クリフム臨床胎児医学研究所
マタニティクリニック
夫 律 子
【胎児水頭症】胎児期水頭症という言葉は、胎児頭部にエコーフリースペース(超音波で黒くうつる部分で水を表します)が描出されるときに使われていますが、実際には脳室や頭蓋内腔に水がたくさんたまってしまう状態を「水頭症」と呼び、それ自体特定の病気を表すものではありません。大切なことは「水頭症」という状態になる原因が何かということです。
脳室に水がいっぱいたまっても、赤ちゃんの頭はうまくできており、脳ができるだけ圧迫を受けないような仕組みになっています。赤ちゃんの脳の周りにはくも膜下腔という隙間が空いていますし、頭蓋骨もまだばらばらで隙間がいっぱいあります。また、胎児期の脳はまだ出来上がっておらず、これからまだまだ発達していく素晴らしい可能性を持っています。
【胎児水頭症の原因と種類】
脳の中には脳室系と呼ばれる髄液という水の通り道があります(図1-1,1-2)。髄液が産生され、細い小路やちょっと一休みする部屋に寄りながら最終的には脳と脊髄の周囲を流れて吸収されていくのですが、細い通り道が何かの原因で狭くなったり、水の流れがせき止められてしまうとその部分より上の脳室が大きくなってしまいます。それ以外に中枢神経系の先天奇形(脳内の奇形や、背中に神経が出てしまう脊髄髄膜瘤という病気、また染色体の病気や症候群や遺伝病)などに伴って起こる水頭症、脳腫瘍や感染、脳の出血などが原因となって起こる水頭症、脳梁という側脳室の天井の梁にあたる部分が欠損したり、脳発育が遅いために脳室が拡大してしまう場合もあります。
となると、「水頭症」にあたらない脳室拡大の場合もありますし、「水頭症」であってもその原因によって診断される病気の名前も異なり、治療方針も変わってくる可能性があります。
図1-1 図1-2
【出生前の診断】
上述したように、水頭症にはさまざまな原因があります。出生前に正しい診断をすることは、生まれてからの赤ちゃんの適切な治療に結びつきます。ただ、この正しい診断をすることはとても難しい場合があります。
基本的には側脳室三角部(atrial width,AW)をはかって(図2-1,2-2)、 10mm以上であれば脳室拡大の疑いあり、15mm以上ではかなりの拡大ありということになり、簡単に脳室スクリーニングをすることができます。ここまでは、脳室が大きいかどうかを見る段階です。
図2-1 図2-2
さて、ここからが実際の診断となりますが、最近では経腟超音波検査や胎児MRI検査で脳内の詳細な診断がつく場合が増えてきました。胎児の脳の形や発育の程度は妊娠週数によってまったく異なるので、小児や胎児の脳神経を専門とするスペシャリストに意見を求めることが勧められます。また、胎児の脳だけでなく、もちろん心臓その他の臓器の異常がないかどうか検査していくことも必要になります。脳室拡大が認められる場合には,次のようなことに注意して観察していきます。
- 頭蓋骨の変形(レモン型のキアリU型奇形,18トリソミーに見られるストロベリー型,さまざまな形態を示す頭蓋骨早期癒合症)がないか
- 後頭蓋窩にて大槽消失や小脳のバナナ様変形(キアリII型奇形)や第4脳室の嚢胞状拡大と小脳虫部の欠損(ダンディーウォーカー奇形)がないかどうか
- 脊椎にて嚢胞性病変や脊髄の走行異常(脊髄髄膜瘤)がないかどうか
- 前頭突出や低鼻梁(頭蓋骨早期癒合症や骨疾患にみられる) がないかどうか
- 眼窩狭小や鼻・口の異常(全前脳胞症や染色体異常にみられる)がないかどうか
- 手指にて拇指内転(先天性の遺伝性水頭症にみられる),指重合(18トリソミーなどにみられる)や合指症や親指変形(一部の頭蓋骨早期癒合症にみられる)などがないか
脳室拡大が単独に起こっているか、合併異常があるかどうかにより予後や転帰も変わってきます。脳室拡大例で中枢神経系以外の異常を合併する例においては染色体異常の確率も高くなり、羊水検査などのオプションについてご両親に提示することもあります。
【妊娠中の産科医の対応】
妊娠中にみつかる「胎児水頭症」の赤ちゃんたちの中には治療を要さず経過観察をしていける赤ちゃん、出生後治療することで元気に大きくなっていく赤ちゃんもたくさんいます。産科医が、赤ちゃんの神経予後などの話をすることはとても難しいので予後や治療については小児神経の専門家に相談し委ねることも大切です。胎児のご両親やご家族は赤ちゃんの「脳」に病気があるかもしれないと悲嘆にくれられます。
しかし、赤ちゃんの神経予後についてはまだまだ未知な部分も多く、形態の異常の程度がそのまま予後につながるわけでもありません。もちろん楽観的にばかり考えられるわけではないですが、最初から悲観的な意見ばかりを両親に言うことは両親のわが子の受け入れを出生前から否定することにつながってしまいます。両親が事実は受け入れながら、不安ではあるが期待と希望が持てるようなサポートをすること、そして最善の生後医療が受けられるようなコーディネートをすることが、産科医に求められることでしょう。
【出産の時期と方法について】
脳室拡大例に対しての明確な娩出時期,娩出方法を示すエビデンスはありません。一般的な解釈として、単独の脳室拡大症例で頭蓋の拡大していかない症例では満期経腟分娩が可能でしょう。大脳低形成,脳梁欠損などに伴う例では脳室拡大を理由として早産させる意義はほとんどないと考えてもいいでしょう。頭蓋内嚢胞などの例では嚢胞の位置や大きさ、脳室拡大の程度などにより判断される分娩方法が選択されます。また、脳腫瘍では脳内出血などの可能性を考え、帝王切開分娩が望ましいと考えられます。進行性水頭症のごく一部の症例で頭部拡大が著しい場合には早期の分娩を考えざるを得ない場合もあります。
しかし、通常は、進行性水頭症で頭蓋拡大を示す場合でもできる限り肺の成熟を十分に待って分娩します。その際、出生後の治療を行う新生児科、小児神経外科と相談して分娩時期と方法を選択することになります。実際に新生児以降の脳室拡大例でも数週間進行するかどうかを見ていく場合があります。開放性二分脊椎(脊髄髄膜瘤)例で、帝王切開分娩がよいのか経腟分娩でも変わらないのかについても明確なエビデンスはありません。経腟分娩,陣痛発来後の帝王切開、陣痛発来以前の予定帝王切開の比較で陣痛発来前の帝王切開群において運動機能予後が良いという報告もありますが、選択的帝王切開と試験分娩後の分娩との比較で運動機能や歩行状態に有意差はないとする報告もあります。現実的には瘤閉鎖術や、オンマヤリザバーの設置などが娩出後早期にできる状態を考え、選択的帝王切開を施行している施設が多いのが現状です。
また、水頭症という理由で紹介される例で染色体異常、水無脳症や全前脳胞症(無葉型や半葉型)などの予後不良な疾患を診断することもあります。重篤な胎児疾患と考えられる場合、両親と医療スタッフ(新生児科医も考慮して)とで出生後の医療についての話し合いを十分行い、それに伴って出生方法や出生時期についても十分相談の上決定していかなければなりません。ただし、これらについてはあくまでも出生前診断が正確で、かつ重篤な疾患であると確実に判断される場合に限られ、あいまいな画像診断に基づく説明、話し合いは生まれてくる児にとってマイナスとなる場合が十分に考えられるので、慎重な対応が必要です。