日本産婦人科医会先天異常委員会委員
神奈川県立こども医療センター周産期医療部産婦人科部長
山中 美智子
【はじめに】「まさか妊娠しているとは思わなかったから薬を飲んでしまった!」 とか
「妊娠中と断ってお医者さんに行ったら薬を処方された。本当に飲んでも大丈夫かしら?」
という体験をしたことはありませんか?確かに妊娠中の薬剤服用に関しては慎重にしたいものですが,でも多くの薬剤は心配ないものが多いのです。正しい知識をもって,必要な薬はきちんと服用するようにすることが大切です。【妊娠週数の数え方】
赤ちゃんに対する薬剤の影響は妊娠時期によって異なるので,まずは正しい妊娠週数の数え方を知ることが必要です。
妊娠時期を表すのには「週数」が用いられます。最終月経の開始日を0週0日として,「X週Y日」というふうに計算します。分娩予定日は「妊娠40週0日」になります。実際に妊娠が成立するのは最終月経の後の排卵の時(最終月経開始日から2週0日)なので,実は「妊娠1週6日」までは妊娠も成立してません。この方法は月経周期が28日型(月経の開始日から次の開始日までが28日)の人を基本に数えています。月経周期が28日型よりも長い人は,排卵日が「2週0日」よりも後になっていると考えられるため,妊娠初期の超音波像などから予定日を修正されることもあります。【妊娠時期による胎児への影響】
赤ちゃんに対する薬剤の影響は表に示すように妊娠のどの時期に薬剤を服用したかにより異なります(表1)。ただし妊娠週数は前述のように最終月経からの算定とずれこともあり,残留性(体内に長く残る)のある薬剤もあるので,それらの点に留意する必要があります。
表1 妊娠の各時期による薬剤の影響の変化
妊娠の各時期 薬剤の影響 妊娠4週未満 まだ胎児の器官形成は開始されておらず,母体薬剤投与の影響を受けた受精卵は,着床しなかったり,流産してしまったり,あるいは完全に修復されるかのいずれかである。ただし,残留性のある薬剤の場合は要注意である。 妊娠4週から7週まで 胎児の体の原器が作られる器官形成期であり,奇形を起こすかどうかという意味では最も過敏性が高い「絶対過敏期」である。この時期には本人も妊娠していることに気づいていないことも多い。 妊娠8週から15週まで 胎児の重要な器管の形成は終わり,奇形を起こすという意味での過敏期を過ぎてその感受性が低下する時期。一部では分化などが続いているため,奇形を起こす心配がなくなるわけではない。 妊娠16週から分娩まで 胎児に奇形を起こすことが問題となることはないが,多くの薬剤は胎盤を通過して,胎児に移行する。胎児発育の抑制,胎児の機能的発育への影響,子宮内胎児死亡,分娩直後の新生児の適応障害や胎盤からの薬剤が急になくなることによる離脱障害が問題となる。 授乳期 多くの薬剤が母乳中に移行する。児には消化管を通しての吸収に変わる。 * 妊娠週数については,最終月経からの計算ではずれが生じる可能性に留意する必要がある。
【服薬の前に】
薬を飲む前にまずは自分の体のサイクルに目を向けてみましょう。最後の月経はいつからでしたか?本当に妊娠している可能性はありませんか?あるいはまた,なぜその薬を飲む必要があるのでしょう?
妊娠中に服用すると危険な薬というのは実際にはそれほど多いものではありません。是非とも避けて欲しい薬剤,かなり慎重に考えたい薬剤を表にまとめました(表2)。これらの薬剤であっても,直ちに赤ちゃんに大変危険とは限りません。特に何かの病気があってその治療のために薬を常用している人は,自己判断で薬を中断してしまうとかえって赤ちゃんにも危険を及ぼすことがあります。たとえばてんかんや甲状腺疾患に罹っている女性が妊娠した場合,抗けいれん剤や抗甲状腺剤には胎児への奇形性が報告されているものもありますが,もともとの病気のコントロールすることが妊娠の維持には重要です。複数の薬を用いている人は種類を減らしたり,より安全性の高いものに変更するなどの工夫をすることで,危険性を減らすことができます。これから妊娠を考えている人は,勇気を持って主治医と相談してみましょう。また周囲の家族の人にうまく説明できなくて,お薬を飲むことへの理解が得られないときには,主治医に家族へも説明して貰えるように相談してみるのもよいでしょう。表2
妊娠にあたって是非とも避けたい薬剤 慎重に使いたい主な薬剤
- 抗菌薬・抗ウイルス剤
リバビリン,キニーネ- 抗高脂血症薬
プラバスタチン,シンバスタチンなど- 抗ガン剤
- 麻薬
- 睡眠薬
フルラゼパム,トリアゾラムなど- 抗潰瘍薬
ミソプロストール- 抗凝固薬
ワーファリン- ホルモン剤
ダナゾール,女性ホルモン- ワクチン類
麻疹ワクチン,おたふくかぜワクチン,風疹ワクチンなど- その他
エルゴメトリン,ビタミンAなど
- 抗菌薬・抗ウイルス剤
アミノグリコシド系,テトラサイクリン系- 降圧剤
βブロッカー,ACE 阻害剤,アンギオテンシン II受容体阻害剤など- 抗けいれん剤
フェニトイン,フェノバルビタール,バルプロ酸など- 抗うつ剤
イミプラミンなど- 非ステロイド抗炎症薬
アセトアミノフェン以外の抗炎症薬- 向精神薬
リチウム- 利尿剤
【既に服薬してしまったとき】
「妊娠と気づかずに服用してしまった」という場合でも多くの薬剤は赤ちゃんへの影響はあまり心配ありません。たとえ「妊婦に禁忌」の薬であってもその「禁忌」の理由がなぜなのかが重要なのです。主治医とよく相談して,それでもまだ心配な場合には専門の「相談外来」を設けているところもあるので,専門家と相談しましょう。また通常,2〜数パーセントは生まれつきの形態異常をもった赤ちゃんが出生します。もしも赤ちゃんに異常があったとしても多くの場合はその原因が不明で,たとえ薬剤を使っていたとしても,すぐにその薬剤のせいであるとは言えません。その薬剤についてどう考えるべきかは,専門家とよく相談してください。
【おわりに】
生まれた赤ちゃんに何らかの異常があったときにその両親は「いったい何が原因だったのだろう?」という疑問に苛まれがちです。もしも妊娠中に薬を飲んだことがあれば,たとえ医学的に否定されてもその薬剤を疑いたくなるのは人の常です。だからこそ不必要な薬の服用は避けるべきですが,逆に既に薬を服用してしまったからと言ってすぐに赤ちゃんを中絶することを考えたり,余計な心配をし過ぎるのもよくありません。また必要な薬剤はきちんと服用することも大切です。適切な専門家によく相談することが重要です。