日産婦医会報(平成19年12月)

神奈川県周産期救急連絡会より「救急隊からも言わせてください」

医療対策・有床診療所検討委員会委員長
小関 聡


はじめに

 奈良県の産科救急搬送事例を発端に、全国的に産科救急がクローズアップされている。平成19年10月に総務省が発表した救急要請における産科・周産期傷病者搬送実態調査によると、出生数に対する周産期傷病者発生頻度で見た場合、神奈川県は全国で4番目に多く、いつ奈良県と同様の事態が起こってもおかしくない状況にある。そこで神奈川 県産科婦人科医会では周産期救急連絡会に横浜市安全管理 局消防課と健康福祉局の担当者を招き、救急隊からの生の声を聞くことにより、今後の対策のあり方を検討した。

横浜市の実情

 今回は様々な制約もあり、横浜市の担当者に限った。平成18年の全出動件数は142,262件で、転送依頼例を除いた周産期例(市民からの119番通報)は453件であった。現場到着から搬送先に向けて出発するまでの滞在時間は16分34 秒(一般救急14分38秒)、30分以上滞在が39件、1時間以上が5件であった。一方、搬送先が断られずに決まったのは328件(72.9%)、断り回数1回が50件(11.0%)、2回20 件(4.4%)、3回15件(3.3%)、4回以上が40件(8.8%) であった。本年に入って搬送先医療機関収容前に分娩に至った例(含自宅分娩)は32件であり、急増している。
 特殊なケースとして、県内他市に通院中の妊婦から出血を訴えて通報を受けたものの、通院中の他市施設も含め7 施設で受け入れ不可能で、8施設目で受け入れ可能となった例(滞在時間1時間13分)、6カ月前に他県で1回受診したのみの出血例で11施設目で受け入れられた例(同1時間15分)などがあった。また転送依頼例であるが、県内、 都内に受け入れ先がなく、千葉県までヘリで搬送した例もあった。

救急隊の声

 実際に搬送を担当した救急救命士からは、

  1. 患者さんは119番したら即病院に運ばれるものと思い込んでいる。あの狭い空間での遣り取りをすべて目の前で見られているのは辛い、とにかく収容してほしい。
  2. 病院に収容の可否を問い合わせ中の電話保留時間が長い場合、次の収容先に切り替える決断に苦慮する。
  3. 未受診妊婦の場合、本人も何が起こっているのか分か らないケースも多い。
  4. 産科救急救命処置を学ぶ機会がない。研修の場を設け てほしい。

産科救急医療現場からの声

  1. 妊娠週数不明の妊婦の場合、新生児の対応が問題となり、産科医の一存では決定できない。
  2. 当直時間帯は通常医師は1名しかおらず、重症例対応 中は受け入れ不可能である。
  3. 福島県立大野病院事件以来、自分もそのようになるのではという不安が先立つ。
  4. 受け入れ不可能であった症例の全容を知ることができ ないので、今後の対応について検討できい。
  5. 総務省が設定した「断られた理由*」の項目だけでは具体的な内容が分からず、どのような状況を断られた としているのか不明である。

*処置困難、手術・患者対応中、専門外、満床、医師不在、 初診、不明その他の項目がある。全国共通の項目である。

今後に向けて

  1. 個々の事例に関して、個人情報の保護に留意しつつ検 討を加え、対策を講じる。
  2. 輪番制をとり救急体制を整える。経済的補助が必要。
  3. 定期的に医療、消防、行政が話し合う機会を設ける。
  4. ビル診等では夜間対応ができず、些細なことで困った 妊婦が119番通報し、産科救急を圧迫している。提携
    医療機関を決めるなどの対応が必要。

 などの意見が出された。 医療、消防、行政が一体となって情報交換を密にし、できることから取り組むことが重要である。

おわりに

 当日は医学生のグループも参加していた。その質問や発言の内容から産科医療には多大な関心があることが感じられた。彼らの中の一人でも多くが、産婦人科を専攻してくれることが何より重要なことであることは言うまでもない。