日産婦医会報(平成12年6月)滋賀県における出生率増加に関する考察
滋賀県産婦人科医会理事 野村 哲哉
はじめに
全国規模で少子化が進んでいる中で、近年滋賀県においては、逆に出生率の増加が見られます。本稿では出生率増加の背景を探るとともに、現在の問題点、さらには少子化対策のあり方について触れてみたいと思います。
滋賀県の人口動態とその要因
滋賀県の人口は、平成11年3月末現在、約132万人で全国の1.05%を占め、前年比増加率は、プラス0.83%で5年連続全国一位となっております。近畿他府県の最近5年間の増加率と比較しても、滋賀県が最も高く(プラス4.48%)、次の奈良県(プラス2.28%)を大きく引き離しております。これに伴い、滋賀県の出生数も増加しています。
この自然増加に加え、女性一人当たりの出生児数も多いことから、他府県の合計特殊出生率と比べて、「滋賀県における出生率増加」も納得のいくところと考えます(合計特殊出生数滋賀県1.51全国1.38)。
地域別動向をみると、湖南地域(大津市、草津市周辺の琵琶湖の南側に当たる地域)に人口増加が集中しておりますが、増加の要因については以下のようなことが挙げられます。1.交通機関の発達、特に国鉄->JR化後の輸送改善により、同地域は大阪都心からの通勤時間の短縮がなされ、流入人口が増加したことが考えられます。これは、「住民基本台帳人口移動報告年報」により、滋賀県の社会増加率が全国一位であることからも証明されます。また、滋賀県の土地価格は大都市のそれとは違い、20歳代後半から30歳代前半の夫婦にも手の届く範囲内にあるため、出産前の夫婦が、ゆとりある間取りのマンションや一戸建てを購入し、移り住むケースが増えていると思われます。
2.滋賀県は、面積が狭く、県内どの地域からも都市部へ短時間で行けることから、深刻な過疎化という問題も発生していません。また本県は、婚姻率が高く、離婚率が低いという傾向を示し、それが出生率の増加にもつながっていると考えられます。
3.滋賀県の「一人当たりの県民所得」は、企業所得に支えられ全国第3位になっており、経済成長率も全国平均を大きく上回る高い伸びを示しております。これは滋賀県内の事業所数が大阪方面からの移転等で、増加しているためと考えられます。
4.同時に従業員数も増加していますが、流入人口のみならず、本県出身者の県内就職者数も増加しております。前述のごとく交通事情が良いので、実家から通勤するケースが増えます。そして、そのような若者同士が何らかの形で出会うわけですから、県内に実家を持つ夫婦が増加していることが考えられます。共稼ぎで家を持ち、実家や両親の協力を得ながら、二人以上の子供を産み、育てられる環境が形成されているのではないかと思われます。それは、一般世帯の平均人員が全国5位の3.24人であることからも裏付けられます。
このように現在の滋賀県は、住宅事情から、親の協力に至るまでの様々な好条件を背景に、出生率の増加を維持しています。今後、少子化対策事業として、出産助成金や保育施設が充実されれば、更なる出生率の増加が期待できると思われます。
現在の問題点
ところで、出生数の増加は周産期救急に問題を投げかけています。平成12年1月現在、滋賀県の分娩取り扱い施設は、病院20、医院27で、産婦人科医師数は117人(うち分娩取り扱い施設の医師数81)、またNICUは、9病院30床(レスピレーター19床)という状態です。
出生数に対して、医師数やレスピレーター付NICUのベッド数も少なく、近隣他府県に、母体あるいは新生児搬送をお願いしなければならないこともあります。本県での少子化対策事業を進める上で、今後の大きな課題の一つと考えます。おわりに
滋賀県の出生数の増加は、大阪を中心としたベッドタウン地域の拡大の中で起こっている自然現象に過ぎないとも考えられます。しかし逆説的に解釈しますと、少子化対策には交通網の整備、住宅事情(価格と面積)の改善、企業誘致と地元産業の発展、県民所得の向上から家族の協力、そして周産期医療の充実に至るまで、すべての条件の改善が必要であることが読み取れます。
少子化問題に関しては、各自治体で様々な取り組みがなされています。各地域の特殊性に重点をおくことは当然ですが、その一点のみを解決すればよいのではなく常に全体を見つめ、官民一体となって取り組むことが重要であると思われます。