本日は流産の管理についてお話いたします。
流産とは、児が体外生存が不可能な時期における妊娠の終結を意味しており、1993年より妊娠22週未満と定義されています。そして、妊娠12週未満の早期流産と 12週以降の後期流産に分けられます。
臨床的に診断された妊娠の 約15%が自然流産に終わり、早期流産が13%、後期流産が1.5%といわれています。流産を連続して3回以上繰り返した場合には、習慣流産と呼びますが、連続2回流産する確率は2.3%、3回連続する確率は0.3%と計算されます。したがって、早期流産2回までであれば単に偶然が重なっただけと考えられますが、連続して3回以上繰り返した場合には、偶然だけでは説明できないので、何らかの原因があると思われます。しかし、後期流産は1.5%に過ぎないため、後期流産の場合は、2回繰り返せば特別な原因があると考えるべきでしょう。
流産の原因は、教科書的には極めて多岐にわたっています。しかし、可能性が推測されているのみで、実証されていないものも沢山あり、臨床において 個々の流産の原因を明確に診断することは困難です。なお、早期流産は胎児側の原因によることが多いのに対し、後期流産は 主に母体側の原因と考えられ、早産と共通の部分が多いといえます。
早期流産の最大の原因は胎児の染色体異常です。早期流産の胎児あるいは絨毛の染色体検査を行うと、その60%に染色体異常が認めらます。しかし、妊娠初期には染色体分析が困難な場合も多く、染色体異常の頻度は実際にはさらに高い可能性があります。基本的には、胎児側因子による流産の予防法はないので、早期流産の6割以上、おそらく9割程度が予防も治療も不可能と考えられます。染色体異常の発生率は 加齢とともに増加するため、当然高齢になるほど流産率は増加します。また、夫婦のいずれかに染色体異常がある場合には、必然的に流産の確率は高くなります。
なお、胎児の染色体異常と説明すると、患者さんは自分あるいは夫に染色体異常があるものと誤解することがあります。正常な全ての夫婦においても、相当数の胎児染色体異常が 日常的に起こっており、その多くが流産として出生前に淘汰されることを意味しており、これが流産を考える上での重要な点です。
内分泌異常と流産の関連は 昔から指摘されていますが、その代表である黄体機能不全が流産を引き起こすか否かについては、未だ結論が得られていません。早期流産において、hCGやプロゲステロンの低下が認められることがあります。これが流産の原因なのか、結果なのかは議論の多いところですが、胎児死亡の二次的変化として、これらホルモンの低下が起こると考えるのが妥当でしょう。したがって、現在では妊娠と診断されてからのホルモン療法のメリットは否定的です。
その他、甲状腺機能異常や糖尿病などの内分泌疾患と 流産の関連が指摘されています。これらの機能異常を、妊娠前または妊娠初期より良好にコントロールすれば、健常群との間に流産率に差はないといわれています。
近年、免疫異常と流産の関係が注目されています。妊娠は一種の同種移植であることから、何らかの免疫異常が流産と関連しているだろうという想像は容易に生まれます。以前はHLAのタイプが類似しているものに流産が多いといわれ、そのような患者に夫のリンパ球を輸血する 免疫療法が行われました。しかし、最近では HLAは無関係であるとの見解が主流となっており、遮断抗体の認められない、原因不明の習慣流産患者のみが 免疫療法の適応と考えられています。大規模な調査の結果、そのような適応症例の中でも、ほんとうに効果のあるものは 8%に過ぎないことが判明しています。
SLE患者に流早産、子宮内胎児死亡が多いことから、自己免疫疾患と妊娠の関連が 1960年代より推測されてきました。そして、習慣流産患者の自己抗体陽性頻度が2,30%と高率であることが判明し、自己抗体と流産の関連が注目されるようになりました。現在、流産との関連が示唆されている自己抗体には、抗核抗体や抗リン脂質抗体などがあります。しかし、自己抗体が流産の原因であるのか、結果であるのかの結論は 未だ得られていません。なお、自己抗体陽性の習慣流産患者の管理については 幾つかの意見がありますが、3回以上の流早産患者では、低用量アスピリンやステロイド療法により、流産や子宮内胎児発育遅延が回避できることが多いといわれています。
感染や頚管無力症、子宮奇形、子宮筋腫、多胎妊娠などは、主に後期流産や早産の原因になります。
流産との関連について報告されている病原微生物には 様々なものがあります。しかし一部の例外を除いて 特定の細菌やウィルスと流産の因果関係は乏しいと考えられています。近年、妊娠15週以降の流早産に、高い頻度で絨毛羊膜炎が合併することが指摘されています。細菌性腟症などの炎症性疾患のために、腟の自浄作用が障害され、腟内常在菌を含む各種病原体による上行性感染が成立し、その結果 炎症性の子宮収縮が誘発されると考えられています。
頚管無力症は後期流産の約20%を占めるといわれており、明らかな子宮収縮がないのに 頚管が開大し、流早産へと進行します
子宮奇形は、習慣流産患者の10%前後に認められ、後期流産や早産の原因として考えられていますが、早期流産を繰り返す場合もあります
子宮筋腫は、発生する部位、数、大きさにより妊娠に及ぼす影響が異なります。習慣流産患者と一般の妊婦の筋腫合併の頻度には差がなく、個々の症例において、筋腫の影響を評価することは容易ではありません。
以上、流産の主な原因についてお話しましたが、必ずしも原因として全てが証明されたものではありません。初めて早期流産を経験した患者さんから「どうして流産してしまったのでしょうか?」と質問された場合、「原因は不明ですが、偶然に起こった染色体異常などの 胎児側の異常による可能性が最も高く、もしそうであるなら自然淘汰といえます。」と答えるしかありません。流産の原因の中で最も大きな、そして唯一明らかな原因は、偶然に生じた胎児の染色体異常です。たった一度の早期流産だけで、「子宮筋腫が原因でしょう」とか、「免疫がおかしいので免疫療法をしましょう」など、軽はずみに言うべきではありません。
次に診断のポイントについて 簡単にお話します。超音波診断装置、特に経腟エコーにより、子宮内のGS すなわち胎嚢の有無と、胎芽あるいは胎児の心拍動の有無を確認することが 早期流産の診断の中心であり、予後を判定するための最も良い指標となります。hCGなどのホルモン測定は、超音波検査ほど確実性がないため、補助的な検査法といえますが、流産後の経過観察において、子宮外妊娠や絨毛遺残などの診断に非常に有用です。
経腟超音波を用いた場合、妊娠4週中頃より 子宮内にGSを認めるようになります。ただし、直径が2mm程度の小さいものは GSでない可能性もあり、直径が4mm以上になり、内部に卵黄嚢が認められた場合にGSと確定診断されます。妊娠5週中頃から6週前半に 胎児の心拍動が検出されるようになります。
子宮内にGSが見える時期になっても それを確認できない時は、子宮外妊娠を疑わなければなりません。子宮内にGSが確認でき、胎芽も認められるものの、心拍動が確認できない時は、すでに胎芽は死亡していると診断されます。ただし心拍動が無いと診断するためには、プローブの向きを変えて多方面から胎児を観察し、場合によっては数日後に再検査を行うなど、慎重な態度が必要です。GSや心拍動の検出時期は、使用する装置の性能や 患者側の条件によって前後します。さらに診断にあたっては、妊娠週数が正しいかを常に念頭におく必要があります。
妊娠週数が進んだ場合の切迫流産の診断では、経腟超音波による頚管の短縮と内子宮口の開大の有無、頚管や絨毛膜・羊膜の感染の有無、破水の有無、さらに子宮収縮の程度を検索する必要があります。
最後に切迫流産の治療ですが、性器出血や下腹部痛などの症状があり、胎児の生存が確認されている場合の管理の基本は、安静と子宮収縮の抑制です。原因が特定できれば、可能ならそれに対する治療を行います。例えば、絨毛羊膜炎があるなら、起炎菌を検索して、感受性のある抗生剤を投与します。詳細は、次回放送の早産の管理を参考にしてください。