日産婦医会報(平成18年06月)

産婦人科勤務医の減少と産科医療−勤務医の立場から−

日本産婦人科医会勤務医部・国立病院機構仙台医療センター総合成育部長 和田裕一


はじめに

 医療が進歩しまた少産の時代となり、国民からは分娩に対して100%の安全性と快適性が期待されている。実際に近年わが国の周産期死亡率は世界一低く、誇るべき状況にある。しかしながら、こういった事実はほとんど一般には紹介されず、無過失による分娩障害も避けられずあることや正常分娩が突然急変して異常となることなどの現実も国民には周知されていない。そうした中でマスコミに取り上げられるのは表面的な医療事故報道で、1億円を超す医賠責となる周産期医療訴訟の記事に触れるたびに暗澹たる気持ちとなる。

勤務医の現状

 そして、勤務医は従来の業務のほかに医療安全対策、院内感染対策やクリティカルパスの実践などによって、一方で医療の質が向上した反面、他方仕事量は膨大となり、内容も極めて複雑煩雑となった。産科のみならず婦人科疾患も取り扱う一般産婦人科勤務医の仕事量は、夜間の産直・当直も含めて以前の数倍になっている。しかし、その労働に対しての報酬は現在のシステムではほとんど反映されていない。使命感で頑張ってきたものの医事紛争へのプレッシャーやハイリスクローリターンの現実に疲れて勤務医を辞めてゆくベテラン産婦人科医師が増えており、またこのような現状に不満、疑問を持つ若手、中堅医師が多く、産婦人科を専攻する医学生・研修医が減少しているのが現実である。

東北地方の現状

 東北地方は全国の中でも医師不足が顕著な地区であり自治体病院の再編計画なども議論されている。周産期医療においても産科医師不足によって崩壊の危機に瀕している。地域によっては妊婦健診に2時間かけて通う妊婦もみられている。厚労省「地域における分娩施設の適正化に関する研究」班で集計した実態調査では、平成16年の東北地方の総分娩数は81,342件(少数ある助産所での分娩数は不明)あり、そのうち病院(病院要覧にある病院)での分娩数は40,412件で49.7%、有床診療所での分娩数は40,930件で50.3%とほぼ半々であった。1病院当たりの分娩数は平均340件(40,412件/119施設)、1診療所当たりの分娩数は232件(40,930件/176施設)であった。ちなみに平成15年度の全国の分娩は、52.2%が病院で、46.7%が診療所で取り扱
われていた。
 調査時東北地方で分娩を取り扱う病院(医師の多い大学病院は除いた)の産婦人科常勤医師総数は277名で病院総数113で単純に割ってみると、1施設当たりの産婦人科医師数は2.5名に過ぎない。実際に66施設、58.4%が産婦人科医1〜2名の病院で、1名が28施設、24.7%、2名が38施設、33.6%であった。また、常勤医5名以上の施設は10施設、8.9%に過ぎなかった。医師1人当たりの年間取り扱い分娩数は平均140件で、最も多い岩手県では164件であった。この取り扱い分娩数は地域格差があり、青森県の西北五地区、上十三地区、岩手県の沿岸地区、花巻・北上地区、宮城県の県北、気仙沼地区、山形県の最上地区などでは勤務医1人当たりの年間分娩数は医師1人当たり180〜240件に上る。そして、これらの地区の病院の多くは地域のセンター病院であるため、勤務する医師は多忙を極めている。そしてそのことは周辺の診療所にも多大な影響を及ぼしている。東北地方をひとつの例に挙げたが、こういった状況は今やほとんど全国共通の問題である。

おわりに

 昨年12月日本医師会主催の母体保護指導者講習会で話した内容の一部を中心に述べたが、その後大野病院の事件があり状況はさらに最悪となっているのは周知のとおりである。事件の支援を行う一方、臨床の現場で学生や研修医を預かる身としては、産婦人科専攻医師の増加のために地道に指導し産婦人科の魅力をアピールすることを最低限忘れてはならないと思うが、この事件の納得のゆく解決なしには増加に向けてアピールのしようがないのが本音である。