日産婦医会報(平成16年2月)産婦人科医と産業医の連携 - 働く女性の健康支援を目指して−
松下電工株式会社本社健康管理室室長 長井 聡里
はじめに
私は数少ない産婦人科臨床から産業医への転向経験者であり、その経歴を生かす機会に恵まれ、平成8年度より厚生労働省委託の「働く女性の身体と心を考える委員会」で活動させていただいている。坂元正一先生はじめ、産婦人科の先生方から楽しく厳しくご指導を賜りつつ、産業医学を産婦人科学と融合させるべく不躾ながらも遠慮なく討論させていただき、光栄に思うことしきりである。その委員会活動の詳細は、(財)女性労働協会発行の『女性労働者・事業主・医師・助産師・保健師・看護師のための職場における母性健康管理』(監修:坂元正一、編集:大久保利晃、中林正雄)を参照いただくとして、産婦人科医と産業医の連携において女性の健康支援の今後の方向性を述べてみたい。
母性健康管理を通じて
労基法・均等法の改正により、企業における母性健康管理が義務化され5年が経過した。それにより女性が働きやすくなったかどうかは、育児支援施策の成果を待たねばならないが、妊娠出産後も働き続ける女性は確実に増加している。母性健康管理体制を推進する具体的なツールとして「母性健康管理指導事項連絡カード」(以下“カード”と略す)があるが、その活用状況について委員会は、平成12年に女性労働者、事業主、医療機関を対象に通信またはヒアリングによる調査を行った。
その結果、以前は十分でなかった作業の時間短縮や軽減など休業以外の措置も適切に実施され、事業主、女性労働者ともに母性健康管理に対する意識が高まり、取得のしやすさなどの有効性が確認された。このカードは個々の症状等に対し作業の標準措置が記されているため、妊産婦に有用であるばかりでなく、関係者が目にすることで妊娠中に起こりうる障害や症状についての教育的効果もあり、職場において全般的に配慮を促す効果を生み出した。診断書では当該病名のみの配慮や理解に留まるが、カード様式であれば一般人にも母性が理解されやすくなったことを意味している。
一方、医療機関側のカードに対する周知度は低く、比較的熱心に周知努力を行った地区の医会においても「知らなかった」17%、「知っているがカードを常備していなかった」が21%であったことも判明した。企業側は必要な措置が分かりにくい診断書よりもカードでの標準化を歓迎しているのに対し、依然として診断書を持たせる主治医が多いのである。診断書でなければ有効でないと誤解しておられる主治医や事業主に対しては、さらに周知努力が必要である。産業産婦人科学への期待
これまで産業医といえば内科医出身が多く、産婦人科学と産業医学や労働との接点がほとんど見出されず(ことぶき退社がもてはやされた時代には女性の健康問題への需要がなかったとも言える)、産業保健において産婦人科学は小児科学と並んで軽視されてきたとも言える。今日では小児科学でさえ産業医学との連携を無視できなくなっている。私が産婦人科臨床から産業医への転向に戸惑いなくやってこられたのは産業医大卒というベースもあろうが、何よりも臨床系では数少ない、健康管理を実践できる医療としての産科学を学んだことが大きい。妊娠・出産・産褥という短期間であるが、妊産婦の病気と健康を見つめ、その結果としての生命の誕生を経験する(自らも体験した)ことが何よりの素養となっている。
産業医は現場主義(労働の場に出向くこと)が基本である。多くは健康であるはずの労働者と向き合いながら、その方を取り巻く環境や人間関係、生きがいや人生感を含めた労働というものを見つめ、健康を守るのがその仕事である。産婦人科学の一領域として産業保健が加わり、労働と女性の健康について、継続的・系統的な研究がなされた。その結果に基づき、女性が(男性についても同様であるが)自分の健康状態を鑑みて職業選択の自由が可能となるような医療体制が取れることが、働く女性への健康支援となる。産業産婦人科学の確立を願ってやまない。