日産婦医会報(平成20年02月)公設公営助産院 -岩手県遠野市「ねっと・ゆりがこ」の紹介-
岩手県立大船渡病院 小笠原 敏浩
はじめに
岩手県遠野市は北上高地の山間地にあり、四方八方を山に囲まれた人口31,402人の市です。どこへ行くにも峠を越 えなければならず、北国気候のため冬季には雪道が行く手 を阻みます。そんな遠野市で出産できる施設がなくなってから5年、産婦人科医師不足を補う新たな取り組みとして公設公営の助産院(遠野市助産院:愛称「ねっと・ゆりか ご」)を設置しました。助産院監督医の立場で紹介します。
基本は遠隔妊婦健診 *1
“主治医の指示で安心安全に”をスローガンに平成18年12月1日に公設公営助産院が開所しました。遠隔妊婦健診を主軸に不安解消・負担軽減・安全性を確保しつつ、産後 の母子管理と子育て支援から緊急時の迅速・円滑な搬送まで担います。通常の助産院と違うところは、遠隔妊婦健診で安全性を確保しながら遠距離通院を緩和することにあ り、出産は当面取り扱いません。遠隔妊婦健診はこれまで実施してきた県立釜石病院と8つの医療機関との間で可能です。遠隔妊婦健診は、助産師が尿、血圧、胎児心拍数など検査して、インターネットを通じて連携医療機関の医師へ送ります。さらにパソコンとウェブカメラを使った映像 と音声で、送られてきた結果をもとに面談します。妊婦遠隔健診は妊娠24週以降に病院での健診と交互に行います。 遠隔妊婦健診の利用者は1年間で35人、延べ70回でした。 トラブル事例はなく良好に運営されています。
9つの医療機関とのネットワーク
さらに安全性を高めるために盛岡赤十字病院を嘱託医療 機関とし、8つの医療機関を協力病院(岩手医科大学付属 病院・県立大船渡病院・県立釜石病院・北上済生会病院・開業医4機関)としてネットワークを構築しています。また、助産院勤務の助産師が妊産婦の健康相談を随時受け付 け母体管理に務めるほか、医療機関と連携して的確な出産の入院時期を助言します。母体の状況により連携病院と連絡を取り、緊急搬送が必要な場合には助産師が救急車に同 乗します。現在、市職員として助産師1名が勤務し、4月からは2名に増員予定です。
設立に至るまでの苦労
モバイル胎児心拍転送システムを主軸にした健診のみの助産院は初めてのものであり、行政にはなかなか理解してもらえませんでした。また、助産院は国保医療課、モバイル健診システムは児童家庭課と2課にまたがっており、申請して許可が出るまで時間がかかりました。結局、県(保 健所)だけでは解決できず、認可は厚生労働省まで上りました。現地視察も行われましたが、これも形式だけで、このような助産院が必要な理由、産婦人科医療の問題点を もっと詳しく調査をしていただきたいと思いました。
公設公営助産院の普及を目指して
公設公営の最大のメリットは地元自治体が絡むため消防(救急隊)に対し首長から指示・命令が掛けられることで、 救急搬送システムの確立が容易になることです。現在は助産院では分娩を取り扱いませんが、連携医療機関でのオープンシステムを取り入れ、今後は出産までケアできるようにしたいと考えています。岩手県のように面積が広大、山岳気候で交通アクセスが悪い地域では、産婦人科医師不足はかなり深刻です*2。産婦人科医師不足がすぐには解決し ないことを考えれば、公設公営助産院と遠隔妊婦健診の取 り組みによる情報ネットワークが産婦人科医療過疎地域でのモデルとなり、産婦人科医師がいない地域でも希望が持てるようになるでしょう。
*1 平成18年度から経済産業省のモデル事業として県立釜石病 院と取り組んでいるIT を活用した妊婦遠隔システム(医会報H19年2月号参照)。モバイル胎児心拍伝送装置などを使い胎児心拍数を医療機関に送信できる。
*2 岩手県立病院の深刻な産婦人科医療状況については[岩手 県庁HP]−[医療局]−[県立病院改革]−[産婦人科医師減少に伴う対応について(2007年9月19日)]をご覧ください。