独立行政法人 国立病院機構大阪医療センター
臨床研究部・脳神経外科
山 崎 麻 美
【水頭症とは】水頭症とは脳室(脳の中の水がたまる部屋でそれぞれ側脳室・第3脳室・第4脳室などと名前の付いた部屋があります。)などに異常に大量の髄液(脳や脊髄の周りを循環している透明の水)が貯留し、脳室などが拡大した状態を言います。髄液はほとんどが脳室内の脈絡叢というところから産生され、両側のモンロー腔(側脳室と第3脳室の通路)を通り、第3脳室・中脳水道(第3脳室と第4脳室の間の狭い通路)を経て第4脳室にいたりそこに存在する出口(マジャンディ孔およびルシュカ孔という名前が付いています。)から頭や脊髄のくも膜下腔(くも膜という膜で覆われた脳脊髄液が循環する腔)を循環しながら、主にくも膜顆粒から上矢状洞という静脈の中へ吸収されます。成人では、脳脊髄液は頭蓋内と脊柱管内をあわせて150t存在し、1日に3回循環するので、1日では、約450tもの髄液が産生されては吸収されています。何かの原因で (1) 脳脊髄液が異常に多く産生されたり (2) 髄液の循環が脳室の中の通り道のどこかで閉塞したり (3) 髄液の吸収が障害されることによって水頭症という病態が起こってきます。
【水頭症の種類】
神経の発生過程の何らかの障害によって起こる水頭症を原発性水頭症といい、それに対し、神経が出来上がってから、出血や感染など何かが起こって水頭症の状態になったものを続発性水頭症と言います。胎児期に診断される水頭症を胎児期水頭症と呼んでいます。胎児期水頭症のほとんどは、原発性水頭症ですが、一部には胎内で出血や感染を起こして生じた胎児期続発性水頭症もあります。原発性水頭症と胎児期続発性水頭症を先天性水頭症と呼んでいますが、現在では胎児超音波診断装置の発達により、先天性水頭症の約55%は胎内診断されています。
【先天性水頭症の頻度】
最近の日本産婦人科医会先天異常モニタリングのデーターベースでは、先天性水頭症は、10,000人出生当たり8.5人(2001年)、7.7人(2002年)と決して少なくない疾患で、1974年ごろと比較するとデータ収集、週数、診断技術の発展などが影響を与えていますが、約5−6倍に増えています。また、また先天異常児全体の平均4.7%(2000年から2002年)を占め、発症数において心室中隔欠損症、ダウン症、口唇・口蓋裂についで4番目に多い病気です。
【胎児期水頭症もいろいろ】
胎児期水頭症にも、種々の疾患が含まれています。胎児期原発性水頭症に属するものとしては、脳室拡大を主な所見とする水頭症(単純性水頭症)、脊髄髄膜瘤に合併する水頭症、ダンディ・ウォーカー症候群、全前脳胞症、二分頭蓋に合併する水頭症などです。単純性水頭症には、X連鎖性遺伝性水頭症に代表される遺伝性水頭症や、染色体異常に合併するものなどもあります。
また胎児期頭蓋内出血や、トキソプラスマ症やサイトメガロウィルス感染症に併発して起こった水頭症など、多様な基礎疾患が存在します。それぞれの水頭症がどのぐらいの頻度で存在するかは、図1に示すとおりです。
図1
【胎児期水頭症の転帰】
先天性水頭症は単一の疾患ではなく種々の疾患が集まったものであることは上に述べました。それゆえ基礎疾患や併発する病態により種々の転帰をとります。1999年の先天性水頭症第3次全国疫学調査の結果でも、後遺症なく健康19%、介助無しで日常生活が可能な方は29%という半面、中等度の障害の方が18%、全面介助を要する重度障害の方が28%で、死亡は6%でした。(図2)
図2
【水頭症の症状】
水頭症の進行は、症状では頭囲の異常増大、大泉門の緊張、ミルクの飲みの減少や繰り返す嘔吐、眼球運動障害、眼球の落陽現象(眼球の黒目の部分が日が沈むように下まぶたの中へ入り込んでしまう現象)、画像検査では縫合線の離開、脳室の拡大などがあげられます。
【水頭症の治療】
水頭症の治療には通常脳室腹腔シャント術(Ventriculo peritoneal shunt:VPシャント)を行います。脳室から過剰な髄液を腹腔内に導き腹膜で吸収させるための、バイパスを作る手術です。最近では水頭症の治療として、神経内視鏡を用いて第三脳室の底から、脳底のくも膜下腔と交通をつける内視鏡的第三脳室開窓術もおこなわれていますが、先天性水頭症の新生児期の治療にはこれは無効といわれ、通常VPシャントを行います。
VPシャントは麻酔や全身管理のうえから体重2000g以上が望ましいと考えられています。体重が2000g未満のときや、あるいは2000gを越えていても、呼吸不全や全身状態が安定していない場合、髄膜炎が危惧される場合、腸管運動不良で腹部緊満している場合、あるいは他の腹部手術を要する場合などは、リザ−バー設置術を施行します。以後、リザ−バーから必要に応じて髄液穿刺排液を行います。一回に排除する量や回数は大泉門緊満が解除され、頭囲増大や脳室拡大が進行しない程度を目標に判断します。
VPシャントの際に、皮下に埋め込むものをシャントと呼んでいます。シャントには脳室チューブ、腹腔チューブと、圧を調整するバルブがついています。このバルブには多くの種類があり、大きくは圧が一定の定圧式と、埋め込んだあとに皮膚の上から圧を変える事が出来る圧可変式があります。どんなバルブが最適かということに関しては、まだ決まった見解は出ていません。
【脊髄髄膜瘤に合併する水頭症の治療】
先にも述べたように胎児期水頭症の中で最も多いのは、3分の1以上を占める脊髄髄膜瘤に合併するものです。少し、これについて、生後の対応について、述べたいと思います。分娩の時期と方法に関しては、正期産の妊娠37週0日以後に、帝王切開術を行なうのが一般的です。しかし経腟分娩に較べ、帝王切開術が、あるいは進行性の脳室拡大があるとき、より早く出生させれば予後が改善するというはっきりした報告はありません。生まれたあとは、露出している神経組織の保護や便などからの感染予防のため、瘤の部位を高くしたうつぶせ寝の体位をとります。感染予防のため、出生後48時間、遅くとも72時間以内に脊髄髄膜瘤の修復術を行います。生後72時間を過ぎると髄膜炎の合併率が明らかに上昇してしまいます。生下時に治療を行う必要のある高度の水頭症は約15%に見られ、それ以外は瘤を修復して生後6週間までに水頭症がでてきます。髄膜炎の合併症がなければ瘤の修復後に水頭症に対してVPシャントを行います。
【シャントが詰まったときの症状】
大事なことはシャントが詰まったときの症状も進行する早さも人によってそれぞれ違います。人によってはシャントがうまく働かなくなって数ヶ月あるいは何年もかけて症状が進行する場合もありますが、人によっては短時間(数時間)の内に意識がなくなって瞳孔(瞳の中の黒いところ)が散大してしまう方もおられます。これはその方の髄液の循環がどれだけシャントに頼っているかによります。だからご自分のあるいはお子さんの症状を把握しておくことが肝心です。とりあえず一般的な症状について列記しておきます。
大泉門が閉じる前
頭囲が大きくなる・大泉門が大きくなってくる・張ってくる・黒目が下がってくる(落陽現象)・ミルクをはく・シャントチューブのまわりがソーセージのように膨らんでくる・不機嫌になるかん高い泣き方をするなど大泉門が閉じた後
頭痛・嘔吐・物が2重に見える・うとうと眠る・眼振が強くなる・学校の成績が悪くなってくる・シャントチューブのまわりがソーセージのように膨らんでくるシャント感染を起こしたとき
頭痛・発熱・シャントのチュ−ブのまわりが赤くなる
こういう症状がでてきたときはすぐにかかりつけの脳神経外科医に相談することが必要です。【定期検診とシャント手帳】
特に症状の変化がなくても3ヶ月に一度は、脳神経外科医あるいは小児神経科医の定期検診を受けることが望ましいです。できれば自分のシャントの状態を書き留めたシャント手帳のようなものを持っていることをお勧めします。どんな種類のシャントバルブを使っているか、圧を変えられるときはいくらに設定されているか、シャントをどこに入れたか、シャントが良く効いているときの脳室の大きさはどの程度かなどを自分で把握していることが肝心です。シャントが詰まったとき、どこの病院へいってもあわてないために、必要です。
【シャントとうまくつきあうこと】
シャントを入れているからといって、生活を制限する必要はありません。シャントを入れて大学を出た方も、いろんな職業についている人も多くいます。体育もできるし、水泳も勿論できます。頭をぶつけ合うような競技はさけた方がいいかもしれませんが、工夫すればほとんどのスポーツは可能です。
いろんな患者会や研究財団のホームページには、もっと詳しく患者さんや家族の声にも触れることができます。主な団体を紹介します。
● 日本水頭症協会