平成9年10月20日放送

低容量ピル

日母産婦人科医会幹事 田辺 清男

 本日は、低用量ピルの認可に関する我国における、現在までの経過について、お話致したいたいと存じます。

 経口避妊薬(ピル)の我国の認可の動きは1960年代にもございましたが、より安全性の高い低用量ピルの認可に関しましては、1985年の9月から1986年1月の間に、日本母性保護医協会を始め、日本産科婦人科学会、日本医師会、日本家族計画連盟が厚生省に提出した、低用量ピル認可のための要望書に端を発しています。

 これを受け1986年2月には厚生省に、「経口避妊薬の医学的評価に関する研究班」が発足し、同年12月に報告書を提出するまで、11回もの研究会が開催されました。1987年4月には、「経口避妊薬の臨床評価方法に関するガイドライン」が公表され、これにしたがって、国内のメーカー9社が、低用量ピルの治験を開始致しました。

 ヤンセン協和は、第一世代のプロゲストーゲンであるノルエチステロンを含有する1相性製剤と3相性製剤を、第一製薬と日本シンテックス、これは現在の日本モンサントですが、この両社は、同じくノルエチステロンを用いた、ヤンセン協和とは異なるタイプの1相性製剤と3相性製剤の治験を行いました。また、明治製菓は、ノルエチステロンを含有する2相性製剤を、帝国臓器製薬、日本ワイス、日本シェーリング、山之内製薬は、第2世代のプロゲストーゲンであるレボノルゲストレルを含有する3相性製剤の治験を行いました。一方、日本オルガノンは、第3世代のプロゲストーゲンのデソゲストレルを含有する1相性製剤の治験を行いました。

 これらの治験は全社を合わせると5000人以上の婦人を対象に行われ、得られた7万周期を超える成績によれば、避妊に失敗した症例は極僅かで、ほとんどの製剤で避妊効果は99%以上と非常に高い避妊効果が得られています。大きな問題もほとんど無く、各社共自社製剤の成績を基に、1990年7月より、厚生省へ申請が行われました。

 各社の成績が出そろい、1992年中には低用量ピルは認可されるものと予測されていました。しかし、1992年の3月に厚生省は、「公衆衛生上の見地」すなわち、「ピルを認可するとエイズが蔓延するのではないか」とのことで、認可を先送りすることを急遽発表し、その後認可は凍結の道のりを辿ることとなりました。凍結が続く中、1993年の5月には日産婦、日母、日本家族計画連盟、日本家族計画協会の4団体が、「低用量経口避妊薬の早期認可に関する要望書」を厚生大臣に提出しました。

 その後もしばらく凍結は続いていましたが、1995年になると厚生省内で本格的な検討が始まり、9月には配合剤調査会も開催され、特別部会に移行するものと考えられていました。しかしながら10月18日に、英国の医薬品安全性委員会は、「デソゲストレルやゲストーデン等の第3世代のプロゲストーゲンを含有する低用量ピルを使用すると、静脈血栓症の発現頻度が第2世代のプロゲストーゲンを含有する製剤の約2倍になる」とのことで、この製剤の使用に制限を設けることを発表しました。これを受けて、我国でも事実関係を確認するため、特別部会への上程は見送られてしまいました。

 イギリスの勧告は、発表当時は未公表のデータに基づくものであったため批判を浴びましたが、12月には、その基となった疫学調査結果がLancet誌に掲載されました。その後ドイツ、ノルウェー、ニュージーランド等では、イギリスと同様の措置を当局がとり、また、マスコミの報道も相まって、パニックが生じたと聞いております。

 なお、この問題については、調査内容にバイアスがかかっていたのではないかとか、第3世代のプロゲストーゲンを含有する製剤は、血液凝固第」因子や第ォ因子を抑制する働きのある活性化プロテインCに対する抵抗性を高めて血液凝固を促進させるとか、いろいろな情報が飛び交っています。いずれにしても、1997年、今年の11月上旬には、スイスのジュネーブで「経口避妊薬と心血管系障害に関するミーティング」が開催され、その後の調査結果が発表されるものと思われます。

 話は戻りますが、1996年6月には、日産婦、日母、日本不妊学会、日本母性衛生学会、日本思春期学会、日本性感染症学会、日本家族計画協会の7団体は、再度厚生大臣に「低用量経口避妊薬の使用に関する要望書」を提出し、また、メーカーも服用者向けの小冊子を作成する等認可に向けて動いてまいりました。さらに日産婦、日母、日本不妊学会、日本性感染症学会、日本家族計画協会、日本エイズ学会の6団体は、「低用量経口避妊薬の使用に関するガイドライン」の作成のための検討委員会を発足させました。この様な動きの中、1996年7月には、当時の厚生大臣であった菅直人氏が、1997年中の低用量ピルの認可の可能性を記者会見で発表しました。更に、1996年11月には配合剤調査会を通過、審議の場が特別部会へ上がることとなり、認可の兆しが見えてまいりました。

 しかしながら、1997年になるとHIV感染の問題が再度テーマとなり、特別部会で低用量ピルのHIV感染症等の性感染症の拡大に与える影響について、厚生省の諮問機関である公衆衛生審議会に意見を求めることとなりました。公衆衛生審議会では、3月、5月、6月の3回に渡って審議され、6月26日には、「低用量ピルの使用・普及が性感染症の拡大に影響を与える恐れがあるので、大規模な啓発普及活動などにより、コンドームの使用等による予防対策の必要性の周知を図る必要がある」との回答が出されました。

 また厚生省は、配合剤調査会、特別部会等での審議経過や主要資料を公表し、一般国民からの意見を、インターネット等を活用し、聴取することも考えているようです。

 この間にも、超党派議員による早期認可の要望が5月に提出され、また日母と日産婦からの再度の要望書、並びに日本家族計画連盟からの要望書が厚生大臣宛に、それぞれ6月に提出されています。

 そして、つい先日行われた8月12日の特別部会では、「市販後調査の際のSTD検査の明確化、専門知識のあるドクターによるピルの処方の重要性を服用者へ周知する件」などが懸案となり、継続審議となっております。 次回の特別部会は10月28日に行われる予定です。まだまだ、乗り越えなければならないハードルはいくつかあるかもしれません。しかしながら、あくまでもこれは私の考えですが、ピルでSTDを防ぐことは当然ながらできません。しかし、ピルとSTDは全く次元の異なる問題であり、STDに感染するような交際をしないことがまず第1で、どうしてもそのような危険のある交渉を持ちたいのならコンドームしかありません。心配のないパートナーとの間での交渉で、完全な避妊を希望するならピルの方がより良い方法であり、コンドームでは失敗が全く無いとは言えません。そろそろ、望まない妊娠を女性自身の意志で防ぐことが可能な低用量ピルを、女性の避妊法の選択肢として組み入れてもいい時期にきているのではないでしょうか?

 以上、低用量ピルの現在までの経過について本日はお話致しました。