日産婦医会報(平成20年01月)法律の4次元
医療対策・有床診療所検討委員会委員 田中 啓一
【はじめに】
国民生活は法律により管理され、守られている。医療関連の諸事項も例外ではない。医療を念頭に置いて法律の成立・運用の4次元と国民生活への関わりについて述べる。
I.4つのレベル
【第一のレベル−国会】
法律は国会の議決で成立する。法律誕生の主導権を持つのは、国会である。ただし、国会議員は選挙で選ばれるので、理論的には国民によって製造される。自己規律である。
【第二のレベル−行政】
成立した法律を行政機関が実施に移す。法律の運用に当たって、必要な人員、機材、手続きを定めていく。
【第三のレベル−国民による法律の遵守】
広く国民に関係する法律もあれば、一部の関係者だけに関係する法律もある。ここで法律の遵守率が問題になる。一般論として、どんな法律であれ百%の遵守はない。
【第四のレベル−司法と警察】
法律不遵守のときには処分を受けることがある(後述)。
II.法律の国民生活への関わり
【法律は何を取り扱っているのか】
- 第一に、世の中のあらゆる事物に関して、様々な決まりを定めるものが法律である。その種類の中では各官庁がその監督する事物について定めた行政法が圧倒的に多く、ほぼすべての事物に中央省庁の各省各課が対応している。
- 第二に、法律は国のスタイルを大きく決めている。医療制度・教育制度・交通制度など、国家としての大方針を決めているのが法律である。
- 第三に、国は風習には立ち入らない。正月に年賀状を出すこととか、初詣に行くことなどには国は関与しない。
- 第四に、専門分野には大きく関与はしても詳細にはわたらない。かなりの程度の自治を専門家集団に容認する。国会の立法能力には限界がある。専門分野の自律的な発展のため、裁量の自由は確保されるべきである。
【法律はどのように対象事物を取り扱うのか】
「世界はかくあるべし」が法律の基本姿勢である。理想を述べ、理想に近づけようとするのが法律の意思である。「世界はかくある」というのが自然科学的認識である。事実を元にして推論し、理論を組み立てていく自然科学的思考とは大いに異なる。例えば妊産婦死亡はあってはならないと理想を述べる法律を作ることはできても、事実として、妊産婦死亡の根絶は不可能である。
【法律はどのように周知されるのか】
国会も行政も司法も独自に広報機関を有せず、報道機関が周知に協力する慣行がある。地方自治体を通して関係者に周知されることもある。
【法律が遵守されないとき】
- 行政法違反に関しては行政処分が対応する。しかし、原則として即刻行政処分を科すのではない。まず指摘し、ついで指導し、さらに勧告を行う。それでも違反事実がある
ときに処分を科す。行政法違反には、道徳的非難は原則として含まれない。形式犯と言われる。しかし報道機関による報道上の脚色次第では、道徳的非難が含まれることが起こり得る。医療行為に関して、単純な形式犯ですら、道徳的非難をこめて報道されるのが日常化している。- 法律の不遵守に対して、訴えが起こされることがある。刑事事件は刑罰法規違反を扱う。業務上過失致死傷罪のように広範な事物を取りこむ条項がある。あたかも万能細胞である。民事の領域は刑事よりも広大である。不法行為(民法709条)は権利侵害全般を扱う。司法は民事において万物の調停者として立ち現れる。警察は苦情相談窓口としての機能も担っている。医療に関する苦情も引き受けることになる。専門の機関がない以上、やむを得ない。しかるべき機関の設置が早急に望まれる。
【結語:法律の改正が必要なとき−法律と実態との乖離】
およそ完璧な法律というものはあり得ない。たとえ存在しても世界は絶えず変化していく。したがって、絶えず見直しがなされるべきである。国民は絶えざる監視を行う必要がある。それぞれの専門家集団は各領域において、法律の改善に向けて積極的に発言することが望まれる。
(たなかけいいち昭和48年東大法学部卒業。修士課程を経て商法専攻の大学講師・助教授として8年間研究・教育職に携わる。日本のお産を守る会代表)