日産婦医会報(平成15年11月)

地方での一人医長引き揚げ問題
 -
岩手県での深刻な現状

岩手県 県立高田病院 小笠原 敏浩


常勤医が不在に

 最近、岩手県の地方新聞の見出しでよく見かけるようになった。慢性的な医師不足の岩手県で医療を行っているわ れわれには、それほど驚くようなことではなかったが、こ こ1〜2年で産婦人科常勤医、小児科常勤医が不在となる 市町村が相次いでいる。

広大な県内の市町村に医科大学より医師派遣

 総面積15,278.51平方キロメートル、13市、29町、16村に27の県立病院 と公的病院が散在している。ほとんどの病院には2つの医 科大学から医師が派遣されている。今年になって、産婦人
科常勤医、小児科常勤医の引き揚げが続いている。特徴的 なのは産婦人科医が引き揚げるとその後小児科医が引き揚げるケース、また小児科医引き揚げ後産婦人科医を引き揚げるケースが相次ぎ、3市町村で産婦人科医が不在となり 4市町村で小児科医が不在となった。診療所が代わりに機
能していれば問題は小さく済むのであるが、産婦人科診療 所では大多数が分娩を取り扱っていないため深刻な問題と なる。この背景には、更に深刻な事情がある。

深刻な状況1 医大の産婦人科医局はスカスカ状態

  深刻な事情の1つは、関東などの医科大学に比較しても ともと医局員が少ないにもかかわらず、広大な県内の市町 村の病院へ医師を派遣しているため、苦渋の決断となって いる点である。医局講座制が悪いのでなく、大学の本来の 機能が麻痺している上、附属病院の診療にも支障を来して いる実情である。大きな学会の期間は医師2人で附属病院 診療を行う事態もありうる。

深刻な状況2 住民の意識と医師を供給する側との意 識のギャップ

  これまで岩手県は全国一広大な県土を持っていながら人 口は少ない中で、岩手県立病院は、昭和25年11月1日に25 病院、40診療所、病床数1,865床をもって「県下にあまね く良質な医療の均てんを」の“創業の精神”の下に発足し た。しかし、昨年度の県立病院の収支決算が約18億円の赤 字となり、累積の欠損金もおよそ100億円に及ぶなど、大 変厳しい状況になっている。市民団体や地元県議会議員な どは、自分の市町村の常勤医師の獲得、県立病院の充実に 躍起となっているが、一方、社会環境の変化、道路交通網 の発達、少子高齢化より医師を供給する側としては、医師 が2名いる施設を2つ作るよりは、医師4名の施設を1つ 作った方がはるかに効率よく、救急医療、24時間医療が可 能となる。これは、現在、県立病院経営懇話会にて県立病 院のセンター化、サテライト化への再編が進んでいるため である。

深刻な状況3 マスコミの興味本位の報道が事態を悪 化させる

  「盛岡市が医大を接待県も中元や歳暮」というような いかにも一般人の興味を惹く内容をシリーズのように報道 する。地方での医師確保の難しさや医大以外から岩手の地 方病院への医師獲得への涙ぐましい努力について、このよ うな表現しかできないマスコミの見識不足を憂いてやまな い。また、医師の名義貸し問題も医師引き揚げにつながら ないか不安材料である。

結局、病院長が苦労する

  常勤医引き揚げの後任は当然約束されていない。院長は 医科大学に嘆願に奔走し、絶望的と判断したところで、求 人情報やインターネットのリンクスタッフe―doctor など に神頼みをする。しかし、都会の病院と違い地方病院への 求人は難渋することが多い。市町村長や地元県議会議員は 公約に医師確保を掲げているが、こんな窮地では何の役に も立たない。議会やマスコミで話題になり、病院長は自分 の力量を試されているような苦しい立場になる。やっとの 思いで県外から常勤医が赴任すると、何もしなかった市町 村長や県会議員が自分の功績と触れ回るのである。決して 病院長が評価されることはない。しかし、その後の病院の 待遇によっては赴任した医師もいつ辞めてしまうかという 不安が付きまとうのである。

地域病院の再編成と協議会の設立が必要

  結局、現在の厳しい医療情勢の中、地域病院ではこのよ うな綱引きをしていても事態は平行線のまま改善すること はない。そこで県全体でこの問題に取り組み、協議会を設 立し、再編成への第一歩を踏み出すことが必要となるであ ろう。