日産婦医会報(平成22年10月号)直接支払制度創設の経緯と出産育児一時金の在り方
医療対策委員会医療委員長 角田 隆
はじめに
平成21年10月に開始された「出産育児一時金等の医療機 関等への直接支払制度」(以下、直接支払制度)は分娩取扱い医療機関に種々の負担をもたらしているが、制度創設に至る経緯と今後の出産育児一時金の在り方を考察する。
直接支払制度創設の経緯
平成20年8月、舛添厚生労働大臣の記者会見での発言「出産 費用を心配しなくて済む仕組みを工夫する」が発端である。 平成20年11月、出産育児一時金に関する意見交換会で厚労大臣は、「
出産育児一時金の医療機関への直接支払い、
出産費用の地域格差を出産育児一時金に反映させること の可否、
正常分娩に保険が使えない理由を議論してほし い
」と訴えた。出席者のうち、当医会は現金給付堅持、日本産科婦人科学会は出産育児一時金の地域格差に反対、日本労働組合総連合会は分娩費用の透明化と現物給付を、元新聞論説委員は分娩費用の透明化を要望した。
平成20年12月、社会保障審議会医療保険部会で直接支払制度の骨格が以下のごとく決定される。
政令改正により全 国一律に引き上げる。
少子化対策として平成22年度末までの暫定措置。
国庫補助は、保険者の影響に応じて行う。
引き上げに伴う国庫補助は医療機関への直接支払いを実施する保険者に限定する。
妊婦の負担軽減を図るため出産に関わる保険給付や費用負担の在り方を検討する。
平成21年3月、「我が国における分娩にかかる費用等の実態把握に関する研究(厚生労働科研費)」にて、分娩費の 実勢価格は423,957円であることが判明する。 以上の経過を踏まえ厚生労働省(以下厚労省)は、緊急の少子化対策として、現行法の枠内で直接支払制度を創設することを決定する。
日本産婦人科医会の厚労省への要望
当医会の出産費用に関する要望は以下のごとくである。
分娩・入院費未払いの増加への対応策として出産育児一 時金の医療機関への直接支払制度の創設、
産科医療補償 制度掛金の直接支払制度の創設(保険者から日本医療機能評価機構への直接支払または医療機関への直接支払)、
出産育児一時金の増額、
分娩費用の現金給付の堅持。
直接支払制度の公布
平成21年5月、健康保険法施行令等の一部を改正する政令 として直接支払制度が以下の概要で公布される。
出産育児一時金を4万円引き上げ42万円に、それに伴う国庫補助支給対象を直接支払制度に参加する保険者に限ることとし、直接支払いを徹底する。
医療機関は、明細 を添えて保険者に出産費用を請求する。
保険者は、支払い業務を原則として審査支払い機関(国保連)に委託して支払う。
審査支払い機関、医療機関等でのシステム改修のため、21年10月より施行、23年3月までの暫定措置とする。
厚労省は事前の調整を行うことなく実施要綱を作成したため、当医会では、
制度の利用は医療機関の判断とする、
事務手続きの簡略化、
妊婦の出産育児一時金の受領資格を明確にし、過誤調整の撤廃、
支払の迅速化などの改善を求めた。
当初厚労省は、直接支払制度は産婦人科医会の要望を取り入れた制度であり、無条件での参加が当然との姿勢を崩さなかった。結局、政権交代に伴い、長妻厚生労働大臣の判断で猶予期間が設けられることとなった。
出産育児一時金の今後の在り方について
当医会と日本産科婦人科学会は、厚労省に対し以下のごとく要望した。
直接支払制度は平成23年3月で終了し、 4月以降は新制度を創設する。
新制度の出産育児一時金について、
(1)請求と支給は、保険者と被保険者間で完結す る。
(2)出産した人が事前申請すれば出産事実の通知直後に受領可能な制度とする。
(3)被保険者の希望により全部または一部を分娩施設への支払い可能とする。
(4)事務手続きは 可能な限り簡略化する。
(5)保険未加入者にも制度上の配慮 がなされること。
(6)子育て支援のため支給額を増額する。
終わりに
出産育児一時金の在り方については、寺尾会長も専門委員に加わり、社会保障審議会医療保険部会で協議中(医会 報8・9月合併号に掲載、詳細は厚労省のホームページよ り閲覧可能)であるほか、多方面にも働きかけている。相反する主張がある中、如何なる方向に進むか予断を許さない。