日産婦医会報(平成16年10月)医師と法規(1)
医療対策委員会副委員長 小関 聡
はじめに
かつて日本医師会の武見太郎元会長は、医師の裁量を「professional freedom」という用語をもって、「外的制約、干渉を受けずに積極的、創造的活動を自由に行う姿勢をとること」と述べた。しかしこのような概念は、時代の流れとともに変化し、現在は「professional autonomy」と解釈 されるようになった。freedomという言葉には、干渉されずに奔放にといったエゴイズム的な意味も含まれ、医療事故などの際に、誤解を招きかねないからである。
これに対し、autonomy とは自律、自治を意味する。一方profession とは専門性をもった職業を指す。その専門職業人は組織を形成し、規約を作って遵守し、組織やメンバーを律しながら、自主的、自治的に運営していくものとされ、単に飯を食うための職業(非profession)とは区別される。日本医師会は、「医師は干渉から逃れる消極的自由ではなく、自らの良心と理性に基づいて意思決定する積極的自由の精神をもって診療に従事すべきであり、医師の裁量はprofessional autonomy を当てはめるのが妥当である」との見解を示している(詳しくは日本医師会雑誌平成16年7月1日号「医師の裁量と責務」を参照)。
ひとことで言えば、経験や勘に頼った自分の信念のみで医療を行えばよいという時代から、社会や集団の規約を遵守し、より確かなevidence に基づき、互いに教育しながら高めていく時代へと変わってきたということである。
日頃、医師はさまざまな規約・制約に囲まれながら診療
に従事している。その1つが法規である。法規と聞くとつい訴訟を連想しがちであるが、今回は日本国内で医療と医業を営む医師がどのような法規に囲まれ、かつ義務を果たすことを求められているかをまとめた。法規とは
医学生の講義に戻ったような内容になってしまうが、再確認ということでお許し願いたい。法規とは法律と規則の総称で、うち医療に関するものを衛生法規と呼んでいる。
- 日本国憲法
法の基本的精神を述べたもので、医療に関する具体的規定はない。ただ25条に「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とあるだけである。しかし、すべての衛生法規は25条に基づいてできている。- 法律
国会の議決を経て立法されるもの。医師法、医療法、母体保護法など(詳細は次号)。一般に法というと、この国会で作られた法律を思い浮かべる。- 政令、省令
国会で作られた法律を実際に運用するのは、行政である内閣やその下にある各省である。前者から出されるのが政令で○○施行令という形を、後者から出されるのが省令で○○施行規則、○○実施規則という形をとる。- その他の国の規則
人事院規則などが相当する。詳細は略す。- 告示
大臣の指示。国家試験の実施日や臨床研修指定病院(指定条件は省令で規定)名の公示などがこれに該当する。- 条例
地方の議会が作るもの。その条例に基づいて県庁や市役所が作る細則を3の政令・省令と同じく規則と呼ぶ。- 条約
国と国との約束。詳細は略。- 通知、通達
発令する側からみれば通知、受け取る側からは通達になる。行政の運用に際し、その細かな内容を知らしめる目的で出すものである。重要度に応じて、事務次官、局長、課長から発せられる。社会情勢を見ながら必要に応じて出され、情勢の変化次第で、異なる判断が下される。診療所の24時間規制に関する一連の動きも、医療法の運用上の解釈を巡るものだったと考えられよう。- 判例
司法が示した判決。その時点の医療水準を規定する効力を持ち、以後の判断基準になる。重要な判例は、本会会報にも掲載される。また、最高裁HP では最近の判例を閲覧できる。以下次号