQOLがよくなるだけでなく、婦人科医に益するところも大きいものがあるでしょう。

 保険診療では、原則として患者からの自費徴収(すなわち自由診療)は、一部負担金と特定療養費以外は認められていません。しかし、2l世紀には特定療養費制度の枠が拡大されることや、保険給付を最低不可欠のものに絞って、アメニティ関連のサービスは自己負担とすることなども審議会などで論議されております。将来的には、医師技術料の相当部分も含めて自由診療分は増える可能性が大ですので、自由診療に慣れている産婦人科医には、好ましい医療環境になるのではないでしょうか。

 2l世紀の産婦人科医療に対応するため、私共産婦人科医は、どのような心で望まなければならないでしょうか。(勤務医と開業医では若干異なりますが、表現形が違うだけで、基本的考え方は同じだと思います。)まず、人間性豊かな、患者の立場に立った医療人になり、生涯を通して研修、学習するとが求められます。保身的医療は医療の質の低下に繋がりますし、患者にとっても不利益です。医師間の相互協力体制を確立し、連帯意識をより一層強化し、不当な医事紛争にはその正当性を主張して毅然と立ち向かう。そのためにも、充実した生涯研修を行う必要があります。

 診療領域の拡大については既に述べましたが、2l世紀に増加する在宅医療にも積極的に参加する姿勢が重要です。対象者に女性が圧倒的に多いのですから、このような方々の子宮癌検診、乳ガン検診も含めて、QOLの保持に努めたいし、またそれを主張して行きたいと思います。検診の受診率を上げるためには、老人養護施設の検診なども検討する必要があると思いますし、また可能なら、一次検診の実施主体は開業医が行うのはいかがなものでしょうか。

 2l世紀は、カラードップラー、レーザー機器などの使用が普及することは予想されることですので、これらの高額医療機器のコストイフェクデブな利用、十分に使いこなせるための研修をどうするか、日母を中心に対策を立て、準備に取りかかる必要があります。積極的に技術を取得して、診療に役立てて行きませんと、2l世紀にはおくれをとるDrになりかねません。

 遺伝相談、産褥指導、専門外来としての不妊外来、がん外来、思春期・更年期外来、肥満・やせ外来など、開業医であっても、自分が研究に打ち込んだsubspecialityを生かした特殊外来の設置が可能な筈ですし、2l世紀にはこのような専門外来を時間を決めて行う施設が増えてくることが予想されます。開業予備群である勤務医は、今から計画を温めておかれることをお奨め致します。

 2l世紀の産婦人科の大きな特徴の一つに女性医師の増加があげられます。最近の日産婦学会の入会者の男女の比は、2:1で3人に1人は女性です。

 女性勤務医は男性と異なり、妊娠、出産、育児などによる休暇、家庭や夫による束縛などの他、当直や更衣室の問題、ハードな仕事への対応などで、男性と若干異なる問題がおきてまいります。また、組織の役職により多くの女性医師の登用も考慮しなければならない時になりました。

 2l世紀は女性の時代、女性医学の面でわれわれ産婦人科医がリーダーシップをとって、女性の包括健康管理と医療を実施するなら、2l世紀は産婦人科にとってよい時代となると信じております。