日産婦医会報(平成16年3月)医療とマーケティング
日本産婦人科医会医療対策委員会委員 中野 義宏
はじめに
簡単に自己紹介させていただきます。私は平成4年に順天堂大学を卒業し、10年間、同大学病院・関連病院でお世話になりました。父が東京郊外で産科診療所を開業している2世医師です。ここ2年間はコンサルタント会社、派遣業、卸業などの医療関連産業と仕事をしてきました。医業だけでは身につけにくい経営・マネジメントの修行をしています。この経験を生かすべく、本年度から医療対策委員会委員の一員に加えていただきました。今回はマーケティングについてご紹介させていただきます。皆様のお役に立てば幸いです。
マーケティングは誤解されている
まず最初に“マーケティングとは何か”について述べさせていただきます。近代マーケティングの第一人者フィリップ・コトラーの言葉を借りれば、「価値を創造し、提供し、他の人々と交換することを通じて、個人やグループが必要(ニーズ)とし欲求(ウォンツ)するものを満たす社会的、経営的過程」となります。
要は、1) 顧客のニーズやウォンツを把握し、2) その上で価値を創造することを言います。もっと乱暴に言うと顧客と生産者のコミュニケーションとも言えます。マーケティング=営業という考え方は、出せば売れる時代の過去の認識で、けっして「モノを売る」とか「金儲け」ではありません。
さらに最近では、インターネットの急速な普及により、企業のマーケティングも大きく変化をしてきました。市場を幅広く設定し、そのすべての顧客に最大公約数的なアプローチをする「マス・マーケティング」に加えて、顧客1人ひとりのプロファイルに基づいた個別アプローチをする「One to One マーケティング」が重要になってきました。インターネットとデータベースを基盤として、多様化する顧客ニーズに対応したサービスが安価で簡単に行われるようになったのも一因です。
最近、医療界でもオーダーメイド医療などの言葉を耳にします。実態はともかく、この「One to One マーケティング」を模したものと言えます。このように医療界においても顧客中心とする意識が定着しつつあり、マーケティングの重要性が伺えます。医療にマーケティングが必要か?
先に述べたように、マーケティングの定義も出せば売れる時代の「≒営業」から顧客コミュニケーションに変わってきました。医療においても、どこで買っても(医療を受けても)その品質、サービス、価格は同じではなく、もはや出せば売れる時代ではなくなっています。最近では、その情報は口コミ以上にインターネットなどを通じて流通しています。賛否はともかく事実です。とくに産婦人科領域では、分娩、不妊治療といった一般産業に近い領域がその特徴を実証しています。逆に医療・情報の過疎地では、出せば売れる時代は続いているかもしれません。
マーケティングはマーケティングミックスという考え方があり、古典的にはマーケティングは4Pすなわち、1) 商品(Product)、2) 価格(Price)、3) 流通(Place)、4) 販売促進(Promotion)の掛け合わせとされます。従来、医療は均一的で4項目のうち変数となりえるものが少なかったのですが、最近では広告規制が緩くなり、4) 販売促進は変動可能となり、医療の高度化で治療技術の格差が起こり、1) 商品も変数となりました。さらに自由診療である不妊治療などでは、2 )価格も変数化、3) 流通も遠隔地まで治療を受けに行くなど地域に限定されなくなり、変数となりました。すなわちこれらの診療域ではマーケティング戦略が顧客である患者さんとのコミュニケーションにおいて重要であると言えます。おわりに
われわれ医療者の最終目標を、国民の健康を守ることと定義すれば、良質な医療サービスを適正に供給する必要があります。コストと人材が限られた現在の医療制度下で適正に分配するには、マーケティング思考が必要と考えます。マーケティングは顧客とのコミュニケーションです。また機会がありましたらロジカルシンキング(論理思考)、ナレッジマネジメント(知識経営)などご紹介させていただきたいと思います。