平成9年3月3日放送

産婦人科汎用医薬品「使用上の注意」パンフレットについて

日母産婦人科医会常務理事 市川 尚

 本年1月に産婦人科汎用医薬品「使用上の注意」パンフレットを日母会員全員に配布致しました。このパンフレット集作成については日母医事紛争対策部の平成8年度事業計画によるものでした。薬剤を用いる治療では必要な薬効をもった薬剤が選択されるが、同時にその薬剤の副作用や、他の薬剤との相互作用などについても、正しく把握したうえで治療行為か行われなければならないことは当然であります。しかしご承知のように平成7年4月1日にPL法が施行されて以来、製薬会社も自衛的な立場から、又厚生省もより細やかな記載をするよう指導をしているためもあって、各薬剤の「使用上の注意」の改訂が相次いで行われています。慣用薬剤であっても、今一度読み直しが必要と思われますし、患者側も使用にあたって医師の説明不足を訴える傾向も強くなっています。

 PL法のもとでの薬剤治療では、薬剤名と薬効のみでなく、最新の副作用情報を含めたインフォームド・コンセントが今まで以上に必要と考えられます。

 中でも子宮収縮剤(オキシトシン・プロスタグランディン・ゲメプロスト等)や排卵誘発剤(HMG・HCG等)ダナゾール等最近2年間の間に使用上の注意が社会的関心の高まりのなかで度重なって改訂されました。このように改訂が度重なると、実際に「使用上の注意」がどの様に改訂されたのか、どのような追加がなされたのか、禁忌になっているのはどのようなことか、慎重投与事項は何か等、常に覚えていることは不可能に近い事です。しかしこれ等のことを気付かなかったでは済まされないことがあります。

 昨年の1月の最高裁第三小法廷の判決を思い出していただきたい。これは虫垂炎麻酔事故訴訟でのものであります。この訴訟は一、二審ともに医師側に過失はないとして原告側が敗訴していたものです。最高裁の判決は「医師が医薬品に添付された注意事項に従わず、それによって事故が起こった場合には、特段の合理的理由がない限り医師の過失が推定される」と判断を示しました。この事例は腰椎麻酔後の血圧測定を平均的医師が行っているのと同様に5分間に1回測定していたが急速な血圧低下に伴いショックをおこし、後遺症を残した事例でありますが、ペルカミンSの添付文書には、麻酔後安定するまでは2分間に1回の血圧測定と書かれていました。判決では「平均的医師が現に行っている医療慣行は必ずしも医師の注意義務の基準とはならない」とするものであり、使用上の注意をより厳格に守ることを求められたほか、医薬品の添付文書よりもこれ迄は医療慣行が重視されてきた医療現場に大きな問題点を投げられたと言えるでしょう。

 今回のこの判決によって今後はさらに添付文書の重みが増すことが予想されます。1昨年7月のPL法とも関連して医薬品の使用上の注意が続々と改訂されているわけであります。さらにマスコミを中心として、医薬品の副作用情報が大きく取り上げられており、その上、被害者の会等、市民の情報提供も拡大の一途であります。

 改訂されていく添付文書では、赤枠に囲まれて警告として重要事項が示されていたり、副作用を明示する言葉も「副詞なし」なら5%以上、「ときに」なら0.1〜5%未満のとき等その頻度も明示されて後々問題にされるような表現になっています。

 「使用上の注意」に記載されていることを守らないことが医師の責任であるとされるならば、我々は常に使用頻度の多い薬剤については、その薬剤の添付文書の「使用上の注意」はよく理解しておくことが求められます。

 また自らへの注意だけでなく、指導的立場にあっては、これ等の注意のうえにも、似た薬剤の取り違え、誤投与の無い様に、キメ細かな監督が求められることも留意したいものです。

 今回刊行した産婦人科汎用医薬品の「使用上の注意」パンフレットはこのような必要性から作成したものであります。諸先生方が使用され易い様に、適宜に組み替えていただける様に、加除式にしてあります

 掲載薬剤の記事事項に改訂の必要性が生じました際には、当該薬剤の分だけ改訂しますので宜しくお差し替え下さい。

 今回昨年12月にゲメプロスト腟剤、即ちプレグランディン膣錠の使用上の注意が改訂されましたので、早速に本年2月号の日母医報と共に改訂版を一枚作成し、送付しましたので差し替えていただきたいと思っております。今後も改訂のたび、また新たに収載頂く薬剤のパンフレットができました際には、その薬剤の分だけお送り致しますので、ファイリングの上ご利用下さい。

今回は子宮収縮剤として、オキシトシン、PGF2α、PGE2、プレグランディン腟錠を収載しました。頸管熟化剤のDHA−S製剤、ウテメリンの塩酸リトドリン、ズファジランの塩酸イソクシプリン等の子宮収縮抑制剤、メテルギン等のマレイン酸エルゴメトリン、ダナゾール、Gn−RH誘導体製剤の酢酸ブセレリン点鼻薬も収載しました。

 又ホルモン製剤として、エストロゲン製剤、プロゲステロン製剤、クエン酸クロミフェン、メシル酸ブロモクリプチンの他、HMG、HCG製剤を加えました。

 他に抗生物質のセフェム系製剤とペニシリン系抗生物質を収載致しました。

 内容は添付文書のなかから抜粋して一般的注意、禁忌、相互作用、重大な副作用、その他の副作用、用法、妊婦への注意、その他参考事項等を一薬剤一枚のなかにまとめてあります。あくまで「使用上の注意」の中から重要なことは抜枠していれてありますが、詳細は添付文書を参照して下さい。禁忌は赤枠、赤字で、重要な事項は赤字で目立つようにしてあります。

 このパンフレット集の利用は診療机の上に置かれ、外来患者、入際患者の診療の際、説明などにも役立てて頂ければ幸いです。

 昨年2月に高松高裁で退院時に投与した薬に“稀でも重大な副作用”があることを主治医が患者に伝えなかったのは情報提供義務を怠ったとして、一審判決を覆して治療にあたった高知医大を運営する国に支払いを命じる判決を下しました。骨髄腫の手術後、抗痙攣剤のアレビアチンを投与し、全身に発赤疹が出現、服用中止が遅れたため中毒性表皮融解壊死症により死亡した事例でありました。アレビアチンの添付文書には重大な副作用ではあるが「まれに」しか起きないとあります。しかし判決文では、薬剤を投与するときは、「少なくとも薬剤を投与する目的や、その具体的効果と、その副作用がもたらす危険性についての説明をすべきことは、診療を依頼された医師としての義務に含まれるというべきである」とした上でさらに「副作用の発生率が極めて低い場合であっても、重大な結果を招来する危険性がある以上は予め患者に説明し、理解と納得を得ることが、患者の自己決定権に由来する説明義務」であるとしました。

 これはかなり厳しい判決でありますが、今後薬剤の使用の上での患者への情報提供が欠かせないことを理解し、努力することも必要になったようであります。