平成9年10月6日放送

新生児スクリーニング実施20周年記念大会より

杏林大・東京総合医学研究所教授 成瀬 浩

 平成9年9月18-20日、新生児スクリーニング実施20周年記念大会が、東京の京王プラザホテルで開催されました。日本マス・スクリーニング学会坂元正一理事長が会長をつとめ、同学会、日本ウエルネス協会主催、厚生省、日本学術会議、日本医師会、日本母性保護産婦人科医会、その他約20の学術団体、知的障害者の家族会である、手をつなぐ育成会などの後援で行われました。国際新生児スクリーニング学会も、共催団体として協力してくれました。

 本来、第25回日本マス・スクリーニング学会 年次大会の予定でしたが、新生児スクリーニングの全国実施を開始して、丁度20年経過したので、今までの経過を総括し、今後の問題点を整理し、よりよい新生児スクリーニング体制を目指して、20周年記念大会を行う事としました。

 日本マス・スクリーニング学会会員の他にも、日本母性保護産婦人科医会の各支部の先生方、新生児スクリーニング研究を開始した頃、種々お世話に成った先輩方などのご参加頂き盛会でした。

 19日夕方には、秋篠宮殿下、同妃殿下、のご臨席をえて式典が行われました。秋篠宮殿下、厚生大臣、日本医師会長、国際新生児スクリーニング学会名誉会長Bickel博士などの祝辞を頂来ました。Bickel博士は、PKUの治療という偉業を成し遂げた方で、わざわざこの大会のために来日されました。

 今日は、この大会の特別講演。シンポジウムなどをご紹介したいと思います。第一の特別講演は、日本の新生児スクリーニングの歴史と現状で、私報告させていただきました。

 日本の新生児スクリーニングは、日本母性保護医協会の前会長の、故森山豊先生を中心とした人たちの努力で、10年余の長い苦労が実を結び、昭和52年10月から、正式に厚生省の事業として、金国実施が開始されました。この間、新生児スクリーニングの方法を開発した、故ガスリー博士の強力な援助があったことも重要でした。

 日本では、現在、厚生省により、新生児から、ガスリー法で、濾紙上に採取した血液を用い、PKu、クレチン症(正式には、先天性甲状腺機能低下症)、先天性副腎過形成症、ガラクトース血症、ホモシスチン尿症、メイプルシロップ尿症の6種類の疾患が全国新生児スクリーニングの対象と定められて居ります。

 産科医或いは新生児科の方々のご努力で、日本では100%の新生児が新生児スクリーニングテストを受けて居ます。厚生省母子保健課の統計では、平成7年度末で、PKU315名、、クレチン症4,214名、先天性副腎過形成症592名、ガラクトース血症647名、ホモシスチン尿症147名、メイプルシロップ尿症56名、含計5,972名の患者が発見され、早期治療を受け、殆ど全員が、順調に成長して居ります。初期に発見された方々は、もうすぐ成人になり、大学に入ったり、職業についたりしているとのことです。最近は、毎年、約600名の患者が発見されております。日本では、発見もれが、世界でもっとも少ない事も報告し、この背後にある我が国の新生児スクリーニングの特徴を分析しました。

 私の次の特別講演者は、アメリカのLevy博士でした。博士はmaternal PKUの研究で世界的に知られた方です。ご承知のように、女子のPKU患者が、血中phenyalaninが高いまま妊娠すれば、子供は、全く、治療が出来ない、知的障害、小頭症、心臓奇形などを伴う、maternal PKUとなることが、知られて居ます。

 我が国で発見されたPKUの患者さんも、昭和52年に発見された方々が、もうすぐ20才です。女性なら結婚適齢期でしょう。全国実施以後、早期治療を受けたPKU患者はどんどん数が増えます。全国実施後、昭和55年度までに発見された方は、厚生省の統計では、56名おります。この中には、古典的PKUでない方もふくまれますが、大半はmaternal PKUを生む可能性が大です。このmaternal PKUをふせぐのは、国に取って大切な事と成りました。この為、Levy博士にお出で頂きました。

 彼らの世界全体に関しての研究調査では、出来れば妊娠前、遅くても、受精後6週目までに食事療法を開始して、血中Pheを、2−8mg/dlにコントロールすれば、全く正常な出産が期待できるとのことでした。古典的PKUのみでなく、高Phe血症といわれるケースでも血中Pheが、6.5mg/dlを越える場合は、必ず食事療法を勧めるようにとのことでした。彼らの世界的な研究データーを参考に日本でも、産科医、治療を受け持つ小児科医などの密接な協力の下に、体系的な対策が必要であることを痛感しました。Levy博土は、妊婦の代謝異常、内分泌異常が胎児に及ぼす影響を研究しており、この観点から日本の一部地域で行われている、母体の甲状腺機能の検査の重要牲を強調していました。

 次の特別講演者は、熊本大学小児科の松田教授でした。スクリーニングと倫理の問題に触れられ、検査をうける赤ちゃんの家族者あるいは治療を受ける患者家族に、正しく、適切な情報を与えることが、如何に大切かを強調されました。この大会をきっかけに、日本マス・スクリーニング学会として、一般の方向けに、新生児スクリーニングを正しく説明するVIDEOを、来年中頃までに作ることを決めました。これが将来産科の先生方或いは、保健所の教育などに使用されると良いと思います。

 このほかの特別講演としては、有名なSwedenのKarolinnska大学のLarsson教授の今後の新生児スクリーニング発展の可能性についてのお話がありました。

 また、世界各国の重要な方々による、世界の新生児スクリーニングの状況のシンポジウムもありました。この中で、Denmarkの有名なB.Norgarrd-Petersenn教授が、新生児スクリーニングのみでなく、toxoplasmaの新生児スクリーニング、あるいは、ダウン症のprenatal screeningについての報告もありました。

 また、このシンポジウムの中で中国の現状も報告されました。中国では新生児スクリーニングの実施は、法律では決まっても、現実には、まだ赤ちゃんの2%以下の採血率で、しかも、問題が多いようです。是非、我が国としても、何らかの援助をすぺきだと感じました。

 また、別のシンポジウムとして、我が国の専門家による、日本の新生児スクリーニングの問題点についてのシンポジウムが行われました。現在の不備な点はなにか、それをどう改善するかという点、また新生児期のみでなく、他の年齢期でのスクリーニングを拡張する可能性と言うテーマなどが議諭されました。

 我が国の新生児スクリーニングの一つの問題点は、自治体によっては、産科医、小児科医、新生児スクリーニング検査施設、地域保健関係者・行政当局などの協議体制が、外国に比ベて、まだ不十分で有ることが討議されました。この状態を改善するため、学会として、新生児スクリーニング体制に関するガイドライン作りを目指すことが決められております。各地で、新生児スクリーニング関係者と、日本母性保護産婦人科医会との協力体制が改善される方向を目指したいと思います。

 以上、簡単ですが、この大会の討議の一部を報告させて頂きました。

 最後に、今回の記念大会をご援助いただいた日本母性保護産婦人科医会、おぎやー献金基金に心から感謝致します。