日産婦医会報(平成18年12月)刑事事件としての福島事件を考える
-自らが刑事事件に巻き込まれた時のために-理事 片瀬 高
はじめに
調停が不成立で、法廷闘争に移った時の有責を想定して医賠責制度が設けられていますが、この適応は大部分が民事訴訟です。しかし近年、福島事件をはじめとする刑事訴訟が増加しています。福島事件は帝切中に患者さんが死亡した件で業務上過失致死容疑、および異状死の届け出義務違反(医師法第21条)として逮捕・勾留・起訴されました。通常の医療行為で、その結果如何による逮捕・勾留は納得できません。不当と言わざるを得ません。しかしわれわれは警察に対する届け出義務等不案内なことが多く、戸惑いを感じている状況でもあります。そこで、このような事件で不当な扱いを受けないために、福島事件を例に刑事事件の一般的な流れと問題点について記載します。なお、本稿は医会の顧問弁護士氏の発言を参考にしたことを申し添えます。
告訴から勾留へ
警察は刑事事件としての「告訴」から行動を始めます。まず内偵を進め刑事事件として扱うかどうかの判断がなされます。その後に「この事件は刑事事件であり勾留の要件がある」と警察が判断しますと、刑法上身柄を拘束する「勾留」となります。ただ勾留には要件が必要で、(1)住居不定、 (2)罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき、(3)逃亡のおそれです。医療事故の場合、問題になるのは罪証隠滅のおそれだけです。今起きたばかりの事故でない限り、カルテ等は証拠保全されているはずです。福島事件の場合、第三者による事故調査委員会が調査報告書を作成しています。罪証隠滅は全くあり得ません。この場合、弁護人が選任されていれば、検察官に対する弁護活動として、勾留請求された場合裁判官に対しての申し立てができます。裁判官も勾留をつけるとなれば、すぐに勾留理由開示という申し立てをし、公の場で勾留理由を開示させます。そこで理由が明らかになったら、準抗告をして勾留についての不服の申し立てをします。すなわち福島事件の場合は、要件を満たしていないことは明らかで勾留は不当と思います。早急に正式に活動できる弁護士さんが選任されておればどうなったでしょうか。しかし青天の霹靂的扱いですから仕方ないと言えますが今後の課題とも言えます。一般的には勾留後10日目に起訴されますが、勾留延長をされて20日目にということもあります。このような勾留は避けなければなりません。警察への届け出を怠ったということも逮捕理由の1つですが、「届け出違反」による逮捕を防ぐには、まず「異状死の定義」を明確にする必要があります。現状では異状死の定義が統一されていませんので、具体的事例をもって警察に提示してもらう必要があります。供述調書の作成検察は供述調書・鑑定書や意見書を基に起訴します。有罪が確定して罰金刑等を受けると、次に行政処分が来ます。福島事件の場合は、事故調査委員会報告の詳細な検討と、高名な産婦人科医の意見書を基に逮捕・勾留に踏み切ったと言われています。刑事事件の場合、一旦判決が決まると、これが判例となって後に大きな影響力を持ちます。すなわち供述調書作成の段階から積極的に弁護士が動ける環境を作ることが大切になります。また、意見書を書く医師も自らの良心に従って書くことはもちろんですが、調書や意見書は逮捕ができるように書かせるのが警察の重要な仕事の1つですから、調書や意見書を書く際には慎重の上にも慎重を期さねばなりません。
まとめ
(1)医療における業務上過失の判断は誰がするべきか。(2)届け出義務違反(医師法第21条)とされた異状死の定義などが様々な解釈ができる現状においては、事件が起こった時点で、早急に県産婦人科医会の担当理事か、医師会に相談いただくのが最良と考えます。弁護士を交えて十分協議しつつ事を進めることが、刑事事件においては何よりも肝要です。訴求された時や意見書等を求められた時の個々の対応が「現産婦人科医療」に多大なダメージを与えることになります。国民や個々の医師にとっても不幸な結果とならないよう注意が必要です。