日産婦医会報(平成17年04月)

ドメスティック・バイオレンス(DV)
 - 妊産婦へのDVから、乳幼児虐待・虐待への連鎖へ -

医療対策委員会委員 中澤 直子


1.DV とは

 ドメスティック・バイオレンス(DV)は、直訳すると家庭内暴力ですが、法律や行政の用語としては、「配偶者からの暴力」という表現が用いられています。具体的には、そのほとんどが夫から妻に対する暴力であり、身体的暴力の他、性的暴力や精神的暴力が存在します。DV は、夫婦という閉鎖的関係性の中で起こる、当事者がDV であるという正しい認識や自覚を持てずにいる場合も多い、逃れようとするとさらにひどい虐待に曝され学習性無力感に陥ってしまう、経済的問題などの離れ難い要因が存在する、といったような複雑な背景から、長い間、誤解や偏見の中で隠蔽されてきました。

2.DV 防止法をご存じですか?

 日本では、アメリカより16年遅れて、平成13年に、ようやく国内のDV 防止法が制定・施行されるに至ったばかりです。これに基づき、各都道府県に、配偶者暴力相談支援センターとしての機能を持つ施設が設置され、被害者の相談・指導・一時保護や情報提供の中心的役割を果たすよう位置づけられました。またこの法律の中には、医師その他の医療関係者の役割を明示した条文もあり、職業上の守秘義務に抵触することなく支援センターや警察に通報できるとともに、支援センター等について知りうる情報を被害者に提供する努力義務が課せられています。ぜひ、内閣府男女共同参画局のホームページ内の「配偶者からの暴力被害者支援情報」をご参照ください。

3.妊産婦へのDV の実態

 この社会的な動きを受け、日産婦医会において、妊産婦へのDV に関する初の全国的なアンケート調査を、二度にわたり実施しましたが、DV 被害のリスクを有する妊産婦は全体の14%以上存在すると推測される結果を得ました。特に、10代の妊産婦のDV 被害が際立って高い頻度であることが分かり、また、母児双方に危険が及ぶような重大な身体的暴力も認められたことから、妊産婦へのDV は、決して見過ごすことのできない問題であるとの結論に至りました。詳細については、平成15年および17年の日産婦医会報1月号「医療と医業・特集号」、および各支部に配布されている調査報告書をご参照ください。

4.乳幼児虐待および虐待の連鎖へ

 さらに、調査からは、妊娠中にDV 被害を受けた女性は、育児に否定的感情を抱きやすい傾向も示唆されたことから、それが母親から乳幼児への虐待に発展する危険も考えられました。また、DV の存在する家庭に子供が居る場合、その約半数で子供も虐待を受けているとの報告があります。実際、子供への虐待の過半数が乳幼児期に発生しているとのデータもあり、DV と乳幼児虐待のリスク環境のオーバーラップという問題は、今後の重要な課題であると考えます。一方、虐待を受けたりDV を目撃したりした子供が大人になった際には、男性の場合、虐待者になる率が高く、女性の場合、育児困難に陥りやすいといった、将来にわたる虐待の連鎖も言われてきています。折しも、平成16年にDV 防止法および児童虐待防止法の一部が改正され、DV と児童虐待との相互の関連性が、法律上も明記されたところです。

5.DV の発見と専門家ネットワークの必要性

 周産期に関わるスタッフは、DV 被害を早期に発見し、適切な支援機関へつなぐための、重要な場所に位置しているといえます。忙しい臨床現場でDV に気付く手がかりとしては、今回の調査で用いたような、DV スクリーニング項目(Gondolf,1997)や赤ちゃんへの気持ち質問票(九大・吉田らの使用許可が必要)などを用いるのも一つの手段と考えます。本年1月には、産後うつ病発見などを視野に入れた「産後の母親のメンタルヘルスと育児支援マニュアル」が、厚生労働科学研究により作成され、全国の保健所に配布されましたので、その中の質問紙を妊娠中から活用していくことも考えられます。一方、ただやみくもにDV を発見・通報するばかりでは、逆に状況を悪化させる可能性があるため、各地域あるいは医療機関ごとに、具体的な専門家とのネットワークを確立していくことが急務であると考えます。