日産婦医会報(平成14年3月)家庭内暴力(DV)における産婦人科医の役割
日本産婦人科医会医療対策委員会委員 片瀬 高
はじめに
平成13年秋、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(DV防止法)が施行された。この法律は、裁判所による被害者の安全を守る「保護命令」の制定と、都道府県の支援設備として「配偶者暴力相談支援センター」の設置を2つの柱とする。
さらに関係機関の連携や民間団体への援助、医師らが通報できる規定なども盛り込まれている。事実婚や離婚後も対象となる。医師はDV被害者と分かれば「DV被害者保護」の立場で、対処することが求められる。そこで、このような状況下での産婦人科医の役割を考えてみたい。DVと「夫婦げんか」・「しつけ」の違い
DVは夫や恋人など親しい(親しかった)相手からの暴力であることが、各種暴力の中でも特異なものと考えられる。日弁連の調査では、親が幼少期に厳しくしつけたつもりでも、子供がそれを「虐待」と受け止めると非行に走る傾向が強く、成長してから「問題行動」を繰り返すケースの75%がこうした親子の認識のずれによるものとされている。
一方、本邦では昔から「夫婦げんかは犬もくわない」と言って、第三者の介入を嫌い、女性に忍耐を求め、夫婦間のトラブルを家庭内の問題として処理してきた経緯がある。確かに「夫婦げんか」「しつけ」とDVとの境界は定かでない面もあるが、DVは女性・子供への尊厳や人権を否定するという観点からみれば、DVを内に秘めたまやかしの「夫婦げんか」や「しつけ」と本物のそれらとの違いがはっきりしてくるであろう。配偶者暴力相談支援センター(DV相談センター)
「保護命令」と並んでDV防止法のもう1つの柱となるのが、本年4月発足予定の都道府県DV相談支援センターである。3月までは婦人相談所がその役割を担うが、もともと婦人相談所は戦後売春防止法下の施策として始められた婦人保護事業の1つで、緊急一時保護を目的とした。1977年東京都が条例で、援助対象を「全ての女性」に拡大して「駆け込み寺的」機能を持った女性相談センター事業を始め、その後全国に広まったものである。相談内容は、DVなどの暴力、性被害、望まない妊娠等、多岐にわたる。
東京都女性センターの調査では、平成に入りDVなど暴力に関する相談が激増し、同時に一時保護事例も増えている。保護理由をみると、単身者の約25%、母子の約65%が「夫の暴力」である。その他「知人や前夫の暴力」「父からの暴力」「子供からの暴力」なども目立っている。
DVは核家族化や隣人関係が希薄になった社会的背景、またストレス社会と深い関係があるとされている。特に妊産婦は、体力的に弱く、精神的にも不安定な立場にあるので、DVを受けやすい状況にあると言える(医療対策委員会では、近日中に妊産婦のDVについてのアンケート調査をする予定である)。
DVは、手を上げる身体的暴力、セックスを強要する性的暴力、心理的暴力、暴言を吐く言葉の暴力、経済的暴力、ネグレクトなど、単一または複合的に組み合わさって起こると言われている。例えば、妊娠中期に胎児が女児であることが判明した途端、夫が妻に対し非協力的になり口をきかなくなった事例などは「ネグレクト」のDV例と言える。産婦人科医のDVへの対応
産婦人科は、様々なDV被害者に遭遇することの多い診療科である。産婦人科医は、DVも社会的現象の1つと考えて診療に臨むことが、今後求められるのではないか。特に全妊娠期間中、数回から十数回ある妊婦健診は、医師にとって、妊婦の夫婦関係や家庭環境を把握しやすい最適な機会と言える。そこで医師や助産婦は、妊娠から出産まで1〜2回面談して病歴のみならず、夫婦関係を含む詳細な家庭環境の情報を集め、DV被害者かどうかを認識することも重要である。その際、助産婦が面談に当たると、医師には話しにくい情報も聞き取れることが稀ではない。もしDV被害者と認識できれば、相談支援センターや警察に連絡する必要がある。
一方、被害者の訴えが医師に分かりにくい場合がある。「頭痛がして何となく体の具合が悪い」と訴えてくる患者の奥にDVが隠れていることがあるが、初診で発見されることはまずない。このようなハイリスク・グループ「被害者らしくない被害者」からDV被害者を早期に発見して、救済への道筋をつけることが、DV被害を未然に防ぐ(最小限に留める)ために肝要である。ときには、内科や精神科と連携を密にして診療に当たり、被害者の発見に努めなければならない。もはや傍観者であることは許されなくなったといっても過言ではない。