日産婦医会報(平成15年1月)女性排尿診療の現状と展望 −担当科と医療連携をめぐって−
三井記念病院産婦人科 中田 真木
【はじめに】
30歳以上の女性のおよそ15%が、自分の身体は尿がもれやすいという意識を持っている。近年の晩婚・少子化に伴い、経産女性の社会進出はますます盛んになっている。雇用と自己実現の両面から、スムーズな排尿機能というインフラへのニーズは今後ますます増大するものと見られる。
【女性の排尿診療に関わる診療科】
尿もれや排尿困難などの排尿の不具合は、女性では尿路そのものの病気というよりも、骨盤内の疼痛や刺激症状、骨盤底弛緩など下部尿路周辺のトラブルであることの方が多い。実例として、腹圧性尿失禁や性器脱など骨盤底弛緩に関係した排尿障害、エストロゲン欠乏による尿道刺激症状、子宮筋腫に伴う頻尿などがある。また、中高年女性では、糖尿病、脳梗塞、脊椎管狭窄など、尿路よりも神経の障害によることが大変多い。女性の排尿障害やその原因に関わる診療科は、泌尿器科と産婦人科の他、内科、神経内科、整形外科などの多岐にわたる。排尿障害の患者は多数おり、かかりつけ医や保健師などがケアマネジメントの立場で排尿管理の采配をとらなければならないケースも含まれる。産婦人科のように、自科の診療する疾患が常に女性の排尿機能に密接な関わりを持つ診療科がある。さらに、妊娠出産や糖尿病関連などの排尿障害を減らすためには、予防の段階での対応が求められる。
これらのことから、排尿診療における今後の医療連携は、「排尿の不具合を訴える患者を排尿診療のスペシャリストへ紹介する」という形には収まり得ない。排尿診療のスペシャリストは今よりも多数必要であるが、それだけでなく、排尿障害の原因になる疾患や状態を担当するそれぞれの診療科において、自科に関連した排尿障害の予防や進展の防止などの仕事をある程度分担することが不可欠である。
更年期医療や女性内科分野を中心に活動しているクリニックは、現段階で女性排尿障害受け入れの貴重な窓口になっており、私どもも性器脱や腹圧性尿失禁をはじめとする様々なご紹介をいただいている。ただし、あえて付け加えれば、現在産婦人科からは糖尿病や腰椎疾患など婦人科と無関係な排尿障害も混ざって紹介され、大いに混乱している。これらの患者について他科との連携ならば混乱はないところを、原疾患の経過や管理を把握していない産婦人科から紹介されると種々のデリケートな問題が発生する。また、一般の産婦人科で原疾患への取り組みなしにこれらの排尿障害に投薬を行うことも、奨められない。
産婦人科医のスタンスとして、自科で背負うべき排尿障害にはなお一層積極的にならなければならないが、自科で扱えない病態、他科に頼らざるを得ない状況についても広い視野を持つべきである。自科の限界を知ることも大変役に立つことである。【女性骨盤底障害の診療態勢】
性器脱や腹圧性尿失禁など骨盤底弛緩に関連した病態を診療する部門は、北米や英国では、最近urogynecologyの呼び名のもとにgynecology と並立になっていることが少なくない。その担い手は産婦人科医と泌尿器科医が混在している。性器脱はurogynecology を標榜しない産婦人科でも手術されているが、骨盤底弛緩や骨盤底の疼痛を主に診療するoffice urogynecologist も増えつつあるために、排尿の不具合が問題になる症例はoffice urogynecologistから病院のurogynecology 部門へ紹介される傾向がある。
英国以外の北欧や西欧の諸国では、女性骨盤底機能障害の診療はurogynecology 部門として独立せずに産婦人科や泌尿器科の中に残されていることが多い。一般に病院の産婦人科診療部の規模は日本より大きく、骨盤底やがんの診療を行う産婦人科には,しばしば非常勤の泌尿器科医が加わっている。また、フランスやイタリアでは泌尿器科専門医の初期研修に病院産婦人科における何カ月かの研修が含まれ、泌尿器科においても腹圧性尿失禁と並んで性器脱の整復手術が行われている。【終わりに】
わが国における今後の女性排尿診療を考えるとき、上述の北米英国式のurogynecology 部門と、西欧の婦人科―泌尿器科並立方式とどちらがよいだろうか。前者は消費者のニーズに分かりやすい形で適合し高度な専門化を可能とする。後者は女性排尿診療の成り立ちをあるがままに受け入れ、学問的技術的な足場に関してより柔軟にして堅固である。それぞれの方式に一長一短があるから、日本の医療システムや消費者の好みに十分に計った上で慎重に決めるべき問題である。