日産婦医会報(平成14年6月)

妊婦のシートベルト着用を推進する会」について

沖縄県立中部病院産婦人科部長 村尾 寛


 日本には妊婦の外因死(外傷・自殺・他殺等)の公式統計がなく、阪神淡路大震災での妊婦の犠牲者数も妊婦の交通事故死亡者数も不明のまま放置されています。しかし生殖可能年齢女性(16〜45歳)の外因死率(1/6,300)を年間分娩件数(118万人)に当てはめると、妊婦の外因死数は年間189人の計算になります。これは1999年の妊産婦死亡統計72人の倍以上に相当します。外因死の主因の1つは不慮の事故で、その2/3は交通事故です。交通事故の70%は乗車中の事故ですので、シートベルト着用の有無が、逆に外傷を含めた総妊婦死亡数を左右することになります。

【世界のスタンダードとは】

 妊婦の事故死の主因は車外放出と頭部外傷で、いずれもシートベルト装着で予防可能です。米国では妊婦のシートベルトに関し、

  1. 非装着者は装着者と比較して胎児の死亡率は4.1倍、低出生体重児が1.9倍、そして事故後48時間以内の未熟児出生が2.3倍多かった。
  2. 乗員の車外放出は非装着者のみに発生し、母体死亡率は33%、胎児死亡率は47%だった。
  3. 母体死亡の77%は非装着者だった……

などと報告され、米国産婦人科医会(ACOG)や道路交通安全局(NHTSA)や州政府等が「お腹の赤ちゃんを守る一番の方法はシートベルトで母親を守ることです」というキャンペーンを盛んに行っています。

 以前、私が主要先進17カ国の在日大使館に問い合わせたところ

  1. 通常人と同様、一律にシートベルト装着を義務づけている国;カナダ、アメリカ、スウェーデン、フィンランド、ベルギー、オーストリア、ギリシャ、スペイン、イスラエル、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール。
  2. 原則として装着義務があるものの、ベルトを免除する旨の診断書を携帯している者のみ例外としている国;イギリス、ドイツ、イタリア、オランダ、スイス。
  3. 妊婦は一律に装着を免除する国;なし、

という結果でした。

 しかし日本では1985年に制定された道路交通法施行令第26条を根拠に、世界のスタンダードとは逆に、妊娠中はベルトを着用しないよう警察や自動車学校が指導していることが多いようです。

【「妊婦独自のベルト装着法」をご存知ですか】

 欧米で公的機関が盛んにキャンペーンしていながら、日本の医師の殆どが知らないことに、「妊婦独特のシートベルト装着法」があります(後述ホームページ参照)。これは事故の際に、ベルトによる子宮への圧迫が1/3〜1/4になる極めて重要な方法です。この装着法を正しく行っていたにもかかわらず、交通事故時に子宮破裂が起きたという文献は、現在検索しうる限り、世界的にみて全く存在していません。

【「両親教室」で妊婦独自のベルト装着法を教えましょう】

 生殖可能年齢女性の交通事故受傷率(約1/90)を年間分娩件数に当てはめると、毎年約1万3,000人の妊婦が負傷している計算になります。胎児死亡はその1〜2割とされますので毎年1,300〜2,600人もの胎児が事故死している計算です。今後の両親教室では、ベビーシートの装着法(後ろ向き、傾き45°)と並んで、妊婦独自のベルト装着法を教えましょう。全国の産科施設でベルト装着法が教えられれば、外傷を含めた総妊産婦死亡数のみでなく、これら胎児の事故死をも減らせるはずです。

【「妊婦のシートベルト着用を推進する会」の発足】

 2001年4月、日本記者クラブで「妊婦のシートベルト着用を推進する会」の発会式と記者会見を行いました。11月には某自動車メーカー本社で業界の皆様と勉強会を行い、12月には会のホームページを公開しました。アドレスはhttp://www.maternity-seatbelt.jp/です。
 目指すは世界のスタンダードに逆行する道路交通法施行令の改正です。皆様がホームページをご覧になり、改正された道路交通法施行令の下、日本中の妊婦さんが正しくシートベルトを装着する日が訪れることを切望しています。