日産婦医会報(平成20年04月)

公立病院産婦人科統合への新しい試み
 

大阪大学大学院医学系研究科産科学婦人科学教室教授 木村 正 氏 


はじめに

 「医局」制度は崩壊し、今や大学は医師に対する人事権を失った。しかし、公立病院開設者たちの意識は極めて古く、「大学に行って教授に頭を下げれば医師は来る」と未だに信じておられる。大学は本来地域医療に対し何ら責任や権限を持つ(ことができる)組織ではない。しかし、伝 統的、習慣的に影響力を持ってきたことも事実である。このような環境の中で産婦人科医療崩壊に抗して大学ができ ることは、

  1. 公立病院には医師に選んでもらえるように「変 わって」もらうこと、
  2. 医師には「変わることができた」 公立病院で働くことを提案すること、そして
  3. 安心して働 くことができることを提示して若手医師を勧誘し一人でも 多くの産婦人科医を育成すること だけである。

分娩室集約の必然性

 産婦人科、特に産科が崩壊した最大の理由は医療供給体 制と患者の期待の相反にある。患者は分娩に際して24時間 均一・最高の医療を受けることを期待しているが、産科医療は2時間の電話番程度の勤務を想定した夜間休日当直体 制を前提に供給されている。しかし、分娩監視装置は分娩の80%以上に何らかの異常パターンを吐き出し、医学的根拠のない帝王切開30分ルールの司法界での濫用と合わせ、 医師には極めて強い緊張が強いられる。また、同じ24時間 態勢でも救命センターやICU では外来や予定手術はない が、産婦人科ではこれらにも多くの人員を要する。現在の「無償」オンコール制度は理不尽そのものである。この医療を仮に5人の産婦人科医で行うとすれば部長も含めて月 当たり6日の当直と、6日のオンコールを担当する。外来、 手術を考えると当直明けの勤務減免は不可能であり、1人の退職や産休で勤務態勢はいとも容易に崩壊する。

大阪府南部の産婦人科医療状況と対応

 関西空港のある泉州南部地域は5市3町、最大の市であ る岸和田市民病院の産婦人科は消滅、この地域5,700件の分娩に対し、公立病院は2カ所(貝塚、泉佐野)、双方とも750分娩と年間400件の手術を5人の医師(専攻医を含む) で取り扱ってきた。双方の病院とも大阪大学の関連病院であるが、大学から約60kmと遠く、専攻医には症例が多い利点があるが指導医層には不人気であり、人員確保に困難を 極めていた。その打開策として同地域の公立病院の分娩室を1つにして、医師10人体制とすること、2人当直体制を 組める予算を計上すること、周産期医療にかかわるすべての医師の待遇を大幅に向上させること、財源確保のため複 数の自治体による広域周産期センターとすることなどを大学から提案した。分娩室の場所はNICU があり、近接し て大阪府立救命救急センターがある市立泉佐野病院とすることを希望した。両市、並びに周辺自治体と設立協議会で協議の結果、年間1億円の経費の分担について2市は同意せず、3市3町が参加することになった。当初目的とした別組織での独立運営は不可能で、外来は産婦人科として双 方の病院で両科を今までどおり行い、婦人科の予定手術・入院は貝塚で、分娩・夜間緊急手術は約7km離れた泉佐野 で行う計画とした。双方の医師は勤務表に従って両方の施設で働き、助産師は日々出張の形で貝塚に在籍のまま泉佐 野で助産業務を行うことで両市が合意した。分娩料金を適正なものとし、参加する地域内のみ自治体分担金相当額の費用を値引きすることとした。
 参加しなかった自治体から「広域小児救急施設では地域 外の患者に格差はつけていない」という反発もある。医師や看護・事務職員にとって、移動の手間、カルテ情報の共有 など問題は山積している。人員確保が困難なことは他の診療科でも同様で、周産期センター、婦人科センターに値する十分な医療インフラが整備できるかは今後の両市の努力にかかっている。しかし、軌道に乗れば双方の医師にとって勤務環境、条件の大幅な改善につながることを期待している。

おわりに

 今回の機能分担・統合は、本来病院規模を大きくすべき だが今はできないための苦肉の策であり、理想的なものではない。筆者が、西欧諸国でみた余裕ある産婦人科臨床の実践にはほど遠いものである。公的病院の開設者が、そこ で働く医療者にとって良い病院であることこそが患者に良い医療を継続して提供できる病院となりうることを自覚 し、今回の動きが広域で「おおやけ」の医療を支える体制への第一歩となることを願ってやまない。